第14章−8
       
(8)

 『闇』の鏡。

 私はあのとき、自分で自分をそう呼んだ。
 でも、その表現は、多分適当じゃあ、なかった。

 『闇』だ。
 私は『闇』そのもの。

 『闇』は必ず『光』の前にある。
 『闇』は『闇』だけでも存在出来るが、『光』は『闇』との対比なくして語ることは出来ない。
 『光』だけが満ちた空間は『輝ける白い闇』の世界。
 『闇』は生まれる。
 『光』を存在させるために。

 私が『闇』なのだから。
 後に、『光』が生まれたハズだ。

 その『光』はどこへ行った?

 白髪赤衣のあの魔道士は、全てを知っていてなおも手向かうのかと言った。
 でも、違う。
 私だって全部を知ってるワケじゃない。

 まだ隠されていることがある。
 私の知らない、何か。

 完全な絵を知っているのはガールディー・マクガイル、ただ一人…?
 いや、先生にしたって、今はまだ自分のことさえよくわかっていないのかもしれない。

 ───覚えてるか? お前、自分が初めて笑った日のこと。

 私の知っていること、皆にはまだ伝えないでおこうか?

 ───あんとき、俺…涙が出そうなくらいビックリしてたんだぜ。

 そうだ、何も知らせない方がいい。
 根本的なところで、皆にはもう関係のないことだから。

 俺…お前の笑い顔、見られるなんて思いもしなかった。

 そうだ、私は独りで生きていこうと決めた。

 ハッキリ言って、諦めてたからな。もう…。

 ガールディー・マクガイルの弱々しい笑顔。

 戦闘時には研ぎ澄まされた刃物のように冷たく冴え渡る瞳が、見ていてこっちが情けなくなるくらい、気弱に揺れて、彼は問うた。

 ───チャーリー、生まれてきて…幸せ、か?

 どうして、そんなことを訊くんだ?

 力がほしい。
 もっと、力が…。

 完全に独りで生きてゆくために。
 何もかもを振り切るために。
 何もかもを跳ね返すために。
 今以上の力がほしい。

 もっと、力が……。


 遠い遠い昔、ここには何もなかった。
 それを惜しんだ神様は『世界』を創ろうと決めた。
 けれど、神様は既に幾つもの世界を創った後でとても疲れていたので、一番手間と労力を必要とする「無から有を捻出する作業」は省くことにした。
 神様は既に存在していた世界の中から、基礎となる何種類かの要素を選び取って来て、それらに『世界』を創らせた。
 それらとは『光』であり、『闇』であり、四大であり、数個の生命だった。
 かくして『世界』は生まれ、時間は流れ出す。

 邪竜人間族、ラス・カサス・アクスムの手記より抜粋(傍線メール・シード)


「ディ・ローク・オーシェ…あなたと同じ夢を、私も見ましょう…」

 メール・シードは黒革表紙の分厚い手帳をぱたんと閉じると、上着のポケットに突っ込んだ。
 コート・ベルの返り血の飛沫が飛んだスカーフをするりと首からほどくと、ためらいなく風に流す。

 漆黒の瞳はどんな感情も映してはいない。
 ただ、静かに澄んでいた。

第14章 了


前にもどる   『the Legend』トップ   次へすすむ

Copyright © 2001 Kuon Ryu All Rights Reserved.