第15章−12
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 ノルラッティは大きく息をつくと人間の姿に戻った。

「リンドさん…」

 走り寄ったリンドが、ノルラッティの腕をぎゅッと掴んだ。

「レイ君が…」

 二人はすぐさまレイドフォードのもとに走った。

「あっ…」

 同時に短い声をあげる。

 一度彼の血に染まって赤くなったハズの周囲の雪が純白に戻っていた。
 これもウンディーネの力?
 水の四大はこれほどまでに汚れを嫌うのか。

 ノルラッティが屈み込んで、うつ伏せになっていたレイドフォードの身体を仰向けにする。
 傷の具合を確かめるために。

「…えッ…?」

 二人はまた声を合わせ、次に顔を見合わせた。

 レイドフォードの傷が…消えている。
 ぱっくり切り裂かれた衣服はそのままだが、そこからのぞく素肌には傷痕すらなく、切り口のまわりの布地にも血の染み一つなかった。

「……?」

 まさか、ウンディーネが?
 でも何故?
 どうして、普通の人間族にすぎないレイドフォードの生命を救ったんだ?

 ウェスティングハウス家の人間だから…他には考えられない。
 多分そうなのだろう。

「レイ君。レイ君、起きて。大丈夫?」
「待って、リンドさん。このまま起こすのは…」
「あ。…でも、どうしよう?」

 姉に斬りつけられた一件はレイドフォードの心に消えない傷を作ってしまったかもしれない。
 催眠術に操られていたのだと頭では理解出来るだろうが、ショックは大きい。
 それに、ギンレイの方も。
 もし弟にナイフを振り上げた記憶があるとしたら。
 …しかし、記憶を消す魔法なんて都合のいいモノはないはずだ。

「…大丈夫。『光』の加護を」

 ノルラッティはレイドフォードの眉間に左手の薬指をそっと置いた。
 ぽっ、と白く淡い光が瞬く。

「レイ君、さっきのことを忘れたの?」
「忘れたわけではありません。封印したのです。滅多なことでは思い出しませんよ」
「そんなことが出来るんだ」
「『光』は人の心に希望を与えます。…強く生きる、手助けをして下さるのです」
「ふ〜ん…」
「さて…次はギンレイさんですね」



 村人達が次々と意識を取り戻し始めた。
 レイドフォードとギンレイも、倒れていた雪の上に冷たいのも忘れて座り込み、長い夢から今醒めたばかりといった感じでぼんやりしている。

 おそらくテルル達が最初に村を襲ったときからすでに、彼らは催眠術の支配下に置かれていたのだろう。
 長い間精神を操られていたせいか、誰の顔にも疲労の色が浮かんでいる。
 姉弟のことはひとまずおいて、ノルラッティとリンドはフォーバルに駆け寄り、トーザとラーカをどうしたのか尋ねた。
 フォーバルは心底戸惑った表情で全く覚えていないと首を振った。

「そんなぁ…ノルラッティさん、どうしよう!」
「捜しに行きましょう。フォーバルさん、氷の洞窟は村からだとどちらの方角にありますか」
「氷の洞窟に行くの?」
「他にありません。必ず会えるハズです」
「…うん。わかった、行こう」

 氷の洞窟の大体の位置を聞き出すと、とにかく一段落ついて気が緩んだせいかにわかに寒くなってきた。
 防寒具を取りに行かないと…ふと見た宿屋の玄関はテルルが変身したときの衝撃で出入り出来るかどうかも怪しいくらい破壊されていた。
 思わずかたまる二人。

「ノルラッティさん、リンドさん」

 ギンレイが話しかけてきた。
 何故かぎくッとなって振り向く。
 別に二人は何も悪くないのだが、反射的に罪悪感を抱いてしまったりする。

 竜人間族がドラゴンに変身するだけで他種族にかなり迷惑をかけてしまうことを、ノルラッティは特によく承知していた。
 だから普段は竜の姿になんてならない。

 けど、あのときは仕方がなかった。
 ロクに攻撃手段のない自分が、テルルから自分達の身を守るには、変身でもする以外に方法はなかったのだ。

 …が、その結果としてテルルまでドラゴンになって、そのせいで…以下略。

「ギンレイさん。あの…」
「この有り様…ドラッケンがまた襲って来たのかしら」

 眉をひそめて辺りを見回す。

「リンド達が助けてくれたのか?」

 レイドフォードが尋ねる。

「う、うん。まあね」
「助けたというほどのことは…」

 言いかけてノルラッティはふと口を閉じた。
 グリーン・ドラゴンとなった自分を包んだ光のヴェールのことを急に思い出した。
 あれは一体───やはり。

 服の上からそっと胸に下げた宝石に手を置く。
 大地の四大、ノームの力?
 ノームが私を守護してくれたのかしら。
 ノルラッティの考えていることが伝わっているかのように、布越しに宝石に触れている手のひらがほんのりと温かくなった。
 その熱は肯定を意味しているのだと、ノルラッティはごく自然に解釈した。

 直後、暗い不安が彼女の心に生まれる。

 テルルが口にした『シード』という名。
 やはりあの、賢者メール・シードのことなのだろうか。
 だとしたら、メール・シードは実は『闇』側の人間ということになる。
 今彼女はチャーリーやヴァシルと行動を共にしているはずだ。
 ゴールドウィン・レッドパージも。
 三人は大丈夫だろうか…。

 ノルラッティには王都で起きた『雨の惨劇』のことなど知る由もない。
 ましてや、その後海底神殿に向かったチャーリー達が新たな悲劇に巻き込まれることになる等とは。

 メール・シードのことは気になる───皇子が不審がっていらした人物だから?

 ───それよりも、もっと大きな理由。
 メールのことに思考を切り替えた途端、緑色の石からたちまち温もりが消えてしまった。
 何かに脅えるように。
 慌てて姿を隠すように。
 大いなる四大の宝石だというのに?

 …でも、今最も重要なのはトーザとラーカの行方を突き止め合流することだ。

 二人はフォーバルの家にあったコートを借りて着込んだ。
 バルデシオン城から着て来たものに比べると質は落ちるが、実用的で動きやすいデザインはなかなか二人の気に入った。

 ノルラッティはリンドの手を取ると、ギンレイやレイドフォード、他の村人達に見送られつつ、飛行魔法で教えられた方角を目指した。

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