第15章−10
(10)
外の状況のあまりの異様さに、ノルラッティは激しい混乱に襲われかけた。
が、すぐに気を取り直す。
今は自分がしっかりしなければ。
トーザもラーカもいない今、二人を守れるのは自分だけなのだから。
「リンドさん! レイドフォードさん!」
こちらに向かって走って来る二人の元へ、ノルラッティも急いだ。
武器を手にした群衆がゆっくりと進行方向を修正する。
不気味な光景だ。
いつ一斉にかかって来るかと思うと、またパニックに陥りそうになる。
強力な魔法でコントロールされているのだ。
そう、操られているだけ…だから、手を出すワケにはいかない。
術者を…魔道士を見つけなければ!
「ノルラッティさぁん!」
飛びついて来たリンドをしっかり抱き止める。
レイドフォードが真っ青な顔で振り返る。
「ど…どうしよう?!」
「落ち着いて」
「おにいちゃんとトーザさん、どうなっちゃったの?!」
リンドの言葉を聞いて初めて、ノルラッティはフォーバルがいるのに気づいた。
表情を引き締める。
「あのお二人なら大丈夫。信じて」
宿のドアが開き、ギンレイが出て来た。
レイドフォードがはっとそちらを見る。
「姉ちゃん!」
「レイ! …これは…? レイ! こっちへいらっしゃい、家の中へ隠れましょう!」
あっと思う間もない。
レイドフォードはギンレイに走り寄った。
石段を上がり、リンドがノルラッティに飛びついたように、自分の姉に抱きつこうとする。
「いけません! レイドフォードさん!」
ノルラッティが絶叫じみた声をあげたが、もう遅かった。
弟を抱き締めようとするかのように、ギンレイは両手を広げた。
…右手に刃物が光る。
冷えた大気に白銀の閃きが眩しい。
だが、レイドフォードは気づかない。
油断しきって、安心しきっているから…。
「レイ君っ!!」
リンドが叫ぶ。
刃が一閃した。
胸を真横に切り裂く。
傷口は深く長い。
レイドフォードはぽかんとした顔でギンレイを見上げていた。
真っ赤な血が噴き出す。
生まれ育った村の雪の地面を、大好きな姉の衣服を、真紅が汚す。
塗り替える。
何が起こったのかさっぱり理解出来ないまま、レイドフォードは後ろに倒れた。
石段を転げ落ち、うつ伏せに雪の中に突っ込む。
胸の下の純白の雪が、みるみる鮮血に染められてゆく。
レイドフォードには何もわからない。
「レイドフォードさんッ!」
ノルラッティの悲痛な声。
わかっていたハズなのに、助けられなかった…!
ギンレイは見下ろしてにやりと笑った。
不敵な表情のまま、ノルラッティとリンドに視線を向ける。
抱き合った二人を取り囲むようにして、村人達はいつしか動きを止めていた。
暗い瞳は相変わらず彼女達に向けられている。
「何故…」
震える声を必死に抑えて、ノルラッティは問うた。
「用がなくなったから…かしら? 動き回られては厄介ですもの」
「どうして、レイ君だけッ?」
「一人ぐらいホンモノの人格が混ざっていた方が面白いと思って」
平然と応答するギンレイ。
ノルラッティは必死に考えた。
ギンレイは、敵なのか、それとも操られているのか?
この村が邪竜人間族にひどい目に遭わされたというのは、レイドフォードの反応から考えてもまず本当だろう。
その他は?
宝石や、秘密の部屋のことは?
まとまらない考えにますます焦って激しく頭を振った。
気づくと、リンドが腕の中でがたがたと震えている。
ビックリして見下ろした。
「ひどいよ…ひどすぎるよ…」
「リ、リンドさん?」
「許せないよ。絶ッ対、許せないッ!」
リンドが大声をあげる。
ノルラッティが対処に困って言葉をなくした直後、目の前に青白い閃光が走った。
移動魔法?
一体誰が…。
目をやったノルラッティは息を呑んだ。
背中を向けて立っている人物。
黒い髪に、同色のマント。
後ろ姿だけでわかる。
ノルラッティは我が目を疑った。
そこに突如として現れたのは、あのチャーリー・ファインだった。
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