第15章−3
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 女性の家はオフォックでただ一軒の宿屋を営んでいた。

 と言っても、旅行者など滅多に訪れることのないこの島の宿だから、せいぜい他の民家より二つほど余分に部屋があるだけの質素なもので、見た目は普通の家とほとんど変わらない。

 石段を五段ほど上がった先にあるドアを開けると、一応受付ロビー風の広い部屋があり、ソファセットが置かれている。
 片隅には暖房用の炎の精霊の力の込もった水晶が飾られてあり、室内は十分に暖かかった。

 防寒着と分厚いブーツを脱いで炎の水晶の近くに並べ乾かす。
 そうしておいてからソファセットに腰かけ、女性の話を聞くことにする。

「私の名はギンレイ。ギンレイ・ウェスティングハウス。弟はレイドフォードと言います」

 トーザ達もそれぞれに名乗る。
 王都の剣術大会の優勝者であるトーザ・ノヴァの名も、さすがにこんな所までは届いていないようで、ギンレイはわずかに頭を下げただけだった。

「この村は、いつもこうなんでござるか?」

「いいえ。いつもは、小さいながらも活気のある村なんです。広場では子供達が雪合戦をしていて…通りに人影が絶えることはなくて…今は皆、それぞれの家に閉じ込もって、息を殺しています」

「一体、何が?」

 ノルラッティが慎重に切り出すと、ギンレイは短いため息を一つついてから、語り始めた。

「三日前のことです。この村に、突然ドラッケンがやって来て…」


 ウェスティングハウス家は、代々オフォックで宿屋を営むと同時に、氷の洞窟の守り人としても長い間務めてきた。

 四大の一人、ウンディーネが住まうこの洞窟を守るために、島に訪れる旅人の情報を把握しておくべくウェスティングハウスの人々は宿屋を開業したのだというのがどうやら本当のところらしい。

 魔物の滅多に現れない洞窟の上層部にはウンディーネの手になる自然の彫刻があり、それを一目見ようと物好きな観光客がやって来ることもある。
 そんなときには宿屋の人間が必ずガイド役として同行する。

 旅人に万一の事故があっては大変だからと言うのは建前で、本音は外の人間に洞窟内を乱されたくない一心での行動であった。

 ウェスティングハウスの一族は島の住人の誰よりもこの凍てついた洞窟に注意を払い、ウンディーネを敬愛し、自分達の祖先が自分達の血筋に課してきた役目をまじめにこなしてきた。

 そもそものはじまりがどうであったのか、現在ではよくわからない。
 ウェスティングハウスの者をウンディーネが選んだのか、一族の誰かが生命を救われでもしたのか、彼らが守り人を務めるようになった一番最初のきっかけは今となっては霧の中、と言うしかない。

 ウンディーネ本人に確かめれば教えてもらえるのかもしれないが、特に問い質そうとする人間もいないまま、守り人の役目は受け継がれ続けた。

 そんなウェスティングハウスの人々に感謝の意を示したのか、ウンディーネは洞窟のどこか、決して偶然ではたどり着けない場所にある自分の居場所までの道順を、代々の当主にだけという条件付きで明かした。
 四大の中でも飛び抜けた美しさをもつとされるウンディーネの姿を目にする幸運を彼らに与えたワケだ。

 それと同時に、水の四大本人と比較しても勝るとも劣らない輝きを誇る『水晶』を目の当たりに出来る栄誉をも、彼らは授かったのだった。

 そうして、現在の当主はギンレイとレイドフォードの父であるダンバー・ウェスティングハウス。

 三日前オフォックに現れたドラッケン達は、『水晶』のありかをダンバーから聞き出そうとした。
 水の四大に対する一族の忠誠に傷をつけることは出来ないと、当然ダンバーは拒否する。
 村人達も、自分達の生活を支えて下さっている水の四大に何かされては大変と、ドラッケンを取り囲んで大人しく帰るよう口々に言い立てた。

 相手側は妙に表情がない軽装の騎士が五人に、薄水色の長髪をおさげに結ったヒューマンの青年と、どう見てもまだ子供としか思えないドラッケンの少女、全部でたった七人。
 数では村人達が勝っている。
 それにまさかこんな所で竜になるような無茶もすまいと、人々はタカをくくっていた。


「それが間違いだったのです…自分達の言うことに私達が素直に従わないと知るや、騎士の一人が唐突に剣を引き抜き、物も言わずに手近にいた村人に斬りつけました」

「いきなり…でござるか?」

「…はい…。それを皮切りに、他の四人も武器を取り、パニックに陥った無抵抗の村人達を次々に…」

 ギンレイの声が震える。
 トーザとノルラッティは思わず顔を見合わせた。

「そんな中、三つ編みの男が父を、ドラッケンの女の子が母を捕らえ、あっという間に姿を消したのです。二人が消えて間もなく騎士達も去りましたが…後には何人もの村人の…」

 高ぶる感情を振り払おうとするように、ギンレイは激しく頭を振った。
 惨劇の記憶が生々しく思い出されでもするのだろうか。
 顔色が悪い。
 しかし、口を閉ざしてしまったりはしない。

「私達の目の前であんなことがあったから…レイには、───もちろん私にだって、ですけど…ひどくショックだったのでしょう。元気で明るい子だったのに、まるで別人になってしまって…」

 何かをふっ切るように顔を正面に向けたギンレイの瞳には、いつしか涙が光っていた。

「そんなことがあったのですか…」

「でも、だからと言って、リンドさんにあんなひどいことを言っていいなんてことにはならないわよね…本当にごめんなさい…」

「ううん…」

 押し黙ったままギンレイの話に耳を傾けていたリンドが顔を上げる。

「いいの。…そんなことがあったんだったら、…リンドだったら、雪玉ぶつけるくらいじゃすませないもん。大切なパパとママや…同じ村に住む人達がそんな目に遭ったんだったら…だから…」

 ギンレイに向かってニコッと微笑みかける。

「レイドフォード君のこと、叱らないであげて下さい。リンド、もう大丈夫だから」

「…ありがとう、リンドさん」

 ギンレイの顔にも柔らかな微笑が浮かぶ。
 その様子を、他の三人もホッとした思いで眺めた。

「…ところで、ギンレイ殿。その、村を襲ったドラッケンのことでござるが…」

「…はい」

「妙に表情がなかった、とのことでござるが、それは確かでござるか?」

「ええ、確かです。ひどく印象に残っていて…なんだか…うまく言えないけれど、ぞっとするような感じで…私、あんな人間を見たのは生まれて初めてです」

 やはり、オフォック村を襲ったのは例のクローン・アンデッドの騎士らしい。
 騎士を率いていた二人の正体が気になるが、ギンレイに訊いてみたところでわかりそうにない。

「…あ。私ったら、お客様にお茶もお出ししないで…すいません、今すぐ温かい飲み物を用意します。今夜はどうぞ、ウチにお泊まりになって…そう言えば、この村へはどんなご用でいらっしゃったんですか?」

 ソファから立ち上がり、二、三歩行きかけてから、思いついたように振り返る。

「話せば長くなるんでござるが…」

「それじゃあ、コーヒーでも飲みながらにしましょうか。少々お待ち下さいね」

 久々のお客で嬉しいのだろうか。
 ギンレイはどこか弾んだ足取りで奥に消えた。

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