第15章−2
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建ち並ぶ小さな家屋の一つ一つの姿がはっきりと見分けられるぐらいの距離まで来たところで、トーザはふと足を止めた。
少し先を歩いていたノルラッティが気づいて振り向き、同じように立ち止まる。
「どうかなさいました?」
「いや…拙者、胸騒ぎがするんでござるよ」
すぐそこにあるオフォック村の方を見やりながら、トーザはポツリと言った。
「胸騒ぎって、どんな?」
兄の頭の上からリンドが問いかける。
「どんな、とハッキリと言えるワケではござらんが…」
目を細め、太陽の光に透かすような眼差しで、四方を完全に雪に囲まれた村落をしばし眺めてから、小さく首を横に振る。
「静かすぎる、とは思わんでござるか?」
「そうかぁ? けど、オレ達初めてここに来たんだからよ、そんなコトもねーんじゃねぇか? 普段からこんな風なんだろ、多分」
「…、そうでござるな、拙者が考え過ぎているだけでござろうな。こんな所で足止めしてしまって申し訳ござらん」
「それでは…、もう少しですから」
周囲に比べれば格段にその量は少ないのだが、トーザ達が今歩いている細い道にもしっかりと雪は積もっていた。
道に積もった雪は大地の色を覆い隠して、旅人を雪原に走る溝の中を進んでいるような気分にさせる。
深い雪に慣れた善竜人間族のノルラッティは普通の地面の上を歩いているのと何ら変わりのない様子ですいすいと先に行ってしまうが、積雪には不慣れな邪竜人間族のラーカはトーザと比べてもやや遅れ気味である。
自分の直感を考え過ぎとは思えぬまま、トーザはノルラッティに続いて村を取り巻く柵に作られた粗末な門をくぐり、村内に足を踏み入れた。
門の前は広場になっていて、中央あたりに井戸がある。
凍てついたこの地にあっても氷に閉ざされてしまうことは決してない、精霊の加護を受けた井戸だ。
これが川も湖も池さえもないこの島で人々の暮らしを支えていた。
広場を丸く囲むように建物が並んでいる。
どれも入り口を広場に向け、何軒かには雑貨屋や武器屋・防具屋等を示す看板が掛けられている。
しかし、そのドアはぴったりと閉じられていて営業している気配はない。
商店の向こう側に民家が並んでいる。…が、どの家屋もひっそりと静まり返り、通りをよぎる人影すらない。
「…誰も、いないんでしょうか…」
村を少し入った所で思わず立ち尽くしてしまっていたノルラッティが、戸惑ったようにトーザを振り返る。
「まさか、一人もいないということはないでござろうが…」
その場の雰囲気に呑まれてしまい、知らず知らずのうちに小声になる。
冷たく張り詰めた大気───どこまでも澄み通っていなければならないハズの、ウンディーネの地の空気…どこかが重たく淀んでしまっている。ここに満ちているのは…空虚と、そして悲しみの感情、だろうか?
何かがあったのか?
自分達がここに来る以前に、この村で何かが?
もしそうだとしたら、一体、何が…?
「おい…確かにこりゃあ、静か過ぎるな」
不意に響いた大声に、トーザとノルラッティはビックリして首をすくめた。
厚く大地を包んだ白い雪が周囲の音を吸収しているので、人間の声は普段よりも大きく聞こえる。
ラーカが呑気に左右を見回しながら村の中に入って来る。
肩車されたリンドも興味深そうに扉を閉ざした商店の方を見ている。
と。
ラーカとリンドの右手側、振り返っているトーザとノルラッティには左手側にある建物の間から、ぱっと小さな黒い影が飛び出して来た。
全員が反射的にそっちに顔を向ける。
瞬間、リンドの頭にぶつけられた雪玉が割れて、白い破片がぱっと飛び散った。
「?!」
リンドに雪の塊を投げつけたのは、特に目立つような外見的特徴もない、人間族の少年だった。
消えそうに薄い栗色の短い髪に、敵意を露骨に表している深い藍色の瞳、黒いジャケットに黒いブーツを履いて、真っすぐに立ってトーザ達の方を−正確には、ラーカとリンドの二人を−睨みつける。
「おいッ、このガキ───」
いきり立ったラーカが言いかけるより早く、
「ドラッケンなんてこの村に入って来るなッ!!!」
あたりの空気を震わすほどの大声で、少年は怒鳴った。
その気迫のものすごさに、ラーカも一瞬口をつぐんでしまったほどだ。
そのとき、少年の怒鳴り声に呼応するかのようなタイミングで、広場を囲む建物の内一軒のドアが勢いよく開き、一人の女性が半身を乗り出した。
「レイ! 何してるの!」
女性の言葉に弾かれて、少年は身を翻すとさっき出て来た建物の隙間に素早く姿を消した。
雪の上とは思えないほどの身のこなし。
オフォックの住人はやはり、住んでいるだけあって慣れているのだろう。
ラーカが身を屈めてリンドを下ろしてやる。
自分の足で立ったリンドの顔を、気遣わしげにノルラッティが覗き込む。
「大丈夫ですか、リンドさん…」
じっと俯いてしまったリンドの頬を優しく撫でる。
善竜人間族の生来の性質としてノルラッティもサイトほどではないにしろ邪竜人間族に良い感情は持っていないのだが、リンドのように外見が子供そのものだとなると、さすがに冷たくは出来ない。
無言でリンドの頭を撫でていたラーカがはっと手を引いた。
手袋の指先にほんの少し血がついている。
死体を操る術の一つとして血液に接する機会の多いラーカは、そういった事柄に関しては常人の想像を遥かに超えるくらい敏感だった。
ラーカが黙って差し出した手を見てから、ノルラッティは小さく呪文を唱えて、リンドのわずかな傷を癒してやった。
さっきの雪玉の中に小石でも入っていたのだろう。
ふと見ると、リンドがぽろぽろと涙をこぼしている。
必死に奥歯を噛み締めて泣き声は漏らすまいとしているが、とめどなく溢れ出る涙まで抑えつけることは出来なかったようだ。
「リンド殿…」
リンドが何故泣いているのか───雪玉の中の小石が痛かったからでも、いきなり雪玉をぶつけられてビックリしたからでも、ない。
少年が投げつけた言葉が彼女の心に深く突き刺さったのだ。
ドラッケン、なんて…。
ずっと昔からこんなモンだったんだと兄は言うが、彼女には納得出来ない。
どうして邪竜人間族だけが?
過去を知らないワケじゃない。
世界中を敵に回しての戦が何度も繰り返されていたコト、リンドはちゃんと知ってる。
…だけど。
でも…。
「おにいちゃん」
「…何だ、リンド」
「リンド、この赤い髪も瞳も大好きなのに」
「………」
「どうしてあんなコト言われなきゃなんないの?」
囁くように感情を吐き出したリンドを、ラーカは優しく片腕で抱き寄せた。
「どうも、申し訳ありません…!」
顔を上げると、さっき少年を叱りつけた女性がすぐそばまでやって来ていた。
少年と同じ色の髪に、藍というより黒い色をした瞳。
どこか顔立ちが似ている。
きっと姉弟なのだろう。
「本当に、何とお詫びを申し上げて良いのか…あの、とりあえず、表は冷えますから、もしよろしければ私の家へどうぞ。レイにもちゃんと謝らせますから…ごめんなさい、あなたを傷つけてしまったけど…でも、信じて、レイだって悪気があってしたことではないの」
「何か事情がおありなんですね?」
ノルラッティの言葉に、女性は短くうなずいた。
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