第15章−13
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 ウォズニーに案内され、トーザとラーカは世界の真北端にある氷の洞窟へとやって来た。

 黒々と雪原に口をあけたその入り口は洞窟と呼ぶにはいささか巨大過ぎる印象を受ける。

 見上げれば首が痛くなってしまうくらい、ラーカがたとえ竜の姿でここに来たとしても楽々入れてしまえるくらい、天井は高かった。

 氷柱が透明な牙のように頭上に垂れている。
 鋭い先端が陽光にきらめくが、滴の一つも落ちて来ない。
 それもそのはず、この氷柱はウンディーネが洞窟の入り口を装飾する為にわざとこしらえたものだった。

 横幅も相当ある入り口の両脇に立つ二体の氷像も水の四大の作だろう。
 向かって左に立つのが腰の下まで髪を伸ばした神秘的な美女の像、右に立っているのは驚異的なまでに繊細な紋様を彫り込まれた甲冑に身を包んだ騎士の像である。
 像の出来栄えは見事という他なく、生身の人間をそのまま氷漬けにしてもこうはならないだろうと思えるくらいの生命感と存在感に溢れていた。

 洞窟に一歩入った所に広がる円形のホールの片隅に、互いに身を寄せ合って警戒心に満ちた瞳でこちらを睨んでいる男女の姿があった。
 二人の周囲は薄紫色をした透ける魔法の壁で四角く仕切られている。

 あの壁に阻まれ逃げられない代わりに、あの壁のおかげで寒さに震えずに済んでいるようだ。
 状況からみて、あの二人がギンレイとレイドフォードの両親、ウェスティングハウス夫妻に違いない。

 三人が駆け寄ると、夫妻は身を強張らせて後退った。
 ラーカの髪と瞳を見て、また新手の仲間を連れて来たとでも思ったのだろうか。

「いやいや、すまんかったなぁ、お二人さん。もうここから出すよ。こちらのお二人が助けに来てくれたからな」

 愛想良く言って、ウォズニーは魔法の壁に手の平を当てた。
 光が消える。
 夫婦は訳が分からないというカオでウォズニーを見ている。
 ウォズニーはそんなことには構わぬ様子で、

「それにしても、テルルの奴はどこに行きよったんや? ここで見てろと言っといたのに…仕方のないガキやな。ま、アイツがおらんで助かった。───あんな、ウェスティングハウスさん。このヒトらに宝石のありか教えたってくれへんか?」

 全員がビックリして彼に注目する。

「オレはもういい。本来の持ち主が来たんやったら、もう任せる。テルルが戻って来んうちにさっさとここを出た方がええ。アイツは白髪の魔道士寄りの人間だから、オレとは立場も考え方も違う。アイツに見つかったらまたややこしいことになる」
「…仲間を裏切るってのか? 何かウラがあるんじゃねーだろうな」
「そう思われても仕方ないか。…せやけど、違う。テルルは仲間やない」
「……?」
「…オレはガールディー様の味方や。あの方の考えに従うんや。あの方は世界を破滅させたくなんかないと、本心では思ってる。だから八つの宝石が早く集まればいいと。オレはそれに従う。さあ、ボケッとしとらんと早よ。ウンディーネも待ち兼ねとるやろ」
「ウォズニー、お前…」
「───せやけど、オレがアンタらの敵であることに変わりはないで。最後に宣言しといたろ。…オレは、ヴァシル・レドアをこの手で必ず殺す!」
「!!」
「それがガールディー様のご意向や。アイツに恨みはないけど仕方ない。…じゃあ、オレはこれで。縁があったらまた会えるかもな」

 移動魔法の青白い閃光と共に、誰かが引き止める間もなくウォズニーは消えた。

 …ヴァシルを、殺す?
 それが、ガールディーの考えだ、と?

 違うでござるよ。
 ウォズニー殿は、ガールディーの真意を誤解してる…『闇』に操られているガールディーの言うことに、従おうとしてるんでござる。

 ガールディーがヴァシルを殺せなどと命じるワケがない。

 ヴァシルもトーザも、ガールディーには数えるほどにしか会ったことがなかった。
 一番最初が九年前の王都───次がチャーリーがシェリイン村に来て一月経った頃のこと───。


 ヴァシルは一週間ほど前、森の中で足に傷を負った茶色いうさぎを見つけた。

 弱った動物を見捨てるワケにもいかず、かと言っていきなり焼いて食ってしまうのもどうかと思った彼は村まで抱いて帰り、チャーリー・ファインという名の最近出来た魔道士の友人を訪ねた。

 魔法でこのうさぎ治してやってくれと頼んだら、回復魔法は使えないとあっさり断られた。

 仕方なく家で世話をして、一週間後の今日、すっかり怪我の治ったうさぎを森に帰しに行くことになった。

 よくうさぎの様子を見に来ていたトーザも同行する。
 別に、ヴァシルの気が途中で変わってせっかく助けたうさぎを焼いて食ってしまうかもしれないと危惧したワケではないのだろうが。

 あの日から何故か毎日ヴァシルの家に来て何をするでもなくただ黙ってうさぎを見ていたチャーリーにも声はかけたのだが、彼女は何も言わずにドアを閉めてしまった。

 森に入ったところで、二人は不意に後ろから呼び止められた。
 振り向くと、黒い長髪の魔道士風の男がいつの間にかそこに立っていた。

「ちょっと尋ねるが…お前達、この村に最近越して来たチャーリー・ファインッて奴のこと、知ってるか?」
「チャーリー? ああ、あの変なヤツ」

 ヴァシルが何気なく返した言葉に、男の目が鋭くなる。

「変? どんな具合に変なんだ?」

 聞き捨てならない台詞だと言いたげに詰め寄る男に、ヴァシルとトーザは一瞬戸惑ったように瞳を見交わし、けれども正直に答える。

「無口で、無表情なんでござる」
「そう。誰とも付き合いたがらねーし、ほっとくと一日でも家の中にいるからな」

「お前達、そのコとは遊ぶのか?」

「昼間屋根の下にいたんじゃつまんないだろ。外に引っ張り出すけど…」
「面白そうな様子では、ござらんな」

「いや、いいんだ。アイツはそれでいいんだ。…で、他には何か」

「あれッ。そー言やアンタ、王都の魔道大会の…」

「ん? あ、ああ、覚えてたのか。そうだ、あのとき会ったな。俺はガールディー・マクガイルだ」
「チャーリーのことが気になるなら、会って来ればいいでござる」
「そうだ。今なら家にいるぜ。アイツの家は」

「いや、いいんだ。…俺はアイツには会えないんだよ。当分の間…もしかしたら、もう二度と、かもしれないが」

 呟いて、ガールディーは一瞬遠い目を見せた。
 幸福だった過去を懐かしむように言葉を切り、そんな回想を振り払うようにまた口を開く。

「だから、他に。チャーリーのこと教えてくれないか。何でもいいから」

「…ケンカしたのか?」

「ケンカ、か。そうかもしれないな。…俺は、アイツを傷つけた。確実に、だ」

「謝りゃいいじゃねぇか」

「…坊主、世の中には謝っても済まないことがあるんだ。お前にはまだ難しいかもしれんがな」

「そう言えば、最近はヴァシルの家によく来ていたでござるな」
「ああ、コイツを見に来てたんだ」

 ヴァシルは抱えたうさぎを揺すってみせた。
 一週間ですっかりヴァシルに懐いたうさぎは大人しく彼の腕の中にいる。
 素直に森に戻ってくれればいいのだが。

「そのうさぎを?」

「ケガしてたのをオレが面倒みてたんだよ。そしたら、毎日様子を見に来た。相変わらず何にも言わねーで、じーっとうさぎを見てただけだけど」

「そうか…生命に、興味を取り戻したか…」

 ガールディーが押し出すように発した言葉の意味は二人にはまるでわからなかった。

「…他には?」
「…別に…」
「もう、ないでござる」

「そうか。…わかった。ありがとう、聞かせてくれて」

「オッさん、チャーリーの親父なのか?」
「…違う。育ての親ではあるがな」
「チャーリーの両親は死んでしまったのでござるか」

 トーザの問いに、ガールディーは哀しげに表情を歪ませ、静かに首を左右に振った。

「…俺にはわからないな…」

「親父もおふくろもいないのか。…なあ、アンタが仲直りしなきゃ、アイツずっと一人ぼっちのまんまだぜ」

「…出来ないんだ。説明するのは難しい。今はまだ…。だから、お前達、チャーリーの友達になってやってくれないか」

「言われなくても」
「拙者達はもう友達でござるよ」

 微笑んで答えた二人に、ガールディーも安心したような笑みをこぼした。


 ガールディーはそれ以降度々シェリイン村にやって来た。
 決してチャーリーの前には姿を見せず、ヴァシルとトーザを捕まえては彼女の様子を尋ねた。

 ガールディーがどうして直接チャーリーに会わないのか−会えないのか−その理由は全く説明されなかったし、二人も特に追及はしなかった。

 自分はチャーリーの父親ではないとガールディーは言ったが、トーザには彼がチャーリーと赤の他人であるなんて信じられなかった。

 ガールディーがチャーリーのことをどれだけ心配しているか、どれだけ愛しているか、短い接触の折々にそれが伝わって来て、自分も十分に母の愛を受けていながら、少しばかりチャーリーのことをうらやましく思ったりしたほどだ。

 アイツのことをよろしく頼むと、いつもガールディーは言った。
 別れの挨拶の代わりにそう言っていた。

 おかしなトコがあっても、見捨てないでやってくれ。
 アイツを支えてやってくれ。
 繰り返し、彼は二人に言った。
 アイツには友達が必要なんだ…。

 約一年前からガールディーはシェリイン村に姿を見せなくなってはいたが、トーザには信じられない。

 ヴァシルはチャーリーが信頼を寄せる数少ない人間の内の一人なのだ。
 彼の陽気さ、素直さに触れて、チャーリーは変わった。
 人前でも笑顔を見せるようになったし、話をするようにもなった。

 それはガールディーも知っているハズなのに。

「───トーザ? おい、どうした?」

 ハッと我に返ると、ラーカが不思議そうな表情で自分の顔を覗き込んでいる。

「い、いや。何でもござらん」
「…ヴァシルのことなら心配ないだろ? そう簡単にやられやしないッて。なんたって、あのヴァシル・レドアだもんな」
「ラーカ殿…」
「一番最初の大会を見たことがあるんだ。てめえの身長の倍くらいはある屈強な大男を、ほとんど相手の攻撃は食らうことなしに仕留める、あのセンス…天性のものなんだろうな、並大抵じゃないぜ」
「…そうでござるな。ヴァシルの心配など無用でござった」

 トーザが気がかりだったのはガールディーのことだったのだが、とにかくそう言って表情を和らげる。

「早く宝石をいただいて村に戻ろうぜ。ウォズニーの奴がいないって言ってたもう一人が気になる。リンド達に何もなけりゃいいが…」

 そうだ。
 今は立ち止まって思い悩んでいるときではない。
 とにかく動かなければ、何も前へは進まない。
 急ごう。
 歩きながらでも、考えることは出来る。

 トーザはまだ不審げに二人の方を見ている夫婦に向き直った。

 「ウェスティングハウス殿、お怪我はござらんな? 拙者の名は…」

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