お姫さまの誕生日−2
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(2)

 王城、謁見の間。
 シアンレイナ姫の誕生パーティーに招待された人々が集まっている。
 レッドパージ王家の紋章が掲げられた正面奥の壁の前にある王座には誰の姿もない。集められた者達はゴールドウィンとシアンレイナが王都の住民への挨拶を終えて戻って来るのを待っているところだ。適度に距離を空けて立っている数組の招待客。会話はなかったが険悪な雰囲気でもない。
「本日はようこそお集まり下さいました、皆さん!」
 突然若く明るい声が謁見の間の高い天井に響き、招待客達が一斉に振り返る。
 ゴールドウィン・レッドパージが立っていた。胸のすくような空色を基調とした祭典用の礼服と純白のマントを身に着けて。灰色の瞳が偽りのない親しみのこもった輝きを宿して客人達を等分に眺め渡し、金色の髪の国王陛下は実に嬉しそうに笑み崩れた。
「我が妹シアンレイナのために、皆さんに王城まで来ていただけるとは、これに勝る喜びはありません。ひとりの兄として心からの感謝を。ともあれ、すっかりお待たせしてしまい、失礼しました。───シアンレイナ」
 ゴールドウィンはわずかに身体をずらして、背後に控えていた妹に呼びかける。促されて、シアンレイナ・レッドパージが皆の前に姿を現す。
「本日は、わたくしの為に皆様方の貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」
 あたたかな夕暮れ色をアクセントに用いた白いドレスの裾をつまみ、ふわりと膝を折るシアンレイナ姫。招待客の間から感嘆のため息が漏れる。彼女の誕生祝いにと、一流の腕を持つデザイナー達が何ヶ月もかけて特別に仕立てた、世界に二つとないだろう優美なドレスがあっさりと霞んでしまうほど、シアンレイナは美しい。きめの細かい真白な肌。光をまとっているような黄金の髪。青が溶けたグレイの瞳には穏やかな知性が感じられ、その声は耳にするだけで人の心をうっとりとさせてしまう。
「パーティーは間もなく始まります。ごゆっくりと、楽しいひとときをお過ごし下さい」
 嘘みたいに完璧な微笑みと共に、シアンレイナは皆を見回した。
 何人かがどぎまぎと思わず視線を逸らしてしまう。シアンレイナもゴールドウィンもそんな反応には慣れてしまっているので別段無礼とも感じない。
「本日は、お招きにあずかり、ありがとうございます」
 一人の男性が歩み出た。銀色の髪に蒼い瞳。謁見の間にいる誰よりも背が高く、肩幅の広い堂々たる体躯。白の礼服に青いマントを身に着けている。彼に続いて、同じ色の髪と瞳を持った、同じ色の組み合わせの同じような衣服をまとった少年も、ゴールドウィンとシアンレイナの前までやって来る。
「サースルーン・クレイバー、サイト・クレイバー、シアンレイナ姫に心よりの祝福を。『光』の加護がこれより続く一年をより良きものとしますよう」
「おめでとうございます、シアンレイナ姫」
 善竜人間族の王と皇子。サースルーンとサイトに、兄妹は心のこもった礼を返す。
 サースルーン達と入れ替わるように、二人の狼人間族がシアンレイナの前に出て来た。狼人間族はオオカミがそのまま人型になったような外見を持つ種族である。
「ご招待、ありがとうございます」
 ゴールドウィン達から見て左側に立つ若者が、やや固さの感じられる声で言う。シアンレイナのそばにいるだけで緊張してしまっている様子。他種族なら耳まで真っ赤にしているところだろうが、顔まで体毛に覆われている狼人間族だから顔色は変わらない。
「ロガートの森のギルバー・レキサス、ラルファグ・レキサス、族長に成り代わりお祝い申し上げます。レッドパージの姫君が良き一年を過ごされますよう」
 深い森をイメージさせる緑と茶色でデザインされた礼服を着込んでいる二人の狼人間族。彼らは族長の息子であり、双子の兄弟であった。
「ギルバー・レキサス、お父上は達者でいらっしゃるか?」
 ゴールドウィンが言葉をかけると、ギルバーは姿勢を正したままうなずく。
「相変わらずの魔法嫌いで…老齢とは言え、移動魔法を用いればここまで来ることはたやすいものを。頑迷な年寄りの身勝手、お許し願います」
「自分の父親のことをそう悪く言うものではないぞ、ギルバー・レキサス。あの方は良き指導者だ。狼人間族にとっても、我々にとっても」
「恐れ入ります」
「…ところで、ラルファグ・レキサス? 今日はいやにかしこまっているな」
 ゴールドウィンが笑いを含んだ視線を向けると、ラルファグは決まり悪そうにうつむいた。堅苦しいことが生まれつき嫌いな性質だったラルファグは、『狼人間族の族長の息子』という何かと制約されることの多い役割を兄のギルバーに任せて、普段は気楽な冒険者としてあちこちを旅して回っている。今回はいきなり呼び戻されて有無を言わせずに種族の代表といったかたちで王城に送り込まれてしまったが、礼服を着用するのも礼儀が必要な場に出るのも、ラルファグは苦手だった。ついさっきまで双子の兄に「しっぽを揺らすな」だの「耳を動かすな」だのさんざん小言を言われ続けて、ちょっとくさってしまっているのだ。
 冒険者としてのラルファグを知るゴールドウィンにはその辺の事情が推察出来ているのか、敢えてそれ以上は突っ込まない様子。
 国王陛下の言葉に正しく受け答えしなかったことをギルバーが小声で咎めつつ、狼人間族の二人が下がる。
 最後に進み出て来たのは、暗赤色の髪と焦茶色の瞳を持つ小柄な少年である。
 背丈はサイト・クレイバーとほぼ同じくらい。年は彼の方が一つだけ上。
 シアンレイナ姫の前に立っても生まれもった目つきの悪さをどうにも出来ず、こういうときはどういう表情をつくれば良いものかと戸惑いつつも、堂に入った動作で優雅に礼をする。
「ご招待にあずかり、光栄です。アシェス・リチカート、父王に代わりお祝いを申し上げます」
 『光』の種族善竜人間族と敵対するもの、『闇』の種族邪竜人間族。アシェスは邪竜人間族の皇子である。争乱と混沌を好む邪竜人間族はかつて他種族全てから敵視されていたが、現在はかなり状況が変わってきていた。邪竜人間族の王ガルヴェストン・リチカートを招待することまでは出来なかったが、アシェスが本日こうして正式に招かれたことには全ての種族にとってそれなりの意味があった。
 善竜人間族、邪竜人間族、狼人間族。各種族の代表の祝辞を人間族の代表たるゴールドウィンとシアンレイナが受ける。世界にはもう一つ、数百年を生きる竜人間族さえかなわぬほどの年月を生きるエルフという種族が存在するのだが、諸々の事情があって本日のパーティーには参加しないことになっている。それはエルフが他の種族と不仲だからというワケでは、もちろんない。その辺の事情はさておいて。
 ゴールドウィンは一同の顔を再び見渡した。
「皆さんをいつまでも立たせていては申し訳ない。早速───」
 パーティー会場となる食堂の方へご案内しよう、と言いかけた、ところへ。
「国王陛下!」
 背中から突然呼びかけられ、振り返る。廊下に並んでいる三人の人間族の顔を見て、ゴールドウィンの表情がぱっと明るくなった。と同時に、シアンレイナの頬がたちまち桜色に染まり、恥ずかしげに下を向いてしまう。
「遅かったな、魔道士チャーリー。来ないのかと思ったぞ。ヴァシル・レドア、トーザ・ノヴァも。久しぶりだな」
「ちょっと色々ありまして、ね。他の皆さんはお揃いでしたか」
 黒い髪に、黒い瞳。黒い指抜き手袋をはめレンズの大きな眼鏡をかけた少女が、黒いマントをなびかせつつ謁見の間に入って来る。
 世界最強の大魔道士、チャーリー・ファイン。居並ぶ重要人物を前にしても気後れしたところは微塵も見せず、胸を張ってすっくと立っている。マントや手袋は普段使いのもののままだが、今日は少し上等な服を着ているようだ。
「三人も招待されておったのか」
 サースルーンが少しだけ意外そうに呟き、それから脇にいる息子の方にちらりと目をやった。サイトはシアンレイナと同じく顔を伏せてしまっている。
「今日はおめでとさん! これからパーティーだろ? 当然豪勢な料理が山ほど出るよなッ?」
 チャーリーの左隣から、背の高い青年が無遠慮に身を乗り出した。あざやかに蒼い瞳、金色の髪は足首に届くほどの非常識な長さで、先端を瞳と同じ色のリボンでまとめている。王城に招待されたとあって一応標準的な人間族の礼服を着てはいるが、きちんとした格好が身体に全然馴染んでいない。
「アンタね、少しは遠慮ってものを」
「今日は朝から何にも食ってねえんだ、うまいごちそうたらふく食わせてもらおうと思って! 食堂だろ? 早く行こうぜ!」
「何でアンタは食べることしかアタマにないの!」
「ふ、二人とも。国王陛下の御前でござるよ」
 一方的にまくしたてるヴァシルと、そんなヴァシルにつっかかってゆくチャーリーを、トーザが慌てて止める。それから、改めてゴールドウィンとシアンレイナに向き直る。
「この度は、まことにおめでとうござる、シアンレイナ殿」
 ぺこりと頭を下げる。シアンレイナのほっぺたが見ていて気の毒なくらい赤くなった。
「拙者達、心よりのお祝いを申し上げるでござるよ」
 にこっ、と微笑む彼の頬には、はっきりと痕の残る十文字の傷。女性と間違えそうなくらいに優しい顔立ちには似合わぬ大きな傷は、彼が父親の仇を討ったときについたものである。背中の真ん中ぐらいまで届く赤茶色の髪を真っ赤なリボンでまとめ、瞳は穏やかな若草色。いつもは『キモノ』と呼ばれる一風変わった装束を身に着けているのだが、今日は公式の場に出るからかヴァシルと同じような人間族の礼服を着用している。
「あ…あ、ありがとうございます」
 見事に上ずって震える声でシアンレイナが言う。
 人間族の誇り、『奇跡の美姫』シアンレイナ・レッドパージはトーザ・ノヴァに恋をしているのだ。シアンレイナとトーザが一緒にいるところに居合わせたならそのことに気づかぬ者はいない。トーザも自分がこの美しい姫君にどのような感情を抱かれているのかよく知っていたが、シアンレイナ本人は秘めた想いはまだ誰にも知られてはいないと思っている。これだけわかりやすい反応を示しておきながら。
「そっ…それ、それでは、あの、そろそろ、食堂の方へ、皆様」
「落ち着け、シアンレイナ」
「わ…わたくしは落ち着いていますわ、お兄様!」
 思わず大声をあげてしまい、ビックリしたように両手で口を塞いでいる。
 ゴールドウィンとサースルーンが寛大な苦笑を漏らし、ギルバーとラルファグが顔を見合わせた。
「妹の言う通り、そろそろ仕度も済んだ頃合いでしょう。皆さん、移動を」
「あ。ちょっと待って下さい」
 国王陛下の台詞を片手を挙げて遮るチャーリー。皆の視線が集まる。
「何だ?」
 問い返すゴールドウィンには構わず、チャーリーはトーザに向かって言う。
「トーザ、シアンレイナ姫をエスコートして先に食堂まで行ってて」
「せ…拙者がでござるか?」
「そう。私はちょっと国王陛下達にハナシがあるから先に行って」
「し…しかし、その…」
「いいから行く! シアンレイナ姫、お誕生日おめでとうございます。私達もすぐ食堂に行きますから、ご心配なく。はいはい、行った行った!」
 困惑するトーザとうろたえるシアンレイナを強引に廊下に押し出し、手向かう隙を与えず送り出してしまうチャーリー。
「一体どういうことだ?」
 本日の主役でもある妹を無理矢理追い出されてしまったにも関わらず、気分を害するどころかあからさまに愉快そうにゴールドウィンが尋ねる。
「何かするつもりだな?」
 生真面目な兄がそばにいるのも忘れて、ラルファグが明るい声で問う。しっぽが軽く振れている。
「まあね。シアンレイナ姫に、一生の記念になるような体験をしていただこうと思いまして。誕生日のプレゼントです」
 チャーリーは謁見の間にいる人々の顔に一人一人視線をやる。
 ゴールドウィン、サースルーン、サイト、ギルバー、ラルファグ、アシェス。
 全員彼女の『友人』だ。
「つきましては是非ご協力いただきたい」
 自信に満ちた口調で、依頼というよりは命令の語調でそう言って…サイトとアシェスを見て何故かちょっとだけ笑った。
 チャーリーの笑顔に、サイトは先程のシアンレイナ姫のように頬を赤く染め───アシェスはものすごく嫌な予感を覚えて一瞬表情を強張らせた。

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