第10章−15
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 自分の横顔をジッと見つめているチャーリーの方をちらりと一瞥してから、メール・シードは冷静さそのものを具現しているかのような澄んだ声で応じた。

「アイファム大陸の北東にある、バイアス湖のそばにある湖の洞窟の奥です。そこに竜人間族の大戦で用いられた武器や防具類はほとんどしまわれてあります」

 やはりその程度のことは知っていたか…しかし、ほとんど、とは? 世界に残ったドラゴンスレイヤーがどこかにあるのだろうか。
 そして、メールはそれがある場所を知っている…。
 チャーリーは注意深くメールの声に聞き入った。

「ただし、その洞窟にはエルフ達の魔力で強力な封印が施されていますので、中に入るのは不可能です。滅多なことで破れる封印ではありませんから」

「それじゃ…」

 気落ちした様子を隠せずに表情を曇らせ、何か言いかけたヴァシルを、メールはポケットからさッと出した片手で制した。

「ご心配なく、私が持ってるやつをお譲りしますよ」

「な〜んだ、持ってんだったら最初っからそう言えよ」
 ヴァシルは和やかに言ってほっとした笑顔を見せた…が、他の面々はそれとは対照的に今度こそ強張ったカオで固まってしまっている。

「…メール・シード、お前はドラゴンスレイヤーを持っているのか…?」

 フォークに突き刺した魚を口に入れることも忘れてゴールドウィンが問う。
 さすがの彼もこの言葉にはビックリしたようだ。

「はい。実物が手元にないと研究するにも張り合いがありませんから、特別なルートから購入したんです。もう使いませんし、バルディッシュでよければ安価で差し上げますよ」

 平然と続ける。
 バルディッシュというのは、戦斧の柄を槍のそれのように長くした形の武器で、扱うにはかなりの腕力を必要とする。
 しかし、相手を力任せにぶった斬るという目的で作られたこれを操るのに、特に専門的だったり難解だったりする技術は要求されない。
 武器を手にして戦った経験は皆無に等しいヴァシルにとっては、格好のアイテムと言える。

「どうせならタダでくれりゃいいのに…しっかりしてんなァ」

 呆れたように言うヴァシル。
 そんな彼の顔を見て、コランドはハッと思いついたように、

「ドラゴンスレイヤーを買い取るとなると、とんでもない額を出さなあかんのとちゃいますか。ヴァシルはん、そんなにお金持っとりましたっけ?」

「いや、全然。でもいざとなりゃ王さんが出してくれるだろ。ここに二人もいるんだし」

 気楽に言ってのける。
 サースルーンとゴールドウィンは思わずえッ、と顔を見合わせた。

「ヴァシル、それは迷惑でござるよ…」
「でっ、いくらなら売るんだ?」
 トーザが止めるのも無視して、ヴァシルはテーブルの上に身を乗り出した。

 メールはポケットから両手を抜くとゆっくりと胸の前で腕を組む。

「そうですね、買値が五千万ディナールでしたから」

「ごッ、ごせんまん?!」

 コランドが素っ頓狂な声を張り上げた。
 五千万ディナール!
 それだけの金額があれば、人間族なら文字通り一生遊んで暮らせる。
 ヴァシルもちょっと顔色を変えて身体を起こした。
 半値でも二千五百万ディナール…それだけ払わせるのは、いくらなんでもサースルーンやゴールドウィンが気の毒というものだ。
 かと言って、彼自身に融通出来る額ではもちろん、ない。

「そうですね、三十ディナールでお譲りしましょう」

 小さく首を傾げるようにしてメールが言った途端、がらがっしゃーんッと派手な音を立ててずっこけたのは、チャーリー、コランド、イブの三人である。

「なッ…何で五千万ディナールで買った物を百万分の一以下の値段で手放せるワケッ?!」

 素早く立ち直り、がたーんっと椅子を鳴らして立ち上がりざま、メールを怒鳴りつけるチャーリー。

「いえ、もう私には必要のない物ですから」

「ひょっとするとひょっとして、役に立たんよーなボロボロの代物やとか言うんやありまへんやろな?」

「まさか。そんな詐欺みたいなことはしませんよ、ちゃんと実用出来る物です」

「シードッて、そんなにお金持ちだったっけ?!」

 イブがどこかピントのずれたことを言いながら詰め寄る。

「まあ、それはどうでもいいじゃないですか。───で、ヴァシルさん、どうします? 買いますか?」

「もちろん。てなワケだからトーザ、出しといてくれ」
「持ってないんでござるか…」

「しっかし…メール・シード、特別なルートというのは何なんだ? 封印されたハズのドラゴンスレイヤーがまだ他にも世の中に出回っていたりするのか?」

「ええ、他にも出てますよ」

 こともなげに言って、メールは左手を軽く上げて振った。
 すぐ左隣のラルファグがきょとんとした目でその手の動きを見ている。
 その顔はわずかに引きつっているようだった。

「表に出て来ることはないでしょうけれど」

「それはそうだろうな…」

 サースルーンは複雑な表情で腕を組んだ。
 真正面に座っているメールを見る。
 ドラゴンスレイヤーの裏取引…発覚した場合、種族を問わず現物を没収して関係者は投獄、ドラゴンスレイヤーは湖の洞窟に戻すべきなのだろうが、今回だけは特例を認めるしかない。
 ゴールドウィンも何とも言えないカオをしている。

「それで、ドラゴンスレイヤーはどこにあるの?」

 膝の上に載せたちゅちゅにレタスをあげながら、マーナがメールの顔をのぞき込む。

「王都の研究所です。ヴァシルさん、取りに来ますか?」
「ああ、当然だろ。オレは王都に行くからな、チャーリー」

 ヴァシルが不意にチャーリーに顔を向けた。
 一瞬ぽかんとしてしまった後で、チャーリーはすぐに気を取り直した様子で頭を振った。

「ヴァシルとメールは一旦王都に行くんだね…わかった、それじゃあみんなも手が止まっちゃってるコトだし、明日からのことを今指示しておこう。一度しか言わないから、ちゃんと聞いとくコト」

「はーい」

 マーナとリンドが声を合わせて返事した。
 顔を見合わせて笑い合ったりなんかしている。

「…まず、トーザ、ノルラッティ、ラーカ、リンド」

 呼ばれた四人が顔を上げる。

「この四人には氷の洞窟へ宝石捜しに行ってもらう」

「氷の洞窟でござるか…」
 世界の北端、一年中真冬の気候に閉ざされた小島にある、凍てついた地下迷宮。
 床にも壁にも厚く氷が張り、洞窟内だけにしか生息しない特殊なモンスターが巣食っているという。

「次に、サイト、マーナ、イブ」
 頭の中で考えていたことを読み出すのに専念出来るよう目を閉じて、チャーリーは続けた。
「三人には湖の洞窟に行ってもらいたい。近くにエルフの隠れ里があるハズだから、そこでサイトが身分を明かして事情を説明すれば封印を少しの間解いてもらえると思う。宝石以外の物は持ち出させてもらえないだろうけど」

「それじゃ、あたし達はただのおマケ?」
 マーナが自分の顔を指しながら尋ねる。

「イブ、探知の魔法は使えるね?」
「あ…ハイ。あんまり高度なのは無理ですけど」
「それで隠れ里を見つけるのが君の仕事」

「あたしは?」
 マーナが食い下がる。

「言いにくいけど、おマケかな」
 ちっとも言いにくくなさそうにチャーリーは言い切った。
 あんまりきっぱり断言されたのに落ち込んでいじいじと指遊びなどし始めたマーナをすっぱりと無視して、

「次はコランド、ラルファグ、アシェス、カディス。この四人には盗賊の洞窟に行ってもらう。洞窟内の探索はコランドとカディスに任せることになると思うから、ラルファグとアシェスは道中の用心棒役ってトコかな」

「道中って…チャーリーはん、今回は転送魔法で送ってくれへんのですか?」

「転送魔法や移動魔法は危なくて使えないんですよ」

 さらりと答えたのはメールだ。

「危ない? 何がだよ」

 ラルファグが訊く。

「もしガールディー・マクガイルがその気になれば、チャーリーさんがあなた方を飛ばすのに合わせて呪文を唱えて、相手をとんでもない場所に弾いてしまう、ということも出来るんです。チャーリーさんはすっかり失念していたようですが」

「…そういうコト。今までそれを仕掛けられなかったのが不思議なくらい。とにかく、魔法での移動は危険だから避けよう。下手するとエルスロンム城内に引っ張り込まれて一巻の終わりってコトになりかねないからね…じゃあ、最後に、国王陛下と一緒に王都に戻って王家の洞窟を調べるのが、私とヴァシルとメール。これでいいね?」

 誰にも異議のあろうハズがない。
 食事は再開され、心配事の解消したヴァシルはさっきの倍のスピードで料理をがっつき始めた。
 チャーリーも再びナイフとフォークを取り上げた。

 …遠く離れた場所にいる相手に転送魔法をかけるには、相手がその種の魔法で地上から離れた一瞬を狙ってやるしかない。
 タイミングをとるのはかなり難しいが、呪文を合わせるのにさえ成功すれば確実に相手を自分の好きな所へ飛ばせる。
 聖域の洞窟の島で暮らしていた頃には、よくガールディーと二人で練習したものだった。
 ガールディーは百発百中の正確さでチャーリーを弾き飛ばした。
 彼の前では、チャーリーは一度も移動魔法を成功させることが出来なかった。
 頭の中で呪文の詠唱をしていたにも拘わらず…。


 食事が終わりすっかり食器類が片付けられクロスも取り払われたテーブルの上に六箱のトランプをいっぺんにぶちまけると、今度は食堂にいる全員でトランプ大会が始まってしまった。
 食後のコーヒータイムの間にも休みなくカードはテーブルの上を飛び交い、またもや無駄に盛り上がりまくってしまった結果、あッという間に夜はとっぷりと更け就寝すべき時間になってしまった。
 メンバー中での一番の年長者であるサースルーンに促され、しぶしぶ解散となる。
 トランプをすること自体にはまったく意味はなかったが、ゴールドウィンの提案した『親睦を深める』役には十分過ぎるほど立ってくれた。

 カードを箱にしまってそれぞれが客室へ引き上げる頃には、アシェスやカディスも一応は打ち解けた表情になっていたし、サイトもいつもの雰囲気に戻っていたのだから。

「それじゃあ、また明日…」
「なんでこんなに熱中してしもたんやろ…」
「う〜む、どうしようもない時間を過ごしてしまったな」
 ボヤきつつぞろぞろと食堂から出て行く一同であった…。

第10章 了


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