お姫さまの誕生日−6
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(6)

「カーディさん、コランドさん、はかどってるー?」
 裏庭に明るい声が響く。
 『作業』の手を止めて二人の盗賊が顔を上げる。
 真っすぐに腰まで伸びた真っ赤な髪をなびかせて、邪竜人間族の小柄な少女が駆けて来た。少女の兄である隻腕の男も続いて姿を見せる。
 少女の名はリンド・エティフリック。男の名はラーカ・エティフリック。カディス・カーディナルとは子供の頃から隣同士の家で親しい付き合いを続けている。
「様子見に来てくれはったんでっか。こっちは順調でっせ」
 竜になったサイトの身体に手早く塗料を塗りつけながら、コランドが愛想の良い笑顔を向ける。並の塗料ではウロコに弾かれてしまうので、何種類かの薬草をすり潰して混ぜ込んだ特殊なものを用いている。のびも良いし乾きも早く、滅多なことでは剥がれも落ちもしない。『イベント』を終えて元に戻すときにどうするか、コランドもカディスもとりあえず考えていないことを二人の皇子はまだ知らない。
「わ。…ホンモノみたい」
 すぐそばまでやって来たリンドがぴたりと足を止め、着色途中の二頭のドラゴンを感心を通り越して感動してしまった様子で見上げた。
 犬がおすわりをしているような格好のまま、サイトは恥ずかしそうにリンドから視線を外す。その隣、アシェスはべったりと地面に腹這いになったまま不愉快そうに目を閉じていた。闇色の尾が苛立たしげに小刻みなリズムを刻んで地面を叩いている。
 コランドとカディスの仕事は迅速かつ的確だった。ドラゴンの巨体をたちまちのうちに飛竜そっくりのペイントが覆ってゆく。事前に準備しておいた数種類の塗料を迷いのない手つきで混ぜ合わせて、自然のものだけが持っている微妙な色合いを見事に再現してみせる。
「大したモンだな、カディス」
「ふ…不敬罪、とか、ならんよな?」
 アシェスの翼に色を着けながら、カディスは気弱な動作でラーカを振り返る。
「カーディさん、皇子様はそんなに心の狭いお方じゃないよッ!」
 そんなカディスの態度に、リンドが憤慨したように大声をあげた。
 リンドの甲高い声にアシェスが少し目を開けて───何かをあきらめたようにまた閉じた。
「さいです、さいです。サイトはんもアシェスはんも、この程度のことでご立腹されるような小さいおヒトとは違いまっせ」
「い…いや、何もオレは皇子が心が狭いとかそういうんじゃなく」
「で、ラーカはん、『舞台』の方はどないなってますん?」
「ああ、そいつを報告に来たんだ。どっちも準備出来てるぜ、いつでもいける。皇子達に、説明は───?」
「さっき聞かはりましたわ」
 コランドが言いながら見上げると、サイトは渋々といった感じで首を縦に振った。
 王城の周囲で悪い飛竜(サイトとアシェスのことである)が暴れたら、一般市民にまで多大な被害を及ぼしてしまう可能性がある。かと言って街の外まで出てしまったのでは「面白くない」。幸い王都にはドラゴンが立ち回れるような広大な面積を有した場所がいくつかあるから、人払いをしておいてそこを利用することにしよう。
 こう言い出したのはゴールドウィンとシアンレイナの父、先代の国王陛下である。
 王位こそ息子に譲ったものの、先代王の地位はあくまで高く各方面への発言力も衰えてはいない。可愛い娘の為に『晴れの舞台』をセッティングするなどたやすいことだ。
「じゃあ、確認だけしときますよ。サイト皇子は魔道大会の会場へ。皇子はベル研究所前の広場ということで」
「頑張ってね、皇子様! リンドも応援してます!」
 リンドの無邪気な声にアシェスは面倒そうにまぶたを持ち上げ…長い尾で大きく一つ地面を打った。
 それが肯定なのか否定なのか、その場にいる誰もわからなかった。アシェス本人にも。

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