第15章−1
《第十五章》
(1)
世界の最北東端、白く凍てついた極寒の海のただ中に浮かぶ小さな島。
吹雪の白さに一年を通して覆われるこの島にも、数は少ないながらも日々の暮らしを営む人々が住まっている。
小島のほぼ中央に、住人達が作った小さな村の名は、オフォック。
農業はもちろん狩りも漁も出来ない最果ての地で、人々は水の四大ウンディーネの力を与えられた氷水晶を細工し、類い稀なる美しさを誇るその工芸品を王都やバルデシオン城下町などで売りに出し、そこから得られるわずかな収入でつましい生活を支えていた。
そんな村の他となると、この島には『氷の洞窟』しかない。
真に世界の北端にある凍りついた迷宮。
床にも壁にも厚く氷が張り、洞窟内だけにしか生息しない特殊なモンスターも巣食っているといわれる。
そして、その最深部には偉大なる四大の一人、水の精霊がいるという。
剣士トーザ・ノヴァ、僧侶ノルラッティ・ロードリング、死体操者ラーカ・エティフリック、幻術士リンド・エティフリック、四人の目的地は、この氷の洞窟だった。
ウンディーネから捜し求める宝石の一つを貰い受けるために、彼らは今見渡す限りの雪原の中に立ち尽くしていた。
空は雲一つなく澄み渡り、そろそろ夕方も近いはずだが、頭上の太陽はまだ十分昼の輝きを大地に注いでいる。
風はぴたりと止まっていて、想像していたほど寒くはない。
「…で、村はどこなんだ?」
焦茶色の革に黒い毛皮の襟がついたコートにすっぽりと身を包んだラーカが、彼よりも全体的に少し薄い色のコートを着込んで毛皮の帽子を被ったトーザを見下ろす。
「トーザさん、やっぱりもう少し飛んだ方が…」
純白の毛皮のローブ姿のノルラッティが控え目に切り出す。
「いや、オフォック村にはバハムートもドラッケンもあまり出入りしていないハズでござるから、竜の姿で近づき過ぎると余計な警戒心を抱かれかねんでござる。…少しばかり遠いようでござるが…歩いて行くでござるよ」
「歩いて?! マジかよ…この中をか?」
ラーカがひょいと片足を上げて下ろすと、新雪の中に膝まで埋まる。
ここを歩いて行くというのは、確かにかなり無理があるかもしれない。
「ねえ、ここって人が歩くような所じゃないんじゃない?」
他の三人が薄々気づきかけてはいながらも口に出すのをためらっていたことをリンドがさらりと言ってのけた。
「そのようですね…」
「竜の姿で降りやすい場所が道のワケないよな」
バルデシオン城を出てから、ラーカがドラゴンになってその背に三人を乗せ、ほぼ一昼夜を飛んでここまで運んで来た。
点在する針葉樹の森を避け、なるたけ広大な場所に着地したのはいいが、ラーカが人間の姿に戻るとこんな風に雪の原の真ん中に放り出されることになってしまった。
「まず道を探さねばならんでござるな…」
「私、少しまわりを見て来ます」
ノルラッティがふわりと雪の上から浮き上がった。
「お願いするでござる」
「皆さんはここで待っていて下さい」
金色の髪を揺らせてノルラッティが行ってしまうと、リンドが降り積もった雪の中に、ふかふかのシーツの上に飛び込むように身体を投げ出した。
「おいおい、リンド…」
「うわあ、やっぱり冷たいっ! でも気持ちいいッ!」
慌てたように起き上がりながら、リンドがはしゃいだ声をあげる。
「風邪でもひいたらどうするんだ」
片腕でリンドの髪から雪を払い落としてやるラーカ。
微笑ましい兄妹の様子を、トーザはにこにこと見守っている。
「これだけゆきがあったら、大っきなゆきだるまが作れるねっ?」
「ホントに作るのかぁ?」
いささか呆れ気味のラーカ。
そこへノルラッティが戻って来た。
「すぐそこに一本道があります。道の向こうに村らしき影もありました」
「かたじけない、ノルラッティ殿。では早速そこに向かうでござる」
「よし、リンド、肩車してやるからこっち来い」
「え〜っ? リンド、一人で歩けるよぉ」
「いいから。お前の短い足じゃ、絶対オレ達にはついて来れないって」
「足短くなんかないもん…」
不満顔のリンドを、ラーカは軽々と肩の上に担ぎ上げた。
「それじゃ、行こうぜ」
トーザとノルラッティを促し、ラーカが歩き始める。
ノルラッティが先に立ち、四人は雪原の中を歩き出した。
点々と残る足跡…しかしそれは、古いものから順番に自然に消えて行く。
雪が降っているわけでもないのに。
この島に降る雪は普通の雪ではない。
ウンディーネの力を帯びた特別な雪なのだ。
水の精霊は美しいものを好む。
だから、乱された雪の原はたちどころに修復される。
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