第10章−14
         10 11 12 13 14 15
(14)

 ディアーナのてきぱきとした指示に従い、皆は滞りなくそれぞれの椅子に落ち着いた。
 短い方の辺に二人、長い方の辺に四人が腰掛けられる長方形のテーブルを二つくっつけたワケだから、一辺に四人が座れる正方形のテーブルが出来上がったことになる。席順は、部屋の奥の方にある辺の、食堂の入り口から向かって左手側から、アシェス、ゴールドウィン、サースルーン、サイト、右手側の一辺には奥から手前にかけて順にラーカ、カディス、リンド、マーナ、廊下に通じる扉に近い方の辺には左からコランド、ラルファグ、メール、イブ、左手側の一辺には奥から順番にチャーリー、ヴァシル、トーザ、ノルラッティが掛けていることになる。

 料理が運ばれて来る前に、サースルーンはアシェス達四人のことを皆に紹介し、彼らの事情を一通り説明した。

 しかるのちに、いよいよ楽しいディナータイムということになる。

 ディアーナ達の手によって瞬く間に豪華な料理の数々がテーブルからこぼれ落ちそうなくらいに並べられた。
 大皿に盛られた量の多い料理が主体で、欲しいものは各人で小皿によそって食べる形式になっている。
 前菜も主菜もデザートも全部一緒くたに、テーブルクロスが見えないほどにひしめいているさまは壮観としか言いようがない。
 食事時を話し合いの時間にあてるということがいつの間にかちゃんと伝わっていたらしく、給仕の者が出たり入ったりして気を散らせることのないように、そうしたのだろう。

 見るからに美味そうな料理をどっさりと目の前にして、ぐったりとなっていたヴァシルの顔がにわかに輝き出した。
 今にも一人で勝手に食べ出してしまいかねない彼の両手を、チャーリーとトーザが左右からしっかり押さえている。

「チャーリー、明日からのことは…今話すかね?」
「そ、そうですね、これ以上押さえてたらヴァシルが暴れるかもしれないから…先に食事にしましょう。今日は急いでも急がなくてもどっちでも変わりませんよ」
「それじゃッ、食っていいんだなッ?」

 言いざま、ヴァシルはいともあっさりとチャーリーとトーザの手を振りほどき、すぐ目の前の大皿から手をつけた。
 小皿に取り分けるなどという概念は彼にはない。
 それを見てチャーリーとトーザは慌てて自分のぶんの料理を確保にかかる。
 出遅れたアシェスがぽかんと見ている間に、その大皿はキレイに空っぽになってしまった。

「…?!」

 思わず目を丸くしてヴァシルとその皿とを見比べてしまうアシェス。

「ほら、ボサッとしてたらこの辺のはみんなヴァシルに食べられちゃうよ!」

 チャーリーがアシェスに忠告する。

 そんなことを言われてやっと、アシェスは自分が猛烈に空腹なコトを思い出した。
 地下牢に入れられてからの数日間、動かないでいたものの飲まず食わずで通して、ついさっきまではトランプに熱中して無意味に騒いだりしていた。
 普通ならいつ倒れてしまってもおかしくないのに、様々なことで気が張っていて自分のそういう状態に気づけないでいた…。

 そう意識するや否や。
 アシェスはやにわに空になった大皿の一つ向こうにある、かなりの重量があるに違いない皿を片手で軽々と持ち上げ、その料理をかき込むようにしてあッという間にすっかり平らげてしまった。

 皇子らしからぬその行動を目の当たりにして、ヴァシルとゴールドウィンを除く他のメンバーは絶句…料理を口に運ぶ手も知らず止まって、アシェスに注目してしまっている。

 当の本人はそんな風に視線を集めてしまっていることになどまるで気づかぬ様子で、早速二枚目の大皿を手に取った。
 その隣ではゴールドウィンが黙々とナイフとフォークを動かしている。
 食べることに夢中になっていて、周囲のことには構っていられないようだ。
 ヴァシルも同様。
 そんな三人に囲まれたチャーリーの前からは、たちまちのうちに美味しそうな料理は消え失せてしまった。
 それを見て、呆然としていた皆も急いで手を動かし始める。自分の目の前にある料理だって、いつ丸ごと食べられてしまうか知れたモノじゃない…そういう気持ちが彼らをつき動かしていた。
 チャーリーは早々に自分の椅子をマーナとイブの間にある角に移動させ、落ち着いて食事の出来る環境を手に入れていた。

「ったく、ヴァシルが二人いるようなモンじゃない、あれじゃあ」

 さっきまで自分が座っていた席の方を見ながら、一人ごちる。
 離れて見ると、同じ勢いで料理を詰め込んでいる二人の間にも歴然とした違いがあるのがよくわかる。
 ヴァシルの方がまさに『食い散らかす』といった感じでテーブルの上に料理がこぼれたり口のまわりにソースがついたりするのも構わずまるで子供のように食らっているのに対して、アシェスの食べ方は粗暴でこそあったがどこかしら落ち着きがあり、こぼしたり汚したりということは一切なかった。
 音もほとんど立てない。
 料理を大皿ごとかっ込んでいることを除けば上品な食事作法が出来ているのは間違いない。

「…なんか、じわじわこっちに来てるよーな…」
 イブが引きつった笑いを浮かべる。
 確かに侵攻して来ている。
「王様、これじゃ全然足りないですよ!」
「わかっとるわかっとる、ちゃんと追加してやるから」

「…でも、アシェス皇子様の体のどこにあんなにたくさん食べ物が入るんだろー」
 マーナが呟く。
 身長一八〇センチ以上、格闘家らしいがっしりした体格のヴァシルなら胃袋が頑強なのもわかるが、サイトと同じくらいの背丈しかないうえに細身というよりは痩せているアシェスがあんなに食べるのはどうも解せない、という気持ちを暗に含めて。

「しかしまァ、見とるだけでこっちの腹まで一杯になるような食べっぷりですなァ」
 手を止めて感心した声を発したコランドの手元の皿から、ラルファグが素早く肉切れを掠め取って自分の口に入れた。
「あッ! そ、それはワイのですやん!」
「え? お前、腹一杯になったんだろ?」
「ワイがゆーたんは、腹が一杯になるような…あーもうッ、喋っとる間に食ってりゃよかったわ!」
 拗ねたように言って、残りの料理を急いで口に入れる。

 そんな二人を通り過ぎて、ノルラッティの視線はメール・シードに向けられていた。
 メールの取り皿には何も載せられていない。
 ナイフとフォークも手をつけられないままに置かれている。
 そしてメールは最初にコップの中の冷水を一口飲んだきり、料理に手を出そうとはしていなかった。
 まるっきり無関心な瞳でテーブルの上を眺めている。

「メールさん…」

 具合でも悪いんですか? そう問おうと呼びかけたノルラッティの声にメールが顔を向けるよりも先に、

「あーッ、やぁっと人心地ついたぜ! おい、メール・シード!」

 辺りをはばからぬヴァシルの大声が響く。

 メールは一瞬の戸惑いを見せたが、結局はヴァシルの方に視線を合わせた。
 ノルラッティは何も言わずにメールの様子を見つめ続けている。

 一人で大皿十杯近くの料理を片付けたところでようやく落ち着いたヴァシルは、満腹になるまで食事を続行する前にさっきから気になっていた問題を解決しておくべくメール・シードに向き直った。
 手の甲で口のまわりをぐいっと拭ってから切り出す。

「お前、ドラゴンスレイヤーの研究をしてたんだってな?」

 その言葉に、何となく全員の手の動きが鈍った。
 完全に止めてしまった者はいないが、食べるスピードは多少落ちて、メールの答えを耳を傾けて待っている様子だ。

「ええ。ご存知でしたか」

 メールは上着のポケットに両手を突っ込んだまま背筋を延ばした姿勢で短く答える。

「ああ、ちょっと聞いたんだ。…んで、ドラゴンスレイヤーのありかってのは知ってるのか?」

 チャーリーはフォークとナイフを持つ手をぴたりと止めてメールの返答を待った。
 常識で考えるなら、バイアス湖岸の洞窟の中、と答えるはず。
 対ドラゴン用の武器や防具というのは、善竜人間族と邪竜人間族の最後の大戦のあとに一括されてそこに運び込まれ、エルフによって厳重に封印されたのだ。
 もちろん、一般にはこういうことも知られていない。
 普通の人間なら、伝説のドラゴンスレイヤーは流れる時間の中で失われてしまったのだと伝える噂しか知らない。
 チャーリーだって、湖の洞窟にあるということはガールディーに教わったからこそ知っているのである。

 はたしてメール・シードが何と答えるのか…。

前にもどる   『the Legend』トップ   次へすすむ

Copyright © 2001 Kuon Ryu All Rights Reserved.