お姫さまの誕生日−16
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(16)

「重ねて礼を言わせてもらおう。我が妹シアンレイナの為の本日の皆の尽力…どれほど感謝しても足りぬほどだ」
 王城、謁見の間。
 王座には腰を下ろさずその前に立ち、ゴールドウィン・レッドパージは満面の笑顔で集まった面々−本日の『イベント』に関与したほとんど全員−を見渡した。
「特に…サイト皇子、アシェス皇子。お二人の示して下さった種族を超えた深い友情には別格の感謝を」
「サイトはわかるが、何故アシェス皇子まで負傷されておるのかね?」
 サースルーン・クレイバーが不思議そうに見やる先には、ノルラッティ・ロードリングから手当てを受けているアシェス・リチカートの姿がある。
 サースルーンの視線には構わず、アシェスは苦々しげにフレデリックを睨みつけると、治療を終えたノルラッティを押しのけるようにして長身の魔道士へと一歩踏み出した。
「おい、貴様! オレは不意をつかれただけだ。正々堂々と勝負すれば貴様ごときに負けるワケがない。再戦を要求する! 時と場所を改めてもう一度オレと戦え!」
 皇子らしく毅然とした口調で言い放つも。
「はあ…あの、あなたはどなたですか?」
「…なッ…?!」
「以前にお会いしたことがありましたっけ…?」
 心の底から誰だかさっぱりわからないといった顔で見返されて、アシェスは返す言葉を無くし一度は口を閉じた。が、すぐに気を取り直し、より険悪な表情でフレデリックに詰め寄る。今にも黒い法衣の胸倉に掴みかからんばかりの怒りもあらわに。
「とぼけても無駄だ!」
 対戦したときこそ竜の姿だったが、その後フレデリックは人の姿に戻ったアシェスをちゃんと見ているハズだ。
 チャーリー・ファインがフレデリックを制止する努力をあっさり放棄したせいで、アシェスは突然参戦して来た彼から正真正銘手加減ナシの一撃を食らうことになり、あろうことか多数の観衆が見守る中で竜の姿を維持出来なくなり人間に戻るという、竜人間族にとってはこれ以上はないほどの屈辱を味わった。
 この一件は断じて許せることではないし、当然見過ごしにしてしまえることでもない。アシェスは再度フレデリックに挑戦し、彼を絶対に打ち倒さねばならない。『闇』の竜の誇りにかけて。それなのに決闘を申し込んでいる相手に向かって「どなたですか」等と間の抜けた返答を。これは自分に対するあからさまな侮辱だ。
 顔色を変えてさらに激しい言葉を浴びせかけようとするアシェスと、血相変えている彼を演技などでは有り得ないくらいにきょとんとした表情で見下ろしているフレデリックの間に、ものすごく面倒くさそうにチャーリーが割って入る。
「あのねえ、アシェス。フレディ、ホントにアンタのコト、覚えてないから」
「先程顔を合わせたばかりではないか?!」
「フレディは考えられないくらいの健忘症(トリアタマ)なんだよ。何もかもが次から次にアタマの中から抜けてっちゃうどうしようもない奴なの。本気で怒っても無駄だよ」
「しかし…あのような目に遭わせられた返礼をせずにおいては『闇』の竜の誇りが地に墜ちてしまうではないか! オレはそいつに断固として決闘を申し込むぞ!」
「そりゃまあ別に申し込んでもいいけど、五秒後には申し込まれたコト忘れるよ、コイツ」
 心底どうでもいいことだけど、みたいな瞳でチャーリーがフレデリックを振り返る。振り向けられた視線をどう曲解したのか、フレデリックは無防備な笑顔でそれに応じると、
「チャーリーさん! 私、お役に立てましたよね? 悪いモンスターは見事やっつけましたよ!」
 言いつつも臆面もなく抱きつこうとして、彼女から鳩尾に肘の一撃を食らわされても平気な様子でニコニコしている。深く深くため息をついてがっくりと肩を落とし、抵抗をあきらめてフレデリックの腕の中におさまったチャーリーに、なおもアシェスが食い下がる。
「飛竜を倒したコトは覚えていてオレと会ったコトは忘れていると言うのか?! そんな都合の良い健忘症があるものか!」
「私に言われても知るワケないでしょ!? コイツのアタマん中がどうなってるかなんて私が教えてほしいぐらいなんだから!」
 二人が見苦しくも不毛な口論となりかかる、のを遮る抜群のタイミングで。
「皇子様!!」
 飛び出して来たリンド・エティフリックが二人の間に割り込み、アシェスの前に立った。腰まで届く赤い髪がさらりと揺れる。
 チャーリーもアシェスも、唐突なリンドの登場に毒気を抜かれたようにぴたりと黙り込んだ。
 両手の指を胸の前で組み合わせたリンドは、ちょっと潤んだ瞳で真摯にアシェスに尋ねかける。
「皇子様、もう大丈夫ですか? リンド、ちゃんとした回復魔法が使えなくて、皇子様のおケガ全部治してあげられなくて、ごめんなさい」
 見るからに申し訳なさそうに頭を下げる。長い髪がさらさらと肩を滑り落ちる。次の瞬間ぴょこんと顔を上げたリンドは涙ぐんだまま言葉を続ける。
「でもリンド、皇子様がカッコ悪いとか思わないもん。イキナリ出て来たこのお兄ちゃんが」
 そこで身体ごと回って、チャーリーを抱きしめてとても満足そうなフレデリックを憎々しげに見上げてから、またぐるりと向き直り、
「絶対ずるくて悪かったんだもん。だから皇子様、あんなヒトに負けたコトなんか全然気にしないで下さいね。皇子様は何があっても一番強くってカッコ良くって、いっつもリンドの憧れのヒトで…」
「も、もうその辺にしておけ」
 居心地悪そうに目線を泳がせるアシェスの様子から何かを読み取ろうとする気配もなく、リンドは本気の口調できっぱりと次の台詞を言い放つ。
「だから、いつかのヤクソクどおり、リンドがおっきくなったらリンドを皇子様の『アイジン』にして下さいねッ!」
「───………」
「…アシェス…」
 硬直するアシェス。アシェスの顔を思わずまじまじと見つめてしまうチャーリー。チャーリーに反論しかけて、アシェスは不意にもっと根本的なところから質さなければ駄目だと思いつき、別の方向に声を投げた。
「ラーカ! ラーカ・エティフリック!」
「ちっ、違うんですよ皇子! リンドは言葉の意味を誤解してしまっているようでして!」
「カディス・カーディナルも来い! お前達は一体どんな教育を子供に施しているんだ!」
「オレもですか…!? いや、皇子、オレ達が教えたワケじゃなくてですねぇ…!」

 邪竜人間族達がそんな騒ぎを引き起こしている間に、ノルラッティはサイト・クレイバーのそばへ控え目に歩み寄った。
「皇子」
 アシェス達の方をぼんやりと眺めていたサイトは、いきなり声をかけられて少しばかり驚いたように彼女に顔を向ける。
「ああ、ノルラッティ。今日はご苦労だった」
「いえ。…あの、右腕は…もう痛みませんか?」
「うん、もう大丈夫だよ。ノルラッティの魔法のおかげだ」
 サイトは右腕をわずかに持ち上げて微笑んでみせる。
 トーザはどうやらサイトの右前脚をカタナの峰の部分で打ったらしく、傷は出来ていなかったし骨にも異常はなかったようだが、人の姿に戻ってみるとその部分が変色して腫れ上がってしまっていた。目に焼きついたその痛々しい様子は自分の回復魔法で彼をすっかり治療してしまった後でもノルラッティを不安にさせる。
「シアンレイナ姫は、喜んで下さっただろうか」
 ぽつりと口にして、サイトは自信のなさそうな声で彼女に問う。
「私はうまく飛竜(ワイバーン)を演じられていたと思うかい?」
「はい、もちろんです。あの、褒め言葉にあたるかどうかはわかりませんが…ホンモノの飛竜よりも迫力がありました」
 真面目に答えてくれるノルラッティの言葉には一片の嘘も感じ取れなかったが、サイトはトーザ・ノヴァが『悪い飛竜』の正体を見抜いていたことを知っている。最後に向けられた笑顔、投げかけられた言葉───トーザは一体いつからあれが『芝居』であることに気づいていたのか?
「…ありがとう、頑張った甲斐があった」
 穏やかにうなずきを返しつつも、サイトの心は複雑だった。トーザは正体を知っていたから自分の脚を斬るときに刃を使わなかったのだろう。では自分は一体、どこで彼に見破られるようなコトをしてしまったのか…。済んだコト、もうどうでも良いコトなのかもしれないのに、サイトは必要以上に深刻に考え込んでしまう。
「お疲れさん、サイト!」
 沈んだ表情になりかけた彼の肩を気さくに叩いて労ったのはヴァシル・レドアである。
「聞いたぜ、すげえ迫力だったんだって?」
 明るい笑顔のヴァシルが立てた親指で指し示す先には、ギルバー・レキサスとラルファグ・レキサス、それにイブ・バームとディース・バーム…飛竜に化けたサイトの活躍ぶりを実際に目にした面々。ヴァシルがサイトに話しかけているのに気づいて、彼らも集まって来た。
「皇子様、すごーくカッコ良かったんでしょ? あたしも見たかったなぁ!」
 ヴァシルの隣にぴたりと寄り添うように立っているマーナ・シェルファードが残念そうにそう言って、うらやましそうにギルバー達の顔を見回した。
「見逃しちゃって残念だったね、マーナ」
「サイト皇子もトーザさんもめっちゃカッコ良かったもん。なぁ?」
「ねえ」
 うなずき合うイブとディース。トーザを送り込んでから会場にこそ入らなかったが物陰からこっそり見物していた姉妹である。二人の様子にマーナはますます不満げに頬をふくらませかけたが、ふと気を取り直し、
「まっ、いいか」
 一人で機嫌を直してヴァシルを見上げる。
「その間ヴァシルさんといーっぱいおハナシ出来たし♪」
「ああ、何か色々食わせてもらっちまったなー」
「話が弾んじゃってとーっても楽しかったもん。ねーっ、ヴァシルさん?」
「そう言や今日はお前ペット連れてねえの? とうとう食っちまったのか?」
「…何と言うか痛々しいほど会話が噛み合ってないよな」
 ラルファグの呟きに思わず深くうなずいてしまうサイト達。
「…と、とにかく、今日はお疲れ様でした、サイト皇子」
「あ…ああ、ありがとうございます」
 ギルバーが改まった口調で切り出したのにつられ、サイトもかしこまった動作で頭を下げて応じた。
「シアンレイナ姫様にとって今日の一件は素晴らしい『プレゼント』になったことでしょうね」
「はあ…そうだと良いのですが」
 思い出したように自信をなくしてうつむきかける。そこへ。
「お疲れ、サイト」
「お疲れさんでした、サイトはん!」
 アシェス達のそばを離れたチャーリーと、これまでゴールドウィンやサースルーンにあれこれ話しかけていたコランド・ミシイズが連れ立ってやって来た。チャーリーの後ろにはフレデリックがくっついて来ている。
 チャーリー・ファインが近くに来ただけでサイトはあからさまに緊張した表情になってしまう。それどころか目で見てわかる程度に身体まで強張らせてしまい、このときばかりは自分のわかりやすさにさすがに困惑を覚えたサイトであったが。幸い彼が自分の反応を恥じて顔を真っ赤にしてしまう前に、その辺の空気を読み取ったかどうかは定かではないがコランドが話しかけて来る。
「いやあ、ご活躍のご様子、先代さんから聞きましたで? ホンモノの飛竜に勝るとも劣らんほど迫力満点やったらしいですな! さすがサイトはんですわ!」
「い、いえ…その、コランドさんの『ペイント』が素晴らしかったものと」
「いやいやいや、ご謙遜なさらんでも! いくらワイのペイントがよう出来とってもにじみ出る気迫っちゅうモンはやっぱサイトはんご自身の内にしかないモンでっからな!」
「そ、そうでしょうか…」
「そーですとも! サイトはんには飛竜の素質があったっちゅーコトですわ! いやぁ、つくづくさすがですなぁ〜」
「…はあ…」
 それは果たして褒め言葉なのだろうか。先程のノルラッティの台詞は彼女なりに一生懸命考えた末の賛辞に違いないのだがコランドのそれは違うような気がしてならない。
「…先代の国王陛下も観戦してたって?」
 遅まきながらも指摘すべきところに冷静にツッコミを入れたチャーリーの一言にはッと息を呑むサイト達。少し前にごくさりげなくそのことを口にした本人であるコランドは皆が何故そこで硬直するのかわからないと言った笑顔のまま、
「さいでっけど。ああ、サイトはんとアシェスはんが姫様をさらったトコから全部見物してはりましたよ?」
「ど…どこで?!」
「ウチら隠れとった辺にはおらんかったけど…!?」
 イブとディースが露骨に動揺して聞き返す。
「さらったトコからって、ど、どこに隠れてたんだよ、先代の国王陛下?」
 ラルファグとギルバーも今さらながら狼狽してコランドに問う。
「それが、ワイがちょっと手ほどきして差し上げましたら、先代さん姿を隠すのがえらい上手なりましてなァ」
 言いつつぐるりと室内を見回す。
「今もこの部屋のどっかに潜んではると思うんでっけど」
「潜んでるって…!」
「どこによ…!」
「いやあ、ですからどっかに」
「な、何を教えたんですか…!」
「…嫌な先代」
 怯えうろたえる皆、眉をひそめてぼそりと呟くチャーリー、にやりと笑うコランド。
 確かにこの『イベント』に最初っから関わっていたらしい先代王−ゴールドウィンとシアンレイナの父−がいっこうに皆の前に出て来る気配がないのを不思議に感じていた者もいたが、まさか目につかなかっただけで一部始終を見届けていたらしいとは。
 それにしてももう出て来ればいいのに何故まだ隠れているのか…?

「それはそうと…そろそろ戻って来る頃じゃない?」
 こっそり潜んでいると言う先代王の耳に十分届くかもしれないような声で『それはそうと』とすっぱり切り捨てて、チャーリーは何となく謁見の間の出入り口の方に目をやった。そちらを見たからと言ってそう都合よくトーザとシアンレイナとが入って来るワケでもないのだが。
「そうだな。ちょっと遅いんじゃねぇの?」
「あぁ! きっとそうよ!」
 チャーリーに同意して呟いた途端、すぐそばでマーナが大声を張り上げて両手を打ち合わせたので、ヴァシルはビックリして彼女を見下ろした。他の者も何を言い出すのかといった視線をマーナに集中させ…皆の注目を受けて、マーナ・シェルファードは我がことのように嬉しそうに、はしゃいだ声を抑えもせずに、自分の考えを述べ始めた。
「きっと、トーザさんとシアンレイナ姫様、すっかりイイ雰囲気になっちゃってて、それで戻って来るのが遅れてるのよ!」
「「…そうかな…」」
 チャーリーとヴァシルの二人に同時に小声で反論されているが、マーナは意に介する様子もなく。
「だって当然じゃない! 憧れのヒトに危ないところをカッコ良く助けてもらって、二人っきりで、しかも誕生日なのよ?」
「誕生日あんまり関係ないと思う」
 ディースがぼそりと突っ込むがマーナは相変わらず耳を貸す気もなさそうで。
「見つめ合う二人の心は急接近して…言葉にしなくても二人の想いは通じ合って…愛し合う二人はその場で熱い口づけを…」
「…どうにかならないの、このコ?」
「いえ、私には…」
 腹の底からげんなりしたカオのチャーリーに言われてもただ首を振るしかない無力なノルラッティである。夢見るような口調でうっとりと滔々と語り出したマーナを止められる者などいようハズがなかった。
「ああ、なんてロマンチックなの…! 運命的な展開だわ…!」
「運命て…今日のコトは全部ワイらが仕組んだ…」
「なんて素敵なのかしら…! きっと良い詩になるわ、是非とも後世に歌い継がなくっちゃ…!」
「…完全にあっち側に行っちまったみたいだなぁ」
 呆れ顔のラルファグ、ぽかんとして言葉もないサイトとギルバー。ノルラッティ、イブ、ディース、三人の友人は苦笑気味かつ放置気味に彼女を見守り、ヴァシルとコランドは顔を見合わせて肩をすくめ、チャーリーは胡散臭そうな表情を隠そうともしない。その傍らに立つフレデリックはいつものごとくぼけっとしている。
 そんなところに。
「姫様とトーザさんが戻られました!」
 侍女の一人が慌しく走り込んで来て、国王陛下やその他各種族の代表者に対する挨拶もそこそこに報告する。
 彼女に続きトーザ・ノヴァとシアンレイナ・レッドパージが謁見の間に姿を現した。
 皆が注目する中、自らの足で室内に一歩入ったシアンレイナ姫はドレスの裾を軽く持ち上げ膝を折るようにして一礼し…何をどう言えば良いのかわからない様子で、助言を求めるようにトーザを振り返る。
 トーザはシアンレイナの隣に並ぶように立ち、まずは国王陛下−ゴールドウィンに向き直り…。
「───お姫様だっこは?」
「…は?」
 帰還の報告をしようと口を開きかけたトーザ、予想外の方向から飛んで来たマーナの台詞に、思わず間の抜けた声を返してしまう。
「『は?』じゃないッ! フツーこういうときはトーザさんがシアンレイナ姫様を、こう、横抱きにしてお連れするモノでしょお!?」
「マ、マーナ殿?」
「それが昔っからのお約束なのに! なのに、二人とも徒歩で帰って来ちゃってどーするのよッ! そんなんじゃ盛り上がらないでしょ、詩にしたときに! わかってるのトーザさんッ?!」
「い、いや…その…」
 戻って来るなり大声で叱られてワケのわからないトーザ。
 マーナの容赦ない叱責はおろおろしているトーザの横できょとんとしているシアンレイナにも飛んだ。
「姫様もッ!」
「は、はいっ?」
 シアンレイナ、思わず背筋を伸ばして返事してしまう。
「こんなときにおとなしく歩いて戻って来ちゃダメ! こーゆーときはもし自分の足でちゃんと歩けたとしても、歩けないフリでお姫様だっこを…───そうよッ、『お姫様だっこ』っていうのはこういうときの抱き方なんだからッ! 絶対そうすべきだったのよ! 二人とも全然なってないわッ!」
 そこまでまくしたてたところで。イブがマーナの口を両手で塞ぎ、ディースが背中から羽交い絞めにして、まだ何事か主張しようともがくマーナを部屋の隅まで引きずって行った。
 マーナの口が封じられて静かになったと思ったのも、束の間。
「でもッ! ホントにあのおねーちゃんの言うとーりだよッ、トーザさん!」
 今度はリンドがトーザに人差し指をびしっと突きつける。
「ここまでお姫様を歩いて帰って来させるなんて! リンド、トーザさんがそんなハクジョーなヒトだなんて知らなかったよ!」
 リンドが言い終えた、途端。
 黙ってその台詞を聞いていたトーザとシアンレイナ、二人の頬が見る間に赤くなり…二人は揃ってうつむいてしまう。
「…?」
 予期せぬ反応にリンドが続ける言葉を飲み込んだのを、確かめてから。
 それまでトーザ達の少し後ろで事の成り行きを見守っていた侍女がおずおずと口を開いた。
「あのー…、トーザさん、姫様をここまで歩かせて来たりなんか、してませんでしたけど…」
「ほう。それでは?」
 ゴールドウィンがすかさず声をかけて続きを促す。
「今の今まで、そう、ついそこのところまで、ちゃあんと…お姫様だっこ、って言うんですか? あの横抱きで。ねえ、トーザさん?」
「い、いや、その、拙者は───」
「わ、わたくしが、あの、無理なお願いを───」
「拙者、最初はおぶってくるつもりで」
「わたくし、お恥ずかしい話ですが、腰が抜けてしまって」
「イメージ壊れるからそれ以上弁解しちゃダメッ!!」
 部屋の隅っこからイブとディースの妨害をものともせずにマーナが叫ぶ。もっともだ。
「トーザ・ノヴァ…ヒトが見ていないところで我が妹を抱きかかえるとは…」
 ゴールドウィンが一歩、前に進み出る。
 トーザはぎくりと身を引きかけたが…思い直して踏みとどまる。見苦しく弁解するような真似はせずに、若き国王陛下と真っ直ぐに瞳を合わせる。トーザ・ノヴァの毅然とした態度に、ゴールドウィン・レッドパージは…晴れやかな、爽やかな笑顔を見せて。
「そういうコトを隠れてするのは気に入らんな! トーザ・ノヴァ、シアンレイナを抱いて戻って来るところからやり直しを命ずる!」
「ええッ…!?」
「お、お兄様…!」
「その方が格段に良い詩になるのだろう、マーナ・シェルファード?」
「それはもう! ぐっと素敵になります!」
「リンド・エティフリックもそれなら満足だな?」
「はい!」
「というコトで皆の要望だ。やってくれるな、トーザ・ノヴァ。いやお前ならやってくれると信じているぞ」
「それに何かイミはあるんでござるか…?」
 ほとんど泣きそうなカオで問い返すトーザ。

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