第10章−8
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(8)

 騎士の詰め所を出て、玄関ホールに来たヴァシルは、礼拝堂に続く廊下の前で困ったような表情で周囲を見回しているノルラッティに出くわした。

「何してんだ、こんなトコで?」

 ヴァシルが気安く言葉をかけると、ノルラッティはハッとしたように彼の方を向いた。

「ああ、ヴァシルさん…」

「アンタがここにいるってコトは、食堂での話は終わったんだな?」
「ええ、一応…」
「ちょうど良かった、あのセージはまだ食堂にいるのか?」
「メールさんのことですよね」
「他に誰かいるか?」

 ヴァシルが一種の無邪気さをもって即座に問い返すと、ノルラッティは少しばかり決まりの悪そうなカオになってためらった後で、

「その…クローンの説明が終わった後で、メールさんが少し休みたいと言われたんです」

 と切り出した。

「それで?」
「それで、私が客間の方へご案内しようとして、一緒に食堂を出たんです。それは確かなんです」

 何故か両手を肩の高さで握り締めて力説するノルラッティ。

「で、どーしたんだ?」

「…食堂を出て二分ほど歩いたところでふと振り向いたら、メールさんがどこにもいなかったんです…」

「………」

 二人の間にしばし何とも言いようのない沈黙が流れた。
 ヴァシルはノルラッティに返す言葉を見つけられず黙り込むしかなかったのであり、ノルラッティはそれ以上ヴァシルに言うべき事柄を持ち合わせていなかった。
 だもんで、少しの間玄関ホールでまったく無意味に見つめ合ってしまう二人。

「───よく捜したか?」

 ヴァシルがようやくそう尋ねたのに、ノルラッティは大きくうなずいた。

「もちろんです。それまで通って来た廊下に面したドアは全部開けて確かめましたし、食堂にも戻って見たんです。でも」
「いなかった?」
「そうなんです」

「………」

 二人はまた沈黙を間に挟んで見つめ合った。

 …意味がない。
 メール・シードがこのバルデシオン城内でノルラッティ・ロードリングをまいて謎の消失ミステリーを引き起こすことにどんな必然性があるというのだろう。
 そんなものはどこにもないじゃないか。

 いや、もしかするとメールには城内で単独行動をとらなければならない正当かつ立派な理由があったのかもしれない。
 しかしその理由がたとえどんなものであれ、ノルラッティのすぐ目の前で消え失せなければならなかった事情を説明することは出来まい。

 メール・シードが秘密裏に行動したかったのだとしても、いや、そうだとしたらなおのこと、ノルラッティに大人しくついて行って客間で一人になってから改めて部屋から抜け出すという方法をとるのではないか。
 何も監視のつく立場にいたわけではないのだから、そうする方が自然と言えるし、突然消え去るというのはいかにも不自然で怪しい。

 怪しいのだけれど…。

「…とにかく、王さんには知らせてあるんだろ、セージがいなくなったって」
「はい」
「何て言ってた?」
「『まぁそのうち出て来るだろうから放っておいても構わんのじゃないか』とおっしゃられましたが…」
「そーだよな、あのヒトならその程度の反応だろうな…」
「あと、その前に廊下でチャーリーさんとすれ違ったので一応報告したんですけど…」
「『興味ない』」
「…よくわかりますね」
「アイツは結構単純なんだよ。…しかし、参ったなァ…セージに聞きたいことがあったんだがな」

 ヴァシルは頭の後ろに手を回してうなじの辺りを揉むような仕草をした。
 そのまま二階に続く階段の方を見上げたりする。

「とにかく私、礼拝堂の方も捜しに行って来ますので」
「え? ああ、それじゃ頑張れよ」
「失礼します」

 どうやらノルラッティはメールが姿を消したことに対して自分一人で何らかの責任を感じて、またそれを負っているらしい。

 その細い背中には似合わぬ決然とした意志を漲らせながら廊下を去って行くノルラッティを見送りながら、ヴァシルはぼんやりとそんなことを考えた。

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