第10章−1
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《第十章》
(1)

 邪竜人間族の本拠地、エルスロンム城。
 魔界の霧が厚くその周囲を取り巻くゲゼルク大陸にある唯一の都市、エルスロンム城下街を堅固な城壁に内包し、他種族の来訪を避けてでもいるかのように閉じられてきた城である。

 三階建ての重厚かつ壮麗な造りのその建築物の二階部分、城下街を見下ろす窓に面した石造りの広い廊下に、ガールディー・マクガイルがいた。

 特に何かをしている様子も考えている様子もなく、元世界一の大魔道士は大きな窓の外に広がる景色をぼんやりと眺めていた。

 魔界の霧のせいで陰気に曇った灰色の空。
 時折冷たく吹き抜ける風。
 空をゆく鳥の姿もなければ、城下街の賑わいが伝わって来ることもない。
 恐ろしいほど静まり返った風景を、寝て起きたばかりのようなとろんとした−焦点の定まっていない目で見つめている。

 そんな彼の様子はどこか途方に暮れているようにも見えた。
 これから何をしたらいいのか…何をすればよいのかわからず、戸惑って立ち尽くしているように。

 廊下の角から一人の邪竜人間族が出て来る。
 燃え立つ炎のような赤い瞳がボケーッと突っ立っているガールディーの姿をとらえる。
 髪の色は赤ではなく、輝きがこぼれるような白銀だったが彼は間違いなく純血のドラッケンである−脱色したうえに染めているのだ。
 鈍く光る銀色の鎧に身を固め、青い鞘の両手剣を腰に提げた彼は、颯爽とした足どりで窓辺に佇んでいるガールディーの方へ歩み寄って行った。

「ガールディー様」

 適度に距離を置いた所で足を止め、背筋を伸ばして声をかける。
 と、ガールディーは何故か異様にビックリした様子で彼の方に体ごと向き直り身を引いた。

「ア…アル!」

 自分のすぐそばに立っている人物の顔を見て、ガールディーは静寂に包まれた外の様子とは対照的なほどの大声をあげた。

「…どうか、なさいましたか?」

 その邪竜人間族−アル・レリプ−は、かなり面食らった様子で、それでもまじまじとガールディーの顔を見つめ返してきた。

 ガールディーはハッと口を閉ざすと、わざとらしく二、三度咳払いして、今度は落ち着いてアルの方を見た。

「いや何でもない。…ところで、何か用か」

「はい。つい先程、ウィプリズが戻りました」

「ウィプリズ?」

 ガールディーが眉を寄せて反復するのを見て、アルは怪訝そうに表情を曇らせた。

「…聖域の洞窟の島から───」

「あ! ああ、そうか、聖域の洞窟の…そうだったな。で、どうだった?」

「万事うまく運んだ模様です。バハムートの皇子のホーリーブレスでレフィデッドまでやられてしまったのは少し計算外でしたが…」

「! レフィデッドが?!」

 ガールディーは目を見張って身を乗り出しかけ−慌てて威儀を正す。

「よもやあの皇子にホーリーブレスが扱えるとは予想していませんでした」

 アルが冷静な声で付け足すと、ガールディーは気を取り直したように曖昧なうなずきを返した。

「ま、まあ、あまり相手を甘く見ない方がいいということだな」

「以後注意します。───それから」
「何だ?」
「皇子の処遇はいかがしましょう」
「皇子の…処遇?」

「はい。あの『白い髪の方』の催眠術が効かないので、地下牢に監禁してあるアシェス皇子の───」

「おお、そうだッ!」

 アルの言葉の途中で、不意にガールディーが大声を張り上げた。
 銀髪のドラッケンがきょとんとした瞳で彼の方を見る。

「話の途中で悪いが、どうしても外せない大事な用があったのを忘れていた。急ぎの用事なんだ、それじゃあな!」

 軽く片手を挙げてサッと爽やかに振って見せてから、ガールディーは黒髪をふわりと翻し、ひどく慌てた様子でアルがやって来たのとは反対の方向に廊下を駆けて行ってしまった。
 引き止めるヒマもない。

 取り残されたアル・レリプはただただポカンとなってガールディー・マクガイルの走り去った方角を見つめていた───。

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