お姫さまの誕生日−14
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(14)

「これは一体…どういうことなのですか?」
 シアンレイナ・レッドパージが目の前にいる二人の人物−一人は竜に姿を変えているが−を見比べる。
 ノルラッティ・ロードリングとサイト・クレイバーはほんの少しだけ互いの顔を見合わせる。
 『悪い飛竜』に扮しているため口がきけないサイトに代わり、ノルラッティがその質問に答える。
「姫様、大変驚かれたことと思いますが、これは───」
 説明しかけたとき、トーザ・ノヴァが会場に早くも走り込んで来たのに気づき、はっと言葉を飲み込む。ノルラッティは慌てて座席の陰にしゃがみ込み身を隠した。
 危ういタイミングだったが見つかってはいないだろう、と思う。さっきの一瞬にトーザがこちらに視線を向けていたとしても、まず目にしたのはサイトの姿のはず。
 サイトはノルラッティとほぼ同時に、トーザが駆けつけて来たのに気づき、観客席にいる二人を隠すように、それでいて不自然には見えない動作で翼を大きく広げた。
 もしもトーザがシアンレイナのそばにもう一人誰かがいることにまで気づけたとしても、それがノルラッティであるとはわからなかっただろう。
「ノルラッティさん?」
 姫君が困惑顔で自分を見下ろす。
「姫様、詳しいことをお聞かせする余裕がないようです」
「あの」
「一言で申し上げますと、これは───皆さんからの『プレゼント』なのです」
「…え?」
「では、私はこれで。失礼致します」
 さっと一礼して、ノルラッティは姿勢を低くしたまま、素早くその場を走り去った。
 一般席と特別席とを隔てている仕切りの後ろにぴたりと身を寄せる。
 自分の姿はトーザには見られなかったハズ、とまた考える。
 先刻までの一連の行動を振り返り、目立った手落ちはなかった結論し、ほっと息をつく。
 ノルラッティに今日の『イベント』について知らせに来たのは、友人のマーナ・シェルファードだった。
 マーナがやって来るまでは、シアンレイナ姫の誕生日だからと言って王都にまで足を運ぶような予定もなく─人間族ならともかく善竜人間族の彼女にとっては、姫君の誕生日もめでたくはあるが特にどうということのない普通の行事の一つである─世話を任されている花壇の手入れを一日がかりでしようか、なんて地味なことを考えていたのだが。
 マーナの強引な誘いを断り切れず、また強硬に断り続ける理由も見つからなかったため、状況がよくわからないままここまで連れて来られてしまった。
 立案時から関与しあれこれ準備をさせられていたコランド・ミシイズやカディス・カーディナル達とは違い、限りなく直前になってから参加が決まった彼女に割り当てられた役目はそれほど面倒なものではなかったが、その割には重要なものであった。
 ひとつは『悪い飛竜』に捕まったショックで失神しているに違いないシアンレイナ姫の意識を取り戻させておくこと。
 せっかくの大がかりな『芝居』も、シアンレイナが気絶したままトーザの活躍を見逃してしまうようでは全く意味がないから。
 もうひとつは、手短でもいいから姫に現在起きていることが一体何なのかを伝えること。
 ノルラッティの知らぬところで、この件に関しては発案者達の意見が分かれ、ずいぶん揉めた。
 トーザに絶対に悟られないようにするのは当然のこととして、シアンレイナにも最後まで−むしろ一連の『イベント』が終了した後もずっと−真相を伏せておいた方がより一生の記念となるのではないか、という意見がかなり強かったのだ。
 回復魔法はある程度離れたところからでもかけられるのだし、ノルラッティがシアンレイナの前に姿を見せる必要はないのではないかと。
 しかし結局は、『トーザの活躍を落ち着いてじっくりと鑑賞してもらう』ため、姫君には活劇が始まる直前に本当のことを教えよう、という運びになった。
 本当に『一言』だけしか告げることが出来なかったながらも、自分に割り振られた仕事をとりあえず成し遂げて、ノルラッティは壁に背中をもたれさせほっと一息ついた。
 それにしても…。
 どうしても思い出してしまう。
 顔だけ覗かせてもう一度少しだけ見てみたい気もするが、首を振って自粛する。
 サイト・クレイバーのあの姿。
 さっき初めて目にしたとき、事前に一通りのことを聞かされていたにも関わらず悲鳴をあげそうになった。
 サイトの身体にあの『ペイント』を施したのは確かコランドだったハズだが…。
 盗賊(シーフ)ってホントに何でも器用にこなしてしまうのだなあ、と妙に感動してしまったノルラッティである。
 善竜人間族の皇子、サイト・クレイバーはとても温厚温和な容姿の持ち主である。
 銀色の髪と蒼い瞳、ともすれば冷たく近寄り難い人物という印象を与えてしまいそうな組み合わせの色を持って生まれてきたにも関わらず。
 柔和と言うよりはやや気弱な顔つきは対面する者に安心感を与え、平均よりもやや低い身長とあいまって、その身分に相応しい威厳よりは親しみやすい感情を相手に抱かせる。
 そんなサイトだから、竜の姿になってもその見た目は同族と比較せずともはっきりわかるぐらいに、優しく大人しい。
 いつかチャーリー・ファインがドラゴンになったサイトを指して「竜と言うよりは犬のようだ」ととんでもない発言をしたことがあったが、まさにその通りなのだ。サイトには非常に気の毒ではあるが。
 翼を畳んで座っている姿はまるっきり、白くて大きなイヌのよう。
 何故そんなイメージになってしまうのかは誰にもよくわからないが、この表現には多数の人間が同感だと口を揃えた。
 サースルーン・クレイバー…実の父親にまで力強くうなずかれたときにはかなり打ちのめされた様子だったサイトが、哀れでならなかった。その件で励ましたりすれば傷口に塩をすり込むようなことになりかねないと判断して、そっとしておいたのだが。
 しかし…そんなサイトが。
 あの変わりよう。
 それでも。
 優しい蒼い瞳、あの澄んだ輝きだけはそのままだった、と思い返して。
 ノルラッティは何故だか一人で真っ赤になった。

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