お姫さまの誕生日−4
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(4)

 王城裏庭。
 高い壁と城とに挟まれ昼でも薄暗い場所である。
 普段は植木の世話をする庭師や、休憩に訪れる使用人と兵士達ぐらいしか立ち入らぬこの一画に、いま各種族の要人達が勢揃いしていた。
 謁見の間から移って来たチャーリー達の他に、人間族のコランド・ミシイズと、邪竜人間族のカディス・カーディナルの姿がある。
 二人の盗賊の前にはサイトとアシェス、二人の皇子が立っている。
 アシェスは不機嫌極まりない顔つきで、サイトはすっかり困り果てたような表情で、チャーリーとコランドの話を聞いていた。
 『シアンレイナ姫の一生の記念になるようなイベント』についての一連の流れが、チャーリーとコランドから皆に説明される。
 その話が終わるのを待ち兼ねたように、アシェスが殺気さえ孕んでいるような険悪な視線をチャーリーにぶつける。
「くだらん。そんな茶番に付き合う義理はない」
 吐き捨てるような台詞。
 一瞬その場の空気が緊張しかけるが。
「ああ、アシェス。悪いけど拒否権ないから」
 チャーリーは腕組みをしたままさらりと…非常にあっけなく、言い返した。
「なッ…!」
「だって、サイトとアシェスしかいないしね」
「そこにカディスがいるだろう!」
「カディスはメイク係…もとい、ペイント係だし」
「ペイント…!」
「まさかサースルーン王には頼めないしねえ」
「私なら構わんよ」
「構って下さい」
 気さくに名乗り出るサースルーンに真顔で突っ込むチャーリー。
 シアンレイナの誕生祝いのため、チャーリーとコランドが中心となって考えて来た『イベント』というのは次のようなものである。
 『悪い飛竜(ワイバーン)』が王城を襲撃し、シアンレイナ姫をさらう。
 姫をさらった『悪い飛竜』をトーザ・ノヴァが退治して、見事シアンレイナ姫を救い出す。
 意中の人にカッコ良く生命の危機を救ってもらえれば、それはもう一生涯忘れられない貴重な体験となるに違いない。
 そういうワケで、サイトとアシェスに『イベント』中最も重要な役割を果たす『悪い飛竜』に扮してもらうため、人目のない裏庭までやって来たのだ。
 ここでなら二人がドラゴンに変身しても建物と壁のおかげで誰にも見られない。二体の竜を秘密裏にペイントして、お姫様の誕生日に王都を襲う『悪の飛竜』を作り上げるのに好都合だ。
 ちなみに、飛竜とは竜人間族がドラゴンに変身した姿よりも若干小型の竜のことである。竜人間族が姿を変えたドラゴンと同程度の体格を持つ飛竜もたまにだが存在する。
 人間の言語を解する知能があるため、魔物や幻獣と心を通わせ仲間とするビーストマスターのビーストとされることも多い。シアンレイナの兄、ゴールドウィン・レッドパージもシルヴァリオンという名の空色の飛竜を可愛がっている。
 ほとんどの飛竜は言葉が通じるだけあって人間に対して友好的だが、中には他の生物を嫌悪したりあからさまな敵意を示してくる個体もいる。飛竜に旅人が襲われることも世界全体を見渡せば年に数回はある。
 さすがに、飛竜が人間の住む街を…それも王都の王城を襲撃した例は歴史を振り返ってみても一度もないが、前例がないことを恐れていてはいつまで経っても新しいことは出来ない。
「あ…あの。私は決してチャーリーさん達の案に反対というワケではないのですが」
 サイトがおずおずと発言する。
「いきなり飛竜に襲撃され、さらわれたりなどすれば…シアンレイナ姫はすっかり脅えてしまわれて、記念に残るどころではなくなるのではないか、と思うのですが」
「大丈夫。シアンレイナ姫は絶対喜ぶ」
「な…何か根拠が?」
「シアンレイナ姫は騎士が姫君を救い出す英雄譚が大好きなんだって。ねえ国王陛下?」
「そうだな、シアンレイナはそういう話を好んでいたようだ。よく知っているな魔道士チャーリー?」
「情報提供は先代さんですわ」
 愛想の良い笑顔でコランドが会話に混ざる。
 背中の真ん中辺りまで伸ばした黒髪を細く一つに束ね、茶系統の色でまとめた普段着姿。
 隣にいるカディスは口もとにまでかかりそうなぐらいに長い前髪の隙間から、邪竜人間族の証である赤い瞳でやや緊張気味にことのなりゆきを見守っている。理不尽に長い緋色の前髪の他は髪型も服装もコランドと似たようなものである。
「父上か…」
 ゴールドウィンがちょっと遠い目になった。
「色々協力してくれてるぜ」
 すぐごちそうにありつけると期待していたのに裏庭まで連れて来られて、ぶつぶつ文句を言っていたヴァシルが顔を上げた。一人で愚痴るのに飽きたのだろう。ぐちぐち言ってても誰にもかまってもらえないのなら、今目の前にあるものを楽しんだ方がトクだという結論にようやく達したのかもしれない。
「先代王の他にも、色々、ね」
 チャーリーが付け足す。
 サイトとアシェスに向き直る。
「もう各方面で準備は進んでるんだから、今さらおりようったってそうはいかないからね」
 今さらおりるも何も最初っから承諾した覚えもなければ事前に話を聞かされていたわけでもなかったのに。
 絶句する二人の皇子を無視して、チャーリーはてきぱきと指示を下し始めた。
「それじゃあ、皆さんは一旦食堂の方へ。あんまり待たせると疑われる恐れもあるし。ヴァシル、くれぐれも余計なコトは言わないようにしてよ? コランドとカディスはなるべく早く作業終わらせてね」
「さ…作業…」
 アシェスの頬が引きつっている。カディスが気の毒そうにその表情をうかがった。
「では、後はさっきの打ち合わせ通りに」
 チャーリーとコランドが一方的に喋り倒していたアレを打ち合わせと呼べるのか。
 反論してやりたいがどう言えば良いのかわからないアシェスである。
 チャーリー・ファインの性格は知っている。自信過剰、傲岸不遜、彼女が一度こうと決めたことは並大抵の努力では覆せない。覆すのは不可能と言ってもいい。むしろ不可能だ。
 …だんだんアタマが痛くなって来た。
「あっ、あの! もう一言だけいいですか」
「何?」
 さっさと立ち去りかけたチャーリーにサイトが必死に追いすがる。
 振り向いた彼女は少し面倒臭そうだった。
「ええと…今の話によりますと、シアンレイナ姫を…その、さらう、のは、私の役目なんですよね」
「うん」
「そして、トーザさんは姫をお助けするために、私に向かって来られるワケですよね」
「それがイベントのメインだもの」
「その、そうすると、トーザさんは…私が私だとは…当然ご存知ないんですよね?」
「悪い竜と思ってる」
「…と、いう、ことは」
「あー、アイツ、そういうときはすげえ本気出すよ」
 恐る恐る言葉をつなぐサイトに、ヴァシルは容赦なくきっぱりとした口調で陽気に教えてやる。
「…本気、ですか」
 繰り返すサイトの顔がはっきりと青ざめている。
「大丈夫だって。千早丸は名のあるカタナだけど、ドラゴンスレイヤーじゃないもの。ホワイト・ドラゴンのウロコには傷一つつけられないって」
 淡々と言ってのけるチャーリー、サイトを励ましているというよりは、さっさとこの話題を終了させて諸々のことを実行に移したいと考えている様子がありありとにじみ出ている。
 コランドがフォローするように慌てて台詞を続ける。
「いやいや、それやし、何もサイトはん、トーザはんと本気で戦え言うとるワケやないんでっから…二、三回攻撃かわしたらサッと逃げてしもたらええんですから。そんなに心配いりまへんって」
「は…はあ…」
「何ならサイトとアシェスと、役割交代する?」
 目の前で悪い飛竜にさらわれたシアンレイナ姫を助けに行こうとする人間が最初からトーザただ一人というのはあまりに不自然だ。王城の兵士達は突然の出来事に対応し切れなかったということにするとしても、チャーリーやヴァシルが行動しないのはおかしい。
 チャーリー達の反応が鈍ければ、おっとりとした見かけによらず鋭いトーザは一連の騒動が仲間達によって仕組まれた大がかりな芝居だと見抜くかもしれない。それでもトーザはきちんとシアンレイナ姫を救出に行くだろうが、それでは真剣味というものが不足してしまう恐れがある。助けに来たトーザが本気でなければシアンレイナ姫まで何かに感づいて、せっかくのイベントがただの空騒ぎになって白けてしまう可能性が高い。
 それを防ぐために、アシェスはサイトと前後して王城を襲撃して、チャーリーとヴァシルを引きつける役目を担うのだ。
 二人の皇子は一瞬互いの顔を見合わせた。
 サイト、きっと向き直る。
「いえ、私がやります」
 先程までの迷いも脅えも微塵も感じられない強い瞳で言い切った。
「それじゃ、話はまとまったね。行きましょう、皆さん」
 ふわりとマントを翻し、食堂へ向かって歩き出すチャーリー。
 彼女の後に続きかけて、ふとヴァシルが振り返った。
「よかったな、サイト。カタナじゃドラゴンのウロコは多分斬れねえけど…いや、トーザならどうかわからんが」
 またサイトを不安にさせるようなことを言ってから。
「けど、魔法はホントに避けようがないもんな! アシェスの方がハードだと思うぜ、オレは」
 屈託のない笑顔でうなずいて。
「自分で思いついただけあってかなりヤル気だからな、チャーリー。気をつけろよ、アシェス」
「なッ…」
 何だそれは。
 何故チャーリーとヴァシルを引き離すだけの役目の自分が気をつけなければならんのだ。
 避けようのない魔法って何だ…!
 言いたいことは山ほどあるのに言葉に出来ず立ち尽くすアシェスを置いて、ヴァシルもあっさり歩き去ってしまった。
「…気の毒すぎる…」
 固まってしまったアシェスの背中を見つめ、カディスはそっとため息を漏らした。

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