第15章−7
(7)
フォーバルに導かれるまま、雪の中を一時間も歩き回った頃、トーザは何かがおかしいと気づいた。
はっきりと何がおかしい、というワケではない。
時折自分達を振り向くフォーバルの視線、目印になる物などほとんどない真っ白い景色の中をヤケに少しの迷いもなく進んで行く足取り…。
胸騒ぎがする。
トーザはカタナの柄に思わず手をかけた。
そのとき、これまでずっと後ろを遅れがちについて来ていたラーカが横に並んだ。
「よお、なんかヘンだな」
トーザの方は見ずに囁く。
トーザも、視線は進行方向にやったまま、
「ラーカ殿もそう思うでござるか」
同じような声で返す。
「振り返ったときのヤツの目…確かめてると言うより、監視してるってカオだぜ」
雪は音を吸収する。
ウンディーネが雑音を嫌うからだ。
小声での会話なら前方を行くフォーバルの耳には入らない。
「拙者達をどこかへ…氷の洞窟以外のどこかへ連れて行くつもりでござろう」
「逃げるか?」
「無駄でござる。身を隠す場所もない…まわりを見るまでもないでござるよ」
トーザの言う通り、四方は見渡す限りの雪原だ。
遠くの方にわずかに針葉樹の木立がある。
走って行って隠れるのに適当な場所でないことだけは確かだ。
「仲間が出て来ないうちに片付けるか?」
「それも一つの案でござるが…まず間違いなく遭難するでござろうな」
トーザはちらりと背後に顔を向けた。
三人のつけた足跡はウンディーネの力によりどんどん消えて行っている。
右も左もわからない初めての土地でこんな所に放り出されるのは気が進まない。
ラーカがドラゴンになってトーザを乗せて村まで飛べば万事解決だろうが、そんな目立つことをすれば相手を不必要に刺激してしまう。
ギンレイの話に出て来ただけでもドラゴンになりそうな奴が六人いる。
五人の騎士がアンデッドなら良いが、そうでなかった場合厄介なことになる。
…しかし、厄介なことになるというのは、このまま大人しくフォーバルについて行ってもやっぱりそうなるような気がしないでもない。
では、どう対処すべきか…。
二人が考え出したとき、唐突にフォーバルが足を止めた。
相変わらず雪の野原のど真ん中だ。
氷の洞窟らしきものなどどこにも見当たらないが、おそらくここが『目的地』なのだろう。
「おいおい。どうした? 洞窟なんてどこにもないぜ」
ラーカがわざと大声で言う。
フォーバルが体ごと振り返る。
彼の顔は病的なほど青白くなっていた。
村を出たときや、道中二人の方を振り向いて見たときには、いたって普通の顔色だったのに。
…そして、物も言わずに雪の中に倒れ込んだ。
トーザとラーカは注意しながらもフォーバルに走り寄る。
抱え起こすことはせずに屈み込んで様子を見る。
どうやら完全に気を失っているらしい。
「操られてただけ…ってトコだろうな」
「とすると、術者がすぐ近くにいるかもしれんでござるな」
二人は立ち上がって辺りを見回した。
広漠とした空間。
相手にも隠れ場所はないハズなのだが…。
不意に、トーザ達から少し離れた前方で、移動魔法の青白い光が閃いた。
向き直った先に一人の青年が立っている。
臙脂色のロングコートを着込んだ長身の人間族。
薄水色の髪をおさげに編んで肩から垂らしている。
胸のすくような空色の瞳は、悪ふざけの好きな少年のような輝きを湛えて、トーザとラーカを一直線に捕らえていた。
「お前か、オレ達に用があるのは?」
ラーカが挑戦的に言うと、青年はいかにも愉快そうに笑顔を見せてうなずいた。
「そうそう。来てくれて嬉しいなァ。こんな見え透いたテにはひっかからんかも、とか思ってたんやけど」
「何にしろ相手とは接触する必要があったでござるからな」
「うんうん。アンタは、えーと…トーザ・ノヴァ。偶然なんかな、持ち主が取りに来てるというのは」
「……?」
「そっちはラーカ・エティフリック。聞いてるよ、全部。ウェスティングハウスの当主夫妻を取り戻しに来たんでしょ」
青年は腰の後ろで手を組んで上体を前に倒し、小馬鹿にしているような表情で二人を見比べている。
苛立ちを隠せず、ラーカが一歩前に出た。
「そうだ。さっさと二人の居場所を教えた方が身のためだぜ」
「あかんあかん。凄んでも無駄」
青年は思いついたように背筋を伸ばし、今度は腕組みする。
「トーザは『標的』と違うから命まではとらんけど…リュウの奴に貸しつくっときたいし、多少は痛い目に
遭ってもらおか」
「何を…」
ラーカがさらに前に出ようとしたとき、青年が腕をほどいて左手を素早く振り上げた。
その合図に反応して、四方の雪の中からざっと二十人ほどの兵士が起き上がり、武器を構えてトーザ達を取り巻いた。
ずっと雪の中に潜んでいたようだ。
…ということは、コイツらは全員アンデッドか?
ならば問題はないのだが…。
そう思いつつ確認したラーカ、思わず舌打ちする。
アンデッドは二十人中たったの四人しかいない。
残りはクローンだ。
きっとよほど強力な術をかけられているのだろう、寒さも冷たさも全く感じないような。
効力が強ければ強いほど、催眠術はかけられる者の精神を損ねる。
最悪の場合、人格を完全に破壊してしまうこともある。
だから、人間相手に使う術は効き目も時間も限られる。
しかし、複製であるクローンになら、心の崩壊など気にせずに術をかけられる。
心のない操り人形…アンデッドと変わらない。
「そうそう、オレの名はウォズニー。家も血も捨てた。魔道士や」
「ギンレイ殿とレイドフォード殿の御両親はどこでござる?」
カタナの柄にそっと手を触れ、油断なく四囲に注意を向けたまま、トーザが厳しい声で問う。
ウォズニーはニヤリと笑った。
「勝てたら教える」
「上等だ!」
ラーカが怒鳴った。
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