第10章−12
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(12)

 二人は何の会話も交わさずに廊下を辿り、食堂のドアの前にはすぐ着いてしまった。
 サイトがいつもよりは遅れ気味に自分の後ろを歩いているのに気づいていないワケではなかったが、チャーリーは特に足を緩めたり言葉をかけたりはしなかった。

 サイトがアシェスに会いたくないと思うのは当然だ。
 バハムートにとってドラッケンは『悪』以外の何物でもない。
 ラーカのようなドラッケンが酒場に来たり、旅の途中のドラッケンがバルデシオン城下に宿を求めたりするようなことがあれば、それは拒絶したりせずに受け入れはするのだが、基本的に二つの種族は交流を持たないことにしている。
 サイトはひょっとすると邪竜人間族と話したことがないのではないだろうか…。

 扉の前に立ち止まると、チャーリーは少しだけサイトの表情を窺った。
 彼は限りなく無表情に近い堅い顔で彼女を見返した。
 それから、気を取り直したように手を上げてドアを叩こうとする。

 チャーリーは素早く片手でそれを制すると、自分の手で三度ノックした。
 そして、中からの返答を待たずに開ける。

 食堂に一歩踏み込み、まず目についたのは見慣れないダークレッドの髪の色だった。
 以前メールが座っていた椅子に席を占めていたアシェスが、ドアが開くと同時に振り向く。
 焦茶色の瞳と、視線がぶつかる。
 先に目を反らしたのは邪竜人間族の皇子の方だった。

「チャーリー」

 声をかけてきたのはアシェスの脇に控えていたラーカだ。
 彼のそばにはさらに二人の邪竜人間族が立っている。
 カディスとリンドである。

「アンタねぇ…何かわかったら教えてほしいとは言ったけど、いきなりアシェス・リチカートを連れて来いとは…」

「オレだってこんな事態になろうとは想像もしなかったんだよ。とにかく、話を聞いてくれ」

「アンタが絡んでるってことは、アシェス皇子はガールディー側の人間じゃないと思っていいんだね?」

 チャーリーのあまりにも無遠慮な言葉に、ラーカは一瞬顔色を変えて口を閉ざした。
 その隙にラーカの横からリンドがすごい勢いでチャーリーに食ってかかる。

「皇子様があんな魔道士の味方なワケないじゃない! 皇子様はね、ガールディー・マクガイルがお城に来た日からずーっと地下牢に閉じ込められてたんだから! そんなコト言うなんて、無神経にもホドがあるんじゃないッ?!」

 右手人差し指でチャーリーをびしいッと指して非難する。
 が、チャーリーはかけらほどの動揺も見せず、落ち着いてリンドを見下ろす。

「まぁ無神経だったのは確かだけど…確認しとく方がいいでしょ、黙ったまま疑ってるよりは」
「そ、それは…」
「その方がいいだろうな」

 それまで胸の前で腕組みしたまま沈黙を保っていたカディスがぼそりと口を挟んだ。
 鬱陶しい前髪の隙間から、鋭い赤い瞳がチャーリーに向けられている。
 リンドが困惑したようにカディスを振り向き、それから助けを求めるようにラーカを見上げた。

「…紹介しとこう、こっちがオレの妹でイリュージョナーのリンド・エティフリック。後ろにいるのはシーフのカディス・カーディナル。エルスロンム城に侵入するのを手伝ってもらったんだ」

「私は…自己紹介が必要かな?」

「いや。世界一の大魔道士チャーリー・ファイン、オレ達ドラッケンでもその名は知ってるぜ」

 カディスがさっきと同じぼそりとした声で応じる。
 それを聞いて、

「ええッ!! この人が、あの…?」

 リンドの顔にあからさまな驚愕の色が広がった。
 彼女は叫ぶや否や大慌てでラーカの背中に隠れてしまう。
 チャーリーの噂をよく知っているらしい。

「だったらいいね。───サイト」

 チャーリーは自分の背後にものも言わずに立ち尽くしていたサイトの方を振り返り、前に出るよう目顔で指示した。
 サイトはうなずきを返すことも忘れて、促されるままに五歩ほどふらふらと進み出る。

 サイトとアシェス−二人の皇子は至近距離で対峙した。
 室内に緊張した空気が漂う。
 サイトと同じく無言のままでいたアシェスは、目を伏せたまま椅子から立ち上がった。

 サイトが先に口を開きかける。
 訪問者を迎える者の礼儀として。
 が、それを遮るようにアシェスが言葉を発した。
 迎えられる者の礼儀として。

「サイト・クレイバー皇子、私は───」

 そういう台詞でさえアシェスが言い終わらぬうちに、サイトが閉めて来たドアがバタンッと荒々しく開かれ、顔を出したのは…。

「おッ、やっぱりここにいたか!」

 ヴァシルだった。
 アシェスは彼の方を見たまま口を噤んでしまっている。
 サイトも戸口を振り返った。
 チャーリーは内心苛立ちながらも、ヴァシルの方に体ごと向き直ってやった。

「部屋見に行ったらいないんでここだと思ったんだ」

 ヴァシルは何のためらいもなくずかずかと食堂に入って来ると、チャーリーの前まで来て立ち止まった。
 ドアを開けたときには中の様子がわからなかったのだから仕方がないとしても、サイトとアシェスが並んで立っているのを一目でも見たならどういう状況なのか慮ってみてもよさそうなものなのに、彼の態度はまったくいつもと変わらない。
 空気が読めない…いや、空気を読まないことに関しては、天下一品の才を持ち合わせている。

「で、何の用?」

 チャーリーは冷ややかに問う。
 が。
 もとよりそんな態度が通じる相手ではない。

「お前んトコにメール・シードが来なかったか?」
「メール? 来なかったよ、一度も。大体どーして私のトコなんかにあのヒトが来んのよ」
「どうしてって…そりゃ、お前がアイツに似てるからだろ」

 掛け値なしの呑気さとともに放られたヴァシルの一言に、チャーリーの表情が強張った。

 瞬間、彼女の背中側から陽気な声が飛ぶ。

「ヴァシル・レドア、お前はどうしてそう思う?」

 ゴールドウィンがテーブルの上で頬杖をついたまま彼の方を見た。

「え? そうだな、どっちも眼鏡かけてるし、髪も服も暗いだろ?」

 返答を聞くと、ゴールドウィンは肩をすくめるようにして小さく笑った。
 そんな理由か。
 らしい答えだな…灰色の瞳はそう言っていたが、ヴァシルはまるで気づかない風に自分の台詞を続ける。

「しかし、アイツはどこにいるんだろーな? ノルラッティが血相変えて捜し回ってたから、そろそろ見つかってもいいハズなんだが…」
「んなコトこっちが知るワケないでしょ…大体、何でアンタがあの賢者を捜してるの?」
「アイツ、ドラゴンスレイヤーのありかを知ってるらしいんだ」
「ドラゴンスレイヤー…?」
「そいつがありゃこれから便利だろ?」
「………」

 チャーリーは少しの間無言でヴァシルを見上げていた。
 それから、ふと自分達に注目している皆の−主にサイトとアシェスの−視線に気づいて、

「とにかく、今はアンタの相手はしてらんないの。捜すんならもう一回自分で捜してみて。イブさん達と一緒にいるんじゃない?」
「訊いてみたけど、知らないって言ってたぜ。…まぁ、知らないんだったらしゃーないな…トーザ、特に用事がないんだったら手伝ってくれよ」
「わかったでござる」

 トーザが椅子から立ち上がる。
 のに便乗してコランドも腰を浮かしかけた。
 ヴァシルが退場した後に訪れるに違いないあの重苦しい雰囲気から逃げ出しておこうという魂胆なのだ。
 が、その動きをゴールドウィンの声が止める。

「お前はここにいろ、コランド・ミシイズ」
「へッ?! …せ、せやけど、ワイなんてこんなトコおってもなーんも役に立ちまへんし……」
「空気が重くなったらちゃんとボケるんだぞ」

 …この国王陛下、人を何だと思っているのだろうか…。

 呆気にとられつつ、それでも逆らうことも出来ずにコランドは再び腰を下ろした。
 その間にヴァシルとトーザが食堂から出て行き、チャーリーは一人ですたすたと前に自分が座っていた席に歩み寄ってそこに落ち着き、サイトとアシェスはまた互いに顔を合わせた。

 今度はさっきのように緊迫感に満ちたものは二人の間には流れなかった。
 ヴァシルの登場に重苦しい空気はすっかりかき回されて薄れてしまったようだ。
 先程の続きが開始される───アシェスがサイトをまっすぐ見つめているという、その点だけが前と異なっていた。

「私はアシェス・リチカート。お目にかかれて光栄です、サイト皇子」

 いたって普通の声で言って、友好的に片手を差し出す。

「サイト・クレイバーです。…初めまして」

 サイトはしっかりとアシェスの手を握り返した。
 相手と同じくらい友好的に。
 ラーカ達三人の邪竜人間族の間にほっとした表情が見られた。
 とりあえず、バルデシオン城から叩き出される心配はなくなったと判断したようだ。

 サースルーン・クレイバーが自分達を頼って来た者を、いかに相手が邪竜人間族の皇子とは言え拒絶するとは考えにくい。
 もし自分達を外へ放り出す者がいるとすれば、それはドラッケン嫌いの皇子・サイトの方だから、彼が好意的な対応を見せるまでは気を抜くまいとしていたのだ。

「そちらの方々も、どうぞお好きな所へおかけ下さい」

 唐突に声をかけられて、ラーカ達はモロに戸惑った。
 サイトがにこやかな笑顔で促してくれている。
 従わない理由があろうはずもないが、問題は残っている席のどれを選んでもアシェスより上座に座ることになってしまうということだ。
 サイトもそれには気づいていたので、再度アシェスに顔を向けると、

「アシェス皇子も、そのような末席ではなくあちらの方へおかけ直し下さい」

 愛想のいい微笑を浮かべながらすすめる。
 アシェスも親しげな表情でそれに対応しつつも、席を替わることは結局断った。

「私のような者が王や皇子の近くに座るのは相応でないことのように思えますので…ラーカ、カディス、リンド、お前達はサイト皇子の言われた通り好きな所へかければいい」

 ラーカ達は一瞬顔を見合わせたが、座席のことにこれ以上こだわっていても仕方がないようなので、ラーカがアシェスの隣に、カディスが角を挟んだラーカの隣に、リンドはカディスの真向かい−角を挟んだアシェスの隣−に、それぞれ落ち着いた。

 コランドはカディスが座った横の椅子に座っていたのだが、隣に邪竜人間族のシーフが来ると脅えたように席を一つずれてチャーリーの横に座り直した。
 彼もドラッケンは苦手のようだ。

 サイトは全員が着席するのを見届けてから、自分の席−チャーリーの向かい−に座った。
 軽く息をついて椅子に身体を預けたサイトを見ながら、チャーリーは心が寒くなるような気分を味わっていた。

 あのサイトが愛想笑いをするなんて───。

 それも、パッと見てすぐにそれとバレるような笑みじゃない、巧妙に押し隠された、本物と見間違うほどの笑顔。
 頭の中に思ったことは何でもすぐにカオに出る、自分の本心に背くことなど考えることも出来ないような生真面目で一本気な彼が見せた、『出来すぎている微笑』…。

 チャーリーの背中をぞくッとするほどに冷たいものが滑り落ちた。
 今まで仲間内で一番世間知らずだと思っていたサイトが、とびきりのスマイルの裏にほぼ完璧に隠してしまった憎悪と嫌悪の念を感じとってしまったから…。
 それはあまりにもすさまじく、どす黒い感情だった。
 あのサイト・クレイバーがこれほどまでに他人を憎んでいる…しかも、相手が邪竜人間族の皇子として生まれた、ただそれだけの理由で。

 アシェスもサイトと同じく芝居をしているのに相違ない。
 …彼の方がもっとつらい立場で演じているハズだ。
 あんなことが起こらなければ、こんな場所には来なかったものを!
 心中で絶叫しているに違いないアシェスが、平然とサイトと握手を交わしたのはまさに奇跡と呼んでもいいぐらいの出来事だ。
 サイトがアシェスに微笑んでみせたのと同じくらいに…。

 自分なら、死んでいただろうな。
 突然他種族の魔道士に自分の種族を乗っ取られて、生き延びるためには自分が最も憎んでいる相手に頼るしかない、となったら…。

 しかし、アシェスは自害することは出来なかった、どんな屈辱に打ちのめされようと、自分達の−自分自身の胸に眠る『誇り』のために。

 …バカな!
 自分なら、死んでいた…?
 私は何を、都合のいいコトを…!
 それじゃあ、今ここで生きてる私は何なんだ───?

「…どうかしたのかね、チャーリー」

 チャーリーはハッと顔を上げた。
 サースルーンがこっちを見ている。
 ゴールドウィンも視線だけを同じ方向にやっている。

「…別に、何でもないです」

 早口で素っ気なく答える。

「そうか。…それでは、アシェス皇子。詳しい話をお聞かせ願おうか───と言っても」
「さっきリンド・エティフリックが全部言ってしまったようなものだが」

 ゴールドウィンがサースルーンの言葉を補足する。
 リンドは目をぱちくりさせて口を押さえた。

「エルスロンム城に来たのは、ガールディーだけ?」

 チャーリーがアシェスを見る。
 隣で真っ青になっているコランドのことはあえて無視する。
 体調が急に悪化したせいなどではなく、サイトとアシェスの対立・憎み合いぶりを目の当たりにして脅えてしまっているだけなのに違いないのだから。

「…いや。城に来たのは二人だ。黒髪を背中の中央まで伸ばした男と、同じ長さの白い髪の男。どちらも魔道士のようだった」

「白い髪の魔道士…?」

 チャーリーが訝しげに復唱する。
 同時に、聖域の洞窟の島で過ごした日々に出会った人物を可能な限り思い出してみるが、そんなヒトはいなかった。
 もとより、白い髪の人間など世界中にも数えるぐらいしかいないハズなのだ。

「白い髪ゆうても、年寄りとは違うんでっしゃろ?」

 ゴールドウィンに言われたことを実践しているわけでもないのだろうが、コランドが口を挟む。

「違う。年は黒い髪の男より二、三才は下のように見えた。外見から判断すると、だが」

「魔道士ガールディーを操る影の黒幕というのが、どうやらそいつらしいな」

「そいつがガールディーをそそのかし、『闇』を取り憑かせ、エルスロンム城を乗っ取ることを提案した…ッてことかな」

「魔道士ガールディーに好意的な考え方をした場合だがな。自信の意志で『闇』を憑かせた魔道士ガールディーが有能な片腕としてそいつを連れ歩いているだけかもしれない」

「どっちにしてもその魔道士は私達の敵ってワケだ。…んで、そいつの名前が何か、わからないの?」

「オレは何も聞かなかった…お前達はどうだ?」

 アシェスはラーカに視線を向ける。

「そう言や…アルと話したときに、アイツが『白い髪の方』っつーのを耳にしたような…まぁ、具体的な名前はアイツらも知らないんだろうな、結局」

「アルッて誰のこと?」

「アル・レリプ。エルスロンム城にいた頃のオレの友人の一人なんだが、今はガールディーの手下になってるみたいだな」

「城内には他に誰かいた?」

「あとは、アンデッド兵士と、ジュナ・ミルール…それから、ウィプリズが戻って来たとか、アルが言ってた」

「そのアル・レリプは他に何を言ってた?」

 チャーリーはいつしかテーブルの上に肘をつき身を乗り出すようにして、ラーカの言葉を一言も聞き漏らすまいと耳を傾けていた。

「えっと、皇子の処刑の件と───あっ、それから聖域の洞窟の島がどうとか」
「それについては、何て?」
「え〜っと…確か、『万事うまくいった』って言ってたぜ」
「万事うまくいった…? …それは、確かにそう言ったんだね?」
「ああ。ちょっと前のことだからな、間違いない」

 うまくいった…一体何がうまくいったと言うんだろう。
 地図を奪うことは出来なかったし、クローン・アンデッド兵士達もサイトのブレスで一網打尽にされた。
 私達があの島にいる間にバルデシオン城に何か仕掛けてくるようなこともなかったし…どうもわからない。

「他には?」
「いや、その他には特に」
「そう…」

 体を起こすと、腕を組んで背もたれに寄りかかる。
 天井を見上げる───黒髪がマントの上を滑り落ちる。

「ひょっとするとニセの地図をつかまされたのではないか?」

 ゴールドウィンが思いついたように言う。
 それを聞いて、

「そうとは思えまへんな…海辺の洞窟、バルデシオン城、どっちにもちゃんと宝石はありましたやん。それに、あの地図の細工。アレは王家の洞窟で騒ぎが持ち上がる前にされとったモンなんは確実ですし、盗賊の洞窟にかてちゃんと…」

 得意げにそこまで喋ったコランド、自分で自分の失言にハッと気づいて慌てて片手で口を塞ぐ。
 それから、恐る恐る隣に座ったチャーリーの方に視線を動かす…椅子にもたれたまま冷ややか〜に自分を見ていたチャーリーとマトモに目が合う。

「…盗賊の洞窟が何だって?」
「いやっ…そ、そこにキャッツ・アイがあったりするなんちゅーハナシを、ちょおっと小耳に挟んだコトがあるもんですから」
「へえ、キャッツ・アイね。盗賊の洞窟になら他にもたくさん宝石があるでしょーに、どーしてキャッツ・アイなワケ?」
「そッ、それは〜…」

 答えに窮するコランド。
 口のうまさと手の器用さだけで生計を立ててきたような彼でも、チャーリー・ファインが冷たく睨んでいる前ではすらすらと口から出任せが出て来ない。
 言葉を失っているコランドに追い討ちをかけるようにチャーリーは言う。

「盗賊の洞窟の最下層にキャッツ・アイを置いたのはアンタね」
「は…はあ…それは…」
「そのキャッツ・アイに特殊な力が宿っているようだったから、他の盗賊に手を出されないように」
「…おっしゃる通りで」

 なんでそこまでわかるんやろ?
 チャーリーの言葉に大人しくうなずきを返しながら、コランドは内心で首を傾げていた。
 師匠のガールディーは予言を得意としていたらしい。
 弟子であるチャーリーは読心術でも会得しているのだろうか。
 まさかそんなハズはないと思うんやけど…。

 チャーリーは短く息をつくと体を起こして椅子に腰かけ直した。
 思わずビクッとなったコランドには構わず、アシェスを真正面から見据える。

「アシェス、君がここまで来たのは、生き延びてガールディーと戦う意志があるからだね?」

 毅然とした声で問う。
 いや、問いかけというよりは、むしろ確認の色合いの濃い口調だ。
 アシェスは迷いなくうなずいた。
 焦茶色の瞳は揺るぎなく強い光をたたえてチャーリーを見つめ返す。

「よし。それじゃあ、君は今から私達の仲間だ。いや、ラーカ達も、だから君達も…かな。どう、それで異存はないね?」

 少しの沈黙の後に、アシェスは無言で首を縦に振った。
 それを見てから、ラーカ達も同意を示す。
 チャーリーは満足げにうなずいた。

「よしよし、それじゃ話は早い。…いい、ガールディーに憑いた『闇』を払う力をもつという八つの伝説の宝石を、今私達は探している。すでに二つを手に入れて、残り六つのありかを記した地図もこっちの手元にある。君達には明日からその宝石探しを手伝ってもらいたい」

 一息に吐き出された言葉に、アシェスは従順に再度首を縦に振る。
 とりあえずチャーリーの指示に従うつもりになったらしい。

「じゃっ、そーゆーコトだね。いやぁ、良かった。竜になれるのがサイトとノルラッティだけじゃ少ないなぁと思ってたんだ。ドラッケンが四人も入ってくれたら、これから先がグッとラクになる」

「ドラゴンになれるメンバーが必要でしたら、城の兵士の中から何人でも…!」

 衝動的に言いかけて…、サイトは慌てて口を閉ざした。
 それ以上は何も言わずに無表情を装ってうつむく。

「メール・シードは見つかったかな?」

 何気ない口調でゴールドウィンが呟く。
 チャーリーはふとドアの方に視線を向けた。
 特に意味はないのだが思わず出た行動だ。

「気になりますか」

 サースルーンの問いに、ゴールドウィンは静かに首を左右に振った。

「まだ見つかっていないとしたら、ヴァシル・レドアはともかくノルラッティ・ロードリングが気の毒だと思いましてね」
「確かに」

「さてっ、それでは話も済んだことだし」

 ゴールドウィンは急に明るい声を出すと、どこから取り出したのか以前遊んでいたトランプの箱をぽんっと机の上に放り投げた。

「親睦の意味もこめてトランプででも遊ぼうじゃないか。何をする? 神経衰弱はさっきやってしまったからな」

「…あの、国王陛下」
「何だ? 魔道士チャーリー」
「ここには九人もいるんですから、何をするにしたってカードの枚数がちょっと少ないような気がするんですけどッ?」

 言いざま、トランプの箱を手に取る。
 んなコトする気になれるワケないでしょ、と無言で訴えたつもりなのだが、

「案ずるな、トランプならあと二セット同じ物を持っている」

 ものの見事に無視された。
 ゴールドウィンはどこに隠し持っていたのかさらに二つの箱を右と左の両手でテーブルの上へ投げた。
 チャーリーの手からぼとっとトランプが落ちる。
 …ここまでされては逆らいようがない。
 それに、どうせ夕食時ででもないと全員揃うことはないだろうから、今後の話を今しても二度手間になるだけだし…。

「じゃあ、ページュ・ワンをやりましょう。レートは一勝負五ディナールで」
「賭けはナシだ。それじゃ、カードをシャッフルして…」

 ばらばらとカードをテーブルの上へあけてから、ゴールドウィンはふと気づいたようにアシェス達の方を見た。
 彼らは突然のことにぼーぜんとなったように固まってしまっている。

「おお、アシェス皇子、そんな端の方にいられてはカードを取るときに不便ですよ。皆もこっちに詰めて来た方がいい」
「───いや、私はここで…」

 面食らったように首を振りかけたアシェスを、

「いつまでもそこに座っているワケにはいかないでしょう。打ち解けるのは出来るだけ早い方がいい」

 穏やかな、それでも断固とした声で促す。

「………」

「それに、仲間になるということはこういったことを一緒にする間柄になるということではないでしょうかね」

「…ああ、そうなのかもしれない」

 低い声で答え、アシェスは椅子から立ち上がった。

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