お姫さまの誕生日−8
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(8)

 テーブルにアゴを載せてうとうととまどろんでいたヴァシル・レドアが目を開けた。蒼い瞳には今しも眠りに落ちる寸前だったとは思えないほどに強い光がある。ぱッと上体を起こし、続く動作で椅子から立ち上がろうと、した瞬間。
 低く重く大気が震え───王城の中庭に面した食堂の壁が叩き壊された。
「!!」
 身体の芯に伝わる衝撃。ヴァシルは姿勢を低くとってそれを耐える。無意識に周囲の状況を確認する。
 破壊された壁の最も近くに座っていたのはギルバーとラルファグのレキサス兄弟であったが、彼らは飛散した石片から巧みに身をかわし、それぞれの椅子の陰に身を屈めて次に起こることを待ち構えている様子。
 突然の事態に悲鳴をあげることも忘れて硬直しているシアンレイナ姫、妹をその背に庇うように立ち上がっている国王陛下−ゴールドウィン・レッドパージ、サースルーン王はテーブルに両手をついて中腰のまま壁の方を睨み───チャーリー・ファインは眉一つ動かさぬ冷静さで一人腰を下ろしたまま、立ち上がる素振りさえ見せていない。完璧に落ち着き払っているのがいかにも彼女らしい。
 そして、トーザ・ノヴァは。
「何事でござるか?!」
 礼服姿で会食中にも肌身離さず持っている千早丸の柄に片手を添えつつ、切迫した声をあげる。
 もうもうと土煙の立ち込める壁側から外れた視線が一瞬ヴァシルのそれとぶつかり、瞳の表情で問うて来る親友に一つ短くうなずきを返すと、ヴァシルはテーブルのそばを離れて壁際へ走り寄った。
 トーザ、ギルバー、ラルファグが続く。そこでようやくチャーリーが立ち上がる。トーザとシアンレイナは当然のこととして、これが『芝居』だとわかっているメンバーの顔も一様に真剣そのものだ。
 土煙が晴れ、両の翼を広げたまま中庭にいる『それ』の姿が明らかになる。自らの尾の一撃で穿った穴の向こう、紅い双眸を食堂内の人間に据えている『それ』が何であるのかを認識して。
 シアンレイナが甲高い悲鳴を張り上げた。
 そこにいたのは紛れもなく飛竜(ワイバーン)。旅人を襲うこともある、個体の性格によっては凶暴な、モンスターであった。
 兄の愛竜シルヴァリオンに普段接しているから飛竜そのものには慣れているハズのシアンレイナ姫も、紅の瞳にあからさまな悪意を燃やして唸り声をあげているモンスターを前にしては平静でいられない。
 怯えうろたえるシアンレイナを、ゴールドウィンが守るように抱きしめた。妹想いの兄としての自己犠牲の精神にあふれた素晴らしい行動に見えるが、混乱したシアンレイナ姫がこの場から走り出て逃げてしまうのを防いだのだろうとヴァシルは思った。彼にしては鋭く適確な判断である。やはり満腹だと多少アタマの回転も良くなるらしい。
 ゆっくりと翼を畳んだ飛竜−瞳の色からして、アシェス・リチカート−が長い首をゆらりと振る。慎重な動作で食堂内に潜り込もうという意思を見せる。
 トーザが低く身構えて千早丸の柄を掴んだ、瞬間。
 ヴァシルとトーザの間を縫って後方から飛んで来た火球が飛竜の顔面を直撃した。
 振り向いて確かめるまでもなくチャーリーのしたことだ。
 ダーク・ドラゴンのウロコが大抵の魔法を弾いてしまうと知っていても、友人の顔面に遠慮会釈なく火炎魔法を放てるような人間は彼女の他にはこの場にいない。竜の姿とは言え目をやられればタダでは済まないだろうに、相変わらず容赦がない。
 ヴァシルは改めてアシェスを気の毒に思った。と同時に、だからこそ先制攻撃は顔を狙ってされるべきだったのだと気づく。自分だってそうするだろう、相手の弱点をつくのは勝負の常套手段だ。一撃で可能な限り大きなダメージを与えておくことが肝心なのだ。
 トーザやシアンレイナに疑念を抱かせないという点ではチャーリーのとった行動はまことに適切なものであったが…。───何にせよ、自分がドラゴンに変身したり出来なくて良かった、と結論するヴァシルであった。
 ヴァシルがそんなコトを考えているうちに、いきなり火炎をぶつけられたアシェスは一歩後退り、激しく頭を振って魂を震わすような咆哮をあげた。どれほどのダメージも受けてはいないだろうが、誇り高き邪竜人間族の皇子としては一撃を−それもカオにマトモに−食らったこと自体が耐え難いようだ。
 キッと向き直った飛竜の全身からはホンモノの殺意が濃厚に漂い出ていた。陽炎が揺らめくように見えるんじゃないかと思えるぐらい。───どうも、何かのスイッチが入ってしまったらしい。
「国王陛下! サースルーン王! シアンレイナ姫を頼みます!」
 アシェスの殺気にたじろぐどころかそれに気づいた様子もなく、チャーリーはしっかりとした声で言い置くとマントを翻してテーブルを飛び越えた。ヴァシルとトーザの間にふわりと着地する。
「行くよ!」
 短く叫び、チャーリーはヴァシルの腕を掴んだ。
 返事を待たず、飛行魔法の力で飛び上がる。引っ張られて宙に浮いたヴァシルの爪先の十センチばかり下を、アシェスの太く逞しい尾がなぎ払って行った。
 トーザとレキサス兄弟は既にその場から飛びすさって離れている。
 大きなテーブルが跳ね飛ばされ、カップやソーサーが床に散らばり派手な音を立てて砕け散った。シアンレイナの再びの悲鳴がその音に重なる。
 …これでトーザもシアンレイナもこれを『芝居』とは思うまい。正直、ヴァシルも芝居なのかどうかわからなくなってきたぐらいだ。と言うか、アシェスは演技してないだろう、もう。チャーリーも怪しいものだ。チャーリーがアシェスに対する個人的な恨みその他を持っているような事実はないハズなのだが。えらいコトになってきたようである。
 飛竜−アシェスは食堂に残る面々には目もくれず、二人を−正しくはチャーリー一人を−追って上昇する。

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