お姫さまの誕生日−7
         10 11 12 13 14 15 16 17

(7)

 サイトとアシェス、二頭の竜の『ペイント』が終わる頃、王城の食堂では食後のコーヒーが供されていた。
 ゴールドウィンとサースルーンが中心となってテーブルのまわりでは和やかな会話が交わされている。
 豪勢なごちそうをたらふく詰め込んで満足げな表情で椅子にそっくり返っているヴァシルをちらりと横目で見やるチャーリー。
 既に食器は残らず下げられ、皆の手元にそれぞれのティーセットが置かれているのみ。
 さりげなく視線を滑らせてゆく。
 ラルファグはすっかり打ち解けた様子でそれなりに話に混ざっているが、双子の兄であるギルバーの表情は見てわかる程度に強張ってしまっている。『イベント開始』について、食後という大まかな指定しか知らされてなかったので余計緊張しているのだろう。まあこういう騒ぎには慣れていなさそうだし、もともとお喋りな方じゃないから不自然というほどでもないかな、とチャーリーは思う。
 トーザとシアンレイナの二人は普段通りやや控え目な態度で国王陛下達の話に相槌を打っている。
 ゴールドウィンとサースルーンは先刻裏庭で説明されたことなど完全に忘れ去ってしまったのではないかと思ってしまうぐらい落ち着いた態度で、無難な話題を軽妙につないでその場の誰もが退屈しないような雰囲気を巧みにつくり上げていた。
 チャーリー自身は出されたコーヒーに口もつけず、椅子に深く腰かけた姿勢で両腕を組んで、時折サースルーンやゴールドウィンが話しかけて来るのにそつのない答えを返しながら、ヴァシルが居眠りを始める前にサイト達が行動を起こしてくれればいいけど、なんてコトを考えている。

 コランドとカディスが塗料の入った缶やら使用済みの刷毛やらを抱えて少し離れる。
 寝そべっていたアシェスが大儀そうに身体を起こし、サイトが翼を遠慮がちに少しだけ動かす。
 二人の盗賊はしばしぽかんとしたカオで二頭のドラゴンを見上げていた。サイトとアシェスが怪訝そうに見下ろしてくるまで、ずっとその場に棒立ちになって。
 二人の皇子の視線を受けてハッと気を取り直し、コランドとカディスは慌てたように顔を見合わせた。
「まっ…まさかこんなにリアルになるとは…!」
「知らんヒトが見たらまるっきりホンマもんの飛竜ですわ…!」
「お、皇子! まっすぐ研究所前へ向かって下さいよ! そのカッコでよそに行ったらモンスターと間違われても文句つけようがないです!」
 お前は一体どんな素敵な装飾をこのオレの身体に施してくれたのかと言いたげな目をカディスに向けるアシェス。サイトも不安そうにコランドの方へ首をめぐらせた。
「いや…ホンマ、マズイぐらいのええ出来ですわ、サイトはん」
 気まずそうに目を逸らすコランド。
「いやいや…トーザはんでも見抜けんかも…」
「!」
「…せやけどここまでホンマもんそっくりになるやなんて…」
 愕然としているサイトには構わず、コランドは手にした道具と『作品』とを交互に見比べる。
「…なんかの商売にならへんやろか」
「…いや、需要がないだろ」
 冷静に指摘するカディス。
「せやかて、ワイらこの日のために色々勉強しましたやん」
 チャーリー・ファインの指示でこの作業を請け負うことになってから今日まで、約十日。
 二人は、王都の図書館で飛竜の画集を漁ったり実際にワイバーンを見に行ったりと、時間と手間とをかけて準備を進めて来た。シアンレイナ姫の為と言うよりは自分達の純粋な好奇心のために。
 塗料の調合にあたっては世界最高の賢者(セージ)と名高いアントウェルペン・ベルや当代一の腕を持つ人間族の画家といった専門家の意見を積極的に取り入れた。
 ドラゴンの身体構造を研究して各所の色の違いなども入念にチェックして頭に入れ、それだけで書物を一冊著せそうなぐらいの知識量をもってことに臨んだのだ。
 それだけの苦労の末に得たこの技能を収入を期待出来る方向へ活用したいと思うのは自然なことかも知れない、が。
 …サイトとアシェス、ペイントされた当人達はそんなどうしようもない技術を必要以上に磨くなと言わんばかりの暗い瞳を無言で−もっとも竜は元から話せないが−コランドとカディスに向けているのだった。
「そっ…そんなことより! そろそろいい頃じゃないのか?」
「はあ。やっぱりカネにはなりまへんか」
「そろそろ食事も終わってる頃───」
「チャーリーはんは謝礼とかくれへんやろうしなぁ。先代はんか国王陛下にかけおうてみようかなぁ」
「そ、そういうワケで。皇子、サイト皇子、打ち合わせ通りによろしくお願いします!」
 サイトとアシェスはほんの一瞬だけ視線を合わせ−当然のように二頭の竜はすぐに顔を背け合ったが−揃って翼を広げる。
 自分の身体が現在どんなことになっているのか鏡などで確かめられないのは気分の良くないものだが−もし鏡を見たなら確認などしない方が良かったと思えるぐらい、現在の二人はワイバーンに酷似した姿である−こうなった以上はするべきことをせねばならぬと心を決めたようだ。
 サイトはシアンレイナ姫の誕生日をより良いものにしようという使命感・責任感のようなものを胸に秘めて。
 アシェスはこんなコトになると知っていたら人間族の姫君の誕生祝いになど最初から来なかったものを…しかしこういうコトに巻き込まれてしまった以上は仕方がない…、というような潔い諦観を心に抱いて。
「お気をつけて!」
 竜の翼が大気を掴む。
 二頭のドラゴンがふわり、と舞い上がる。
 一人の人間のために企画されたものとしては史上最も大がかりなもののひとつとして、その後長く吟遊詩人達が語り伝えることになる『芝居』の幕が、開けられる。

前にもどる   『the Legend』トップ   次へすすむ

Copyright © 2001 Kuon Ryu All Rights Reserved.