第10章−13
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かくしてドラッケン四人を交えたカード遊びは、いつになく勝負に熱心なチャーリーと、それにうまく調子を合わせたゴールドウィンとを中心に無駄に盛り上がり、太陽もすっかり落ちてそろそろ夕食の時間だろうと他の皆が集まって来る頃になってもまだ終わる気配もなく続けられているという、ワケのわからない事態になってしまっていた。
「はい、8! クラブに変える!」
とチャーリーが勢いよく場にカードを叩きつければ、
「クラブだな? よし、それなら2がある」
ゴールドウィンが落ち着き払った態度で次の札を出す。
「ふむ…いや、悪いなサイト、私も2を持っているからな」
さっきの札の上にダイヤの2をサースルーンが重ねると、
「いえ…私も2があるんです」
サイトもその上にスペードの2を出した。
ページュ・ワンには、前の番の人に2を出されたら次の人は山から二枚カードを取らなければならないというルールがある。
ただし、手持ちの札の中に2があった場合、それを場に出せばその人は二枚取りを回避出来、その次の人が四枚取らなければならないことになる。
が、これもその人が2を持っていれば避けられるのであり…つまり、誰かが2を出せない状況に陥らない限り取らなければならない枚数はどんどん増えていくのである。
「スイマセンね、リンドさん」
「ううん…あのね、リンドも2、持ってるの」
隣に座っているアシェスを上目遣いに見やりながら、そっとハートの2を場に積む。
『ページュ・ワン(あと一枚)』を五回も宣言しておきながら何だかんだで未だにあがれない彼にこれ以上の打撃を与えるのは忍びなかったが、リンドだって六枚も取らされるのはイヤだった。
「奇遇だな、オレも同じカードを持っている」
アシェスもハートの2を出した。
トランプを三セットも使ってやっているのでこういうことが起こってしまうのである。
「こりゃあスゴイことになってきたな」
思いっきり他人事の口調で言いながら、ラーカもまた2を出す。
「ページュ・ワン」
ラーカの斜め前、アシェスの正面に座っているカディスがテーブルの上に無造作にトランプを放り出す。
ダイヤの2。
それを見て、コランドはしばらくの間手札と場とを交互に見て悩んでいたが、やがて決意したように、
「えらいすんまへんな、チャーリーはん。ワイかて負けるのはやっぱ気が進まんので…」
ポンと三枚目のダイヤの2を放り出した。
「なッ…なんで2だけで一巡するワケ?! …まっ、いいけど」
チャーリーがクラブの2を出すと、ゴールドウィンは思わず椅子を鳴らして腰を浮かしかけた。
驚きの表情を灰色の瞳いっぱいに浮かべて、
「魔道士チャーリー、2を二枚持っていたのか!
…いや、実は私もそうなんだ」
サースルーンは思わず手札を取り落とした。
「王様、持ってないんですねッ?」
チャーリーがここぞとばかりに指摘すると、サースルーンは苦笑しつつ負けを認めた。
「えーと、何枚になるのかな?」
「二十枚ですわ、二十枚」
「いや、まさかここまで回って来るとは思わんかったな」
「トランプ三組も使ってるんだもん。メチャクチャだよ」
チャーリーとコランドが喜々として山から抜いたカードを受け取ったサースルーンに、リンドが屈託のない笑顔を向ける。
「じゃあ次、サイトから…」
「あの〜…」
不意に割り込んで来た声に、一同ビックリして注目する。
サースルーンの背後にいつの間に入って来たのかセレイスが立っている。
…騎士の鎧を外して、料理人のような服装をしていた。
「お楽しみ中のところ大変申し訳ないのですが、そろそろ夕食の準備にかからせてもらいたいのですが…でないと」
セレイスは片手で廊下に続くドアの方を示した。
彼が入って来たのはそのドアとは正反対にある扉からだ。
「そこにいらっしゃる方が何をしでかすかわかりませんので」
半分開いたドアの向こうからヴァシルが恨めしげな目つきで室内を睨んでいた。
相当機嫌が悪そうだ。いつからそうしていたのかは今の今まで誰も彼のことに気づかなかったからわからないが、少なくとも二、三分前からなんてなものではないらしい。
「そうだな、そろそろやめるとするか。続きは食事が済んでから、今度はトランプを六組使って皆でしよう」
「楽しいような決して楽しくないような提案ですね」
言いつつ、チャーリーとゴールドウィンの手によってトランプは手早くまとめられ、とりあえず三分割されて箱に詰められる。
「椅子が足りんな…いや、それ以前にこのテーブルでは狭すぎるか」
サースルーンの呟きを聞きつけて、
「陛下、ご心配なく。これと同じ大きさのテーブルをもう一つ横に並べますし、椅子も人数分ちゃんと数えて用意してあります」
「なるほど、手回しがいいな。…ところでセレイス、今日はシェフの格好などして、誰とのジャンケンに負けたんだ?」
サースルーンが朗らかに言葉をかけると、セレイスは何故か急にマジメな表情になってサースルーンの顔をまじまじと見返した。
「…陛下、ご存知なかったんですか?」
「何をだね?」
「私はもともと料理人としてこの城に仕えさせていただいているんですけど…」
「…そうだったかな」
「………」
そんな不毛な会話が交わされているすぐそばで食堂のセッティングは着々と進められ、城内に散っていた者も三々五々集まって来た。
ただ、テーブルがすっかり整い純白のテーブルクロスがかけられた後になってもなお、メール・シードだけは姿を現さない。
「どうしましょう…やはり、もう一度捜しに行った方が」
落ち着かなげにドアの方を見やっているノルラッティの肩に、イブがぽんと片手を乗せた。
「気にしすぎですよ、ノルラッティさん。メールのことなら放っておけばいいんです。食堂の位置は知ってるんだから、お腹が空いたら勝手に来ますって」
「ですけど…」
ノルラッティが何事かイブに反論しようとしたとき、抜群のタイミングでノックも無しにドアが開いた。
メール・シードが平然とした顔で食堂に入って来る。
「まだ夕食は始まっていないようですね。遅れなくてよかった」
「メールさん…! い、今までどこにいらっしゃったんですか?!
捜したんですよ!」
珍しく声を荒らげて詰め寄るノルラッティから軽く身をかわして、メールはすっと自分の髪の毛に手をやった。
「どこにって、客間で休ませてもらってたんですよ。…ちょっと寝癖がついてしまったようですね、お恥ずかしい限りです」
愛想の良い声で言いながら、クセなどまったくついていないようにしか見えないさらさらとした黒髪を撫でている。
ノルラッティは釈然としないものを感じながらもそれ以上の追及はあえてしないことにした。
メールの顔はどう好意的に見ても寝起きのようには見えないし−ついさっきまで昼寝していたというラルファグと比べてみれば一目瞭然だ−メールが使うハズだった客間に人が立ち入った形跡がないことも、ノルラッティは知っていた。
他のどの客間にも、そんな痕跡がなかったことはきちんと自分の目で確かめてあった。
何故賢者の彼女がそういう見え透いたウソをつくのかはわからなかったが、問い詰めてみたところでまともな返答は望めないに決まっている。
「おっ、メール・シード!」
テーブルの上に突っ伏してしまっていたヴァシルが気づいて顔を上げる。
メールも自分の名を呼ばれたのでそちらに視線をやった。
「お前に聞きたいコトが…あ…いいや、メシのあとで…」
再びがくんとテーブルに額をつけてしまう。
「大丈夫でござるか、ヴァシル…」
「消化効率が常人の倍優れているんだろーね、この男は…」
「皆さん、席に着いて下さーい。お食事の時間ですよー」
軽〜い声で食堂内の全員に呼びかけたのは、お茶の時間に引き続き給仕の仕事をやっているらしいディアーナだ。
昼間よりはフリルが大人しめの真っ白なエプロンに、今度は藍色のワンピースを着ている。
お団子に結った髪形だけはそのままだ。
「…と言っても、皆さんは座るトコでもめちゃうんですよね。ご案内します、ハイ、チャーリー・ファインさんはこちらへどーぞ」
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