第14章−8
(8)
『闇』の鏡。
私はあのとき、自分で自分をそう呼んだ。
でも、その表現は、多分適当じゃあ、なかった。
『闇』だ。
私は『闇』そのもの。
『闇』は必ず『光』の前にある。
『闇』は『闇』だけでも存在出来るが、『光』は『闇』との対比なくして語ることは出来ない。
『光』だけが満ちた空間は『輝ける白い闇』の世界。
『闇』は生まれる。
『光』を存在させるために。
私が『闇』なのだから。
後に、『光』が生まれたハズだ。
その『光』はどこへ行った?
白髪赤衣のあの魔道士は、全てを知っていてなおも手向かうのかと言った。
でも、違う。
私だって全部を知ってるワケじゃない。
まだ隠されていることがある。
私の知らない、何か。
完全な絵を知っているのはガールディー・マクガイル、ただ一人…?
いや、先生にしたって、今はまだ自分のことさえよくわかっていないのかもしれない。
───覚えてるか? お前、自分が初めて笑った日のこと。
私の知っていること、皆にはまだ伝えないでおこうか?
───あんとき、俺…涙が出そうなくらいビックリしてたんだぜ。
そうだ、何も知らせない方がいい。
根本的なところで、皆にはもう関係のないことだから。
俺…お前の笑い顔、見られるなんて思いもしなかった。
そうだ、私は独りで生きていこうと決めた。
ハッキリ言って、諦めてたからな。もう…。
ガールディー・マクガイルの弱々しい笑顔。
戦闘時には研ぎ澄まされた刃物のように冷たく冴え渡る瞳が、見ていてこっちが情けなくなるくらい、気弱に揺れて、彼は問うた。
───チャーリー、生まれてきて…幸せ、か?
どうして、そんなことを訊くんだ?
力がほしい。
もっと、力が…。
完全に独りで生きてゆくために。
何もかもを振り切るために。
何もかもを跳ね返すために。
今以上の力がほしい。
もっと、力が……。
☆
遠い遠い昔、ここには何もなかった。
それを惜しんだ神様は『世界』を創ろうと決めた。
けれど、神様は既に幾つもの世界を創った後でとても疲れていたので、一番手間と労力を必要とする「無から有を捻出する作業」は省くことにした。
神様は既に存在していた世界の中から、基礎となる何種類かの要素を選び取って来て、それらに『世界』を創らせた。
それらとは『光』であり、『闇』であり、四大であり、数個の生命だった。
かくして『世界』は生まれ、時間は流れ出す。
邪竜人間族、ラス・カサス・アクスムの手記より抜粋(傍線メール・シード)
☆
「ディ・ローク・オーシェ…あなたと同じ夢を、私も見ましょう…」
メール・シードは黒革表紙の分厚い手帳をぱたんと閉じると、上着のポケットに突っ込んだ。
コート・ベルの返り血の飛沫が飛んだスカーフをするりと首からほどくと、ためらいなく風に流す。
漆黒の瞳はどんな感情も映してはいない。
ただ、静かに澄んでいた。
第14章 了
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