第10章−11
(11)
チャーリーにあてがわれた部屋のドアの前まで来て、サイトは少しの間ノックするのをためらっていた。
廊下に立って、木製のドアを見つめる。
考えごとをしている最中の彼女の邪魔をしたら怒られるのではないかという危惧が半分、残りの半分は出来ることなら食堂には戻りたくないという、ワガママともとれる自分自身の感情。
しかしここで迷っていても仕方がないことは理解している。
今はチャーリーにアシェスが来たことを伝えなければならないし、そうすれば今度はチャーリーを連れて食堂に戻らなければならない。
つまりは自分の感情などは無視するしかないということだ。
サイトは意を決して右手を上げると、手の甲でドアを三度叩いた。
「どうぞ。開いてるよ」
特に不機嫌そうでもない声が部屋の中から返って来る。
サイトは少しホッとした気分でノブに手をかけドアを開けた。
「失礼します」
チャーリーはベッドの上にブーツを履いたまま胡座で座っていた。
上に組んだ方の足首を押さえるように揃えて置いた両手にはどちらにも黒い指抜き手袋がはまっている。
チャーリーは戸口に立ったサイトを意外なカオで見た。
「どうしたの、サイト」
「邪竜人間族の皇子がこの城に来たそうです」
「アシェス・リチカートが?!」
チャーリーもサースルーンと同じように思わず声を大きくしてから、勢いよくベッドから降りて立ち上がる。
マントの裾をさッと払ってからサイトの方を向いて腕を組む。
「何て言ってここに来たの?」
「よくはわからないんですが、どうやらかくまってもらいたいとかいう理由のようです」
「かくまう? バルデシオン城に?」
「はい。詳しいことはまだわかりませんが」
「……まぁ、話を聞いてみないことにはね…でもまさか、ガールディーに派遣されて来たってコトはないだろうけど」
チャーリーが何の気なしに口にした思いつきの言葉に、サイトの顔色がサッと変わった。
深刻かつ真剣な瞳で自分の顔を見たサイトに、チャーリーは慌てて言う。
「いや、まさかそんな一発でバレるような手は使って来ないと思うよ。ドラッケンの皇子がここに来るなんて疑われて当然のコトはしないでしょ、いくらなんでも。私の考え方ってかなりひねくれてるから…」
珍しく自分で認めている。
しかし、そんな彼女の言葉をすべて否定するようにサイトは冷静に呟く。
「疑われて当然だからこそ、故意にそうしたのかもしれません。…とにかく、食堂に行きましょう」
いつもとはまるで違うサイトの様子−一種の冷酷ささえ伴っているような受け答えに気圧されて、チャーリーはそれ以上は何も言わずにうなずいた。
自分はサイトに余計な疑念を植えつけてしまったのかもしれない。
つい口が滑ってしまった事実は取り消しようがないけれど、あんなことは特にサイトの前では言うべきではなかったんだ。
アシェスがガールディーのスパイかもしれない、なんてコトは。
証拠もないし必然性もない。
大体、アシェス・リチカートほどの戦士をスパイに使うなんて…直接攻めて来させた方がずっと有益だと、少なくとも私はそう思う。
「…それじゃあ、行こうか」
直接会ってみれば何かわかるかもしれないし、会ってみても何もわからないかもしれないのだが。
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