第15章−11
         10 11 12 13 14
(11)

「チャーリーさん…!」

 ノルラッティが声をかけると、チャーリーは面倒そうに振り向いた。
 強い光を宿した瞳。
 …本当に、チャーリーだ。

「どうしてここへ?」
「来ない方がよかった?」
「いえ、そんな…」
「私は世界一の魔道士だよ。アンタ達の身に危険が迫っていることを知るぐらい、訳はない」

 チャーリーはギンレイに向き直った。

「さぁて。アンタが術者?」

 気圧され、ギンレイは後退る。
 まさかチャーリー・ファインが出て来るなどとは思いもよらなかったのだろう。
 悔しげに唇を噛む。

「…アンタは違うみたいだな。術者に指揮権は与えられたようだけど、アンタも動かされてる。どこにいる?」
「───か、かかれッ!」

 ギンレイが叫んだ。
 村人が一斉に動き出す。

 ノルラッティはリンドを一層強く抱き寄せた。
 リンドもノルラッティの身体に回した腕にぎゅっと力を込める。

 微塵も動じず、チャーリーは片手を挙げた。
 手の平から火球が飛び出し、人々の間を縫って建物の一つを直撃した。

 すさまじい音。
 熱風が吹きつける。
 建築物の三分の二が消し飛んでいた。
 たった一個の火球の力で…。

 襲って来ようとしていた村人の動きが止まった。
 催眠術をかけられている彼らが恐怖や驚きにすくむことは考えられないので、術者が動揺したのだと考えられる。
 すると相手はすぐ近くにいるのだ。

 チャーリーは腕組みしてギンレイを睨みつけた。

「大人しく出て来た方が身のためだよ。もし自分から出て来るのがイヤだってんなら、この村全部ぶっ壊しても見つけ出すよ」

 ギンレイの顔に恐怖がありありと浮かんだ。
 彼女にかけられた術は他の村人にかけられているそれとは別種のものだった。
 表情を完全には奪わない。
 操るのでなく、乗っ取る…今は自分の体の代わりにギンレイの体を動かしている状態だ。

 トーザ達が彼女と初めて会ったときからさっきまでは、ギンレイ・ウェスティングハウス自身の人格を表に出し、行動の一部にのみ干渉した。
 だから見抜けなかったのだ。
 何と言っても、本人だったのだから。

「ずっるーい! ずるいなァッ」

 いきなり、子供の声がした。
 さっと、ギンレイの後ろから人影が出て来る。

「テルルちゃん…!」

 リンドが思わずその名を呼んだ。

 この北の地でもまったくの普段着姿の少女−リンドと同じ色の髪と瞳を持っている。
 腰まで伸ばした髪は黒い紐で一つにまとめられていた。

「まさかチャーリー・ファインがここに来るなんて。あたし聞いてないよぉ」

 不満げに唇を尖らせる。

「村の人達にかけた術を解いて引き上げるんだ。そうすれば今回だけは見逃してやる」
「あらら。こぉんなヒドいコトしたあたしを逃がしてくれちゃうの? チャーリーさんってわりと優しいんだ。でもねェ〜」

 アゴの先に人差し指を当て、小さく首を傾げる。

「どおかなァ。あっさり逃げちゃうのも何かなァ」

「テルルちゃん!」

 怒鳴られて、テルル・ミードは初めてリンド・エティフリックに気づいた。
 目を丸く見開いて驚きを顔に出す。

「リンドちゃーん! うっそぉ、こんなトコで会うなんてぐーぜんッ!」
「みんなテルルちゃんがやったの?」
「えー?」
「オフォック村を襲ったり、村の人達を操ったり、ギンレイさんにレイ君を傷つけさせたり…」
「あれー。泣いてる、もしかして?」
「全部テルルちゃんがやったのッ?!」
「…ヘンなの。そーだよ、あたしがやったの」
「どーして…」
「ふふっ。リンドちゃんには教えてあげちゃお。あーのね、世界を、変えるの」

 テルルは無邪気な笑顔で両腕を広げた。

「世界を」
「変える…」

 リンドとノルラッティが繰り返す。
 チャーリーは無言でテルルを見つめている。

「そっ。ふふ、わかんないってカオしてる。あたしもね、わかんなかった。でも」

 テルルはにっこり笑って大きくうなずいた。

「わかっちゃったんだ! シードさんに、聞いてね…」
「シード?!」

 ノルラッティが言うと、その言葉をどう解釈したのか、テルルは嬉しそうにまた首を縦に振る。

「あたし、シードさん大好き。だからお手伝いするの。どうして怒るの?」
「テルルちゃんじゃないよ…そんなの、リンドの知ってるテルルちゃんじゃないよッ! おにいちゃんをどうしたの? トーザさんはッ? どこなのッ?!」
「知らなーい。あの二人はウォズさんの担当だもん。でも、まだ殺さないんだって。テルルも殺さないよ。その代わり、そっちの人が持ってる緑色の宝石が欲しいなぁ」
「触れないよ。ノルラッティさんにしか触れないんだから」
「触らないもん。教えてくれたんだ、シードさん、普通の呪文じゃ宝石をどうすることも出来ないけど、特別な呪文があるの、宝石を飛ばせる」

 ノルラッティは思わず片手で胸を押さえた。
 失くしてはいけないと、布の袋に入れて紐をつけ首から下げて持っていた。
 こうしておけば盗まれる心配はまずないし、それにノームの加護のせいか心が安らいだ。
 もちろん今はそんな力を感じている暇もないが。

「それでガールディーさんトコに送っちゃうの。あたしのお仕事はとりあえずそれでおしまい」
「お願い、そんなコトやめて! ねえ、たくさんの人が傷ついちゃうんだよ、その石が揃わないと。世界が壊れるんだって! やめようよ!」

 リンドが懸命に説得を試みるが、テルルは黙って首を左右に振り、目を閉じて呪文の詠唱を開始した。
 同時に村人達がまた武器を振り上げる。

「ノルラッティ、空に逃げてて」

 チャーリーが振り返る。
 ノルラッティはうなずいた。

「ただし、私の姿の見える所にいるんだ。いいね?」
「…はい!」

 ノルラッティがリンドを抱えて上空に逃げたのを見届けてから、チャーリーは雪を蹴ってテルルに向かい走り出した。

 中年男が進路を塞ぐ。
 チャーリーは脇を擦り抜けた。
 男が持っていた包丁を擦れ違いざまに突き出す。
 その刃先は正確にチャーリーの脇腹をえぐった───が、彼女は全く気づかなかった様子で走り続けた。

 チャーリーが勢いよく両手を伸ばす。
 青白い雷撃の光がほとばしり、飛び出した雷球が一直線にテルルに突き進む。

 瞬間、テルルがぱっと目を開けた。
 ぱたっと詠唱を中止して底抜けに明るい声で言う。

「わーかった♪ 何だ、ちょっと驚いちゃったよ」

 真っ向から迫り来る雷球をテルルは微笑さえ浮かべて見据えた。
 それを見たチャーリーの表情が失意に歪む。

 雷撃魔法はテルルの身体を突き抜け───擦り抜けた。
 あたかも何もない空間を通過したかのように。

「ふふっ。まさかと思ったんだ。チャーリーさ・ん♪」

 テルルが無邪気に声をかけると、チャーリーはガックリ首を垂れ、両手をだらりと下ろして力無く立ち尽くした。
 …直後、彼女の姿は霞み、ゆっくりと薄れて消え去った。

「えッ?!」

 ノルラッティが思わず声をあげる。
 そんな彼女の胸に、リンドが怯えたように頭を押しつけて来た。
 ハッと気づいて、ノルラッティはリンドを見下ろした。

「リンドちゃん、すごいね。ちょっとみない間にあんなにウデ上げたんだ。あのチャーリー・ファイン、ホンモノみたいだったよ♪」

「リンドさんの…幻術?」

 ノルラッティの呟きに、リンドはかすかにうなずいた。

 看破された幻はたちどころに消えてしまう。
 火炎魔法で壊されたハズの建物もすっかり元に戻っていた。
 あれもまたリンド・エティフリックの幻術のなせる業だったのだ。

 言い知れぬ脱力感に、いつの間にかノルラッティの足は地についていた。
 リンドも自分の足で地面に立っている。
 しかしノルラッティにしがみついたまま顔を上げようとはしない。

 にこにこ笑いながら、テルルは両手を後ろに組んだ。

「そっかぁ。それじゃ…リンドちゃんもほっとけないなぁ。イリュージョナーッて案外厄介だもんね…」
「…あなたは…」
「殺しちゃおっと」

 台詞の意味するところとはまるで正反対のかわいらしいその声に反応して、一斉に村人達が襲いかかって来た。

 ノルラッティはリンドを包み込むように上体を屈めてから、緑の竜に姿を変えた。

 衝撃波に人々が吹き飛ばされる。
 緑竜のすぐそばにただ一人リンドがうずくまっていた。

 ノルラッティがそっと彼女に手(前脚)を差し伸べようとしたとき、不思議なことが起こった。
 グリーン・ドラゴンの胸のあたりが急に強い光を発した。
 光は輝きを増して広がり、優美なヴェールのようにその身体をすっぽりと覆う。

「あッ!」

 テルルが慌てて火炎を放つ───チャーリーにも劣らないだろう大きさと熱さの火球がノルラッティを直撃する。

 緑竜は首をもたげてそちらを向き、攻撃された箇所を確かめるように見つめた。
 ドラゴンのウロコは元々あらゆる攻撃に対する防御力が優れているから、かなり強力な魔法が命中しても軽く撫でられたくらいの感触しかない。

 ところがさっきはそれもなかった。
 まったく何も感じなかった。

 何なのかしら、この光?
 あったかくて、軽くて、心を落ち着かせてくれる…。

 それ以上考えるゆとりはなかった。
 テルルがドラゴンに変わる。
 グリーン・ドラゴンよりも若干小さめのブラック・ドラゴン。

 衝撃で宿屋の玄関は半壊している。
 ギンレイも雪の上に倒れて気絶している。
 ギンレイだけではない。
 テルルがドラゴンになると同時に、フォーバルはじめ村の人々も次々と倒れていった。
 術が解けたのだ。

 二頭のドラゴンは少しの間すぐそばで睨み合ったが、やがてブラック・ドラゴンが背中の翼を広げて舞い上がった。

 緑竜は黒竜の姿を瞳で追いつつも、リンドを庇うためにその場を動かない。

 十分な高度をとったところで、ブラック・ドラゴンは静止した。
 グリーン・ドラゴンが身構える。
 黒竜が首を差し伸べ、白い電弧の走る雷撃を吐き出した。

 驚きに緑竜の反応が半瞬遅れる。
 サンダーブレスは非常に珍しい。
 一瞬後、ノルラッティはブリザードブレスで応酬した。

 雷光と冷気が空中でぶつかり合い、二、三秒押し合った後、爆発して消える───いや、ブリザードブレスが押し勝った。

 冷えた刃がブラック・ドラゴンを襲い、テルルは悲鳴をあげた。
 竜のウロコも同じ竜のブレス攻撃に対してはそんなに強くはない。
 加えて、テルルはこれまでドラゴンのブレスを浴びたことなど一度もなかった。

 初めてその身に受けた傷の鋭い痛みに、テルルの変身が解ける。

「う〜…よくもっ! …もうっ、シードさんに言いつけちゃうんだからッ! ばかぁ!」

 ひとしきり喚いてから、テルルはゆらりと空気に溶けるように姿を消した。

前にもどる   『the Legend』トップ   次へすすむ

Copyright © 2001 Kuon Ryu All Rights Reserved.