お姫さまの誕生日−3
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(3)

 トーザ・ノヴァとシアンレイナ・レッドパージは食堂へと続く廊下を並んで歩いていた。
 並んで、と言っても二人の間には微妙な距離がある。
 互いに知らない間柄ではないのだからあからさまに離れるのはどうかと思われるし、かと言って寄り添って歩くほど親しい関係でもない。一体どのくらいの間隔を保つのが適当なのか。トーザにもシアンレイナにもさっぱりわからない。
 だから二人は複雑な感情を胸に抱いたまま、中途半端な空間を挟んだまま、静かに廊下を進んで行く。
 しかし、食堂に到着するまで無言というのはいかがなものか、とトーザは考えている。
 食堂に着くまで無言だとしたら食堂に着いてからも無言ということになるに違いない。侍女の一人でも残ってくれていれば良いが、各種族の要人が集まるパーティーだから呼ばれるまでは下がっていよう、ということで誰もいない可能性の方が高い。
 となると、王城の食堂でシアンレイナ姫と二人きり、皆が来るまで押し黙ったまま気まずい状態になってしまいはしないか。
 それは非常に困る。
 自分は別にシアンレイナ姫が嫌いなワケではない、と考えを続ける。疎ましく思っていたりもしない。むしろ、確実に好ましく思っている。それがどの程度の好ましさかまではまだ何とも言えない段階ではあるが、少なくとも友人に感じる程度の親しみは現時点で確かに抱いている。
 相手は国王陛下の妹君であり歴然とした身分の差はあるものの、レッドパージ王家の人々は先代の王も含めてそのようなことを気にする性質ではないし、何も意図的に無礼な口をきこうというワケではなく友好的な雰囲気をつくるために会話をするのだから、とがめだてされる筋合いのものでもないハズ。
 そうとなれば食堂に着く前…廊下を歩いている今話しかけるのが自然なように思われる。
 トーザは意を決すると、シアンレイナの方を向いて思い切って口を開いた。
「シアンレイナ殿、その」
「あの、トーザさん」
 二つの声が重なった。
 ほぼ同時に自分を見上げて口を開いたシアンレイナとマトモに目が合った。どうやら彼女も自分と同じような思考経路を辿っていたものと推察される。トーザとシアンレイナは廊下の真ん中で立ち止まり、揃って赤くなった。慌てて相手から視線を外す。
「なっ…な、何でござるか?」
「いっ…いえ、あの、そちらから」
「いやいや、拙者のは、つまらんコトでござるから」
「わ…わたくしも、さほど重要なコトでは」
 再び沈黙の数秒間。
「あの」
「その」
 また同時。
 王城の広い廊下で二人きり、しどろもどろの泥沼状態に陥ってしまうトーザとシアンレイナであった。
 どうにか落ち着きを取り戻して、シアンレイナを促すトーザ。
 ゆっくりとした足どりで歩き始めながら、シアンレイナは控え目な声で言った。
「あの…今日は、いつものお召し物とは、違うのですね」
「あ、ああ、キモノのことでござるか」
 トーザは礼服の胸元をつまんで少し引っ張った。
「やはりヘンでござるかな」
「いえ! ヘンだなんてとんでもありません!」
 予想外に強い声で否定されて、トーザは若草色の瞳に驚きの色を浮かべてシアンレイナを見返した。姫君はまた自分で自分の口を押さえている。いつの間にか二人はまた足を止めている。
「も…申し訳ありません」
 恥じ入るようにうなだれかけたシアンレイナを、トーザがにこにこ笑顔で優しくなだめた。
「拙者、このような服は着慣れないゆえ、どうにも窮屈で…しかし、本日はシアンレイナ殿の晴れの誕生日。王城のパーティーに出席するとなれば普段着で来るワケにもいかんでござるから」
「そんな…お気になさらずとも。───あの、つかぬことをお伺いしますが」
「何でござるか?」
「トーザさんは、何故キモノをお召しになっておられるのですか? あの、キモノがヘンなワケではなく───わたくしの印象では、着ておられる方は、少ないと思ったもので…」
 もっともな疑問だと、トーザは短くうなずいた。
 キモノは特殊な衣服だ。高価なものではないが身に着ける者が圧倒的に少ないため、大抵の衣料品店では扱っていない。
 トーザも自分の他にキモノを着ている人間をほとんど見たことがない。大勢の旅人が世界中から集まる王都ですら、一日中探し回って十人見つけられたら奇跡と表現出来るほど、キモノ人口は少ない。
 そのような衣服を何故自分が愛用しているのか。
 答えはいたって単純なのだが。
「父上がキモノを着ておられたので、その影響でござるよ」
「お父様の…」
 トーザの父親が既にこの世にいないことを知っているシアンレイナは、自分はまたつまらない失言をしてしまったのではないかと暗い表情になった。
 シアンレイナ姫が口を閉ざしてしまったことで、そのまま話が途切れてしまう。
 シアンレイナの方から話しかけてきたことに動転してしまって、話題にしようと思いついた事柄はトーザの頭の中からはすでに吹っ飛んでしまっていた。
 結局二人は、微妙な沈黙を抱えたまま食堂に入ることになった。

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