第15章−5
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建物の二階にある宿泊客用の部屋に防寒用のコートやら手袋やらを置いてから、トーザ達は改めて一階へ降りて来て一旦食堂に集まった。
ノルラッティとリンドはギンレイの手伝いをするからとキッチンの方へ行ってしまい、木のテーブルのまわりにはトーザとラーカだけが残される。
トーザが何となく眺めやると、ラーカは難しいカオをして頬杖をついていた。
両腕があれば腕組みの一つでもしたいところなのだろうが、出来ないから仕方なくそうしているといった雰囲気だ。
トーザの視線に気づいたのか、ラーカが不意にこちらを向いた。
「…あのな、トーザ。お前達がどう思っているのかは知らんが…」
慎重に口を開く。
「オレ達は卑怯な手は好まない。邪竜人間族には邪竜人間族の…『闇』の竜としてのプライドがある。ドラッケンは何度も戦争を仕掛けて来たけど、奇襲したり無抵抗の人間を殺したりしたことなんて一度もなかった。…それは、リンドにも何回も話して来たんだ」
言葉を切り、わずかに表情を曇らせる。
「それがオレ達の誇りだ。卑怯な戦いはしない。正々堂々としたやり方で得た勝利こそが真の勝利…そう考えてる点では、オレ達だってバハムートと同じなんだ。なのに…」
「ガールディーのせいだと言いたいのでござるか?」
トーザの顔も知らず険しくなっていた。
あまり面識はなかったが、もしラーカが彼のことを非難するつもりなのであれば自分には反論する義務があると思っていた。
親友の魔法の師匠であり、育ての親なのだ。
今気づくと、ガールディーの素性もチャーリーの過去も何一つ知らないに近いトーザではあったが。
「いや。オレが気になるのはむしろ、ガールディーと一緒にいた『白い髪の魔道士』の方だ。ガールディーもアイツに操られてるんじゃないかって気がする」
「あのガールディーを操るほどの力を…」
その魔道士が持っているというのでござるか。
続けようとして、トーザははっと息を呑んだ。
ガールディーは『闇』に憑かれてしまったに違いないと、チャーリーやコランドは言っていた。
とすると。
もしかすると、その魔道士こそが『闇』?
もしくは、それに近い、何か常識的理解のレベルを超えた存在なのではないか。
不意にそんなことが閃いたのだ。
「ガールディーはまだ完全にはオレ達の敵じゃない。オレ達が皇子を地下牢からお助けしたとき、こっちに来ようとした白髪の魔道士をアイツは引き止めたんだ」
トーザの脳裏に、チャーリーの腕を暗黒魔法で撃ち抜いた後の妙に呆然としたガールディーの様子が一瞬だけ蘇った。
わからないけど、もしかしたら…あのガールディーの中に、少しでも本来の人格が残ってるなら───。
続けられた、チャーリーの気弱な台詞。
水盤に浮かんだ、『もって三カ月』の文字。
「…ガールディーとその魔道士を引き離すことは出来んでござるかな」
「離したところで無駄だろうな。高度な催眠術は距離に関係なく相手の精神を支配し続ける。かけられてる奴が自力で術を破るしかない。…それが出来るんなら、ガールディーはアイツの言うなりにはなってないだろう」
「魔道士を倒すというのも、難しそうでござるな…やはり、宝石を八個集めるのが早道なんでござろうな」
「ところで…宝石を八つ集めたら、具体的にはどうなるんだ?」
「は?」
ラーカの素朴過ぎる問いに思わずきょとんとしてしまうトーザ。
「だから、揃えたら…『光』の精霊みたいなのが出て来るのか? それとも、石が合体して特殊なアイテムにでもなるのか? まさか竜の神様が出て来て何でも願いを叶えてくれるワケじゃないだろ」
「それは…考えたこともなかったでござる」
言われてみれば、一体どういうことが起きるのかとても気になる。
チャーリーやコランドは知っているのだろうか?
「一体何が起きるんでござろう…」
「ごはん出来たよ〜!」
明るい声が響いて、ノルラッティとリンドが入って来た。
二人ともそれぞれ両手で長方形のトレイを持ち、具だくさんのシチューと焼きたてらしいパンがそれぞれ温かな湯気を立てている。
「見て見ておにいちゃん、このにんじんリンドが切ったんだよ」
リンドはテーブルの上に置かれた皿の中のお星様の形をした人参を指した。
「だから残さないで食べてね。絶対だよ!」
「お前…オレがニンジン嫌いなコト知ってて…」
「でね、トーザさんのはお月様の形なの」
兄が情けないカオをしているのになどお構いなしに、得意気にトーザに向き直る。
「…満月でござるな」
チャーリーやヴァシルならこれはタダの輪切りって言うんだよと情け容赦もなく突っ込むところだが、心根の優しいトーザは笑顔で話を合わせてやる。
「リンドさん、とっても手先が器用なんですね。私の人参はハート型なんですよ」
ノルラッティが微笑みつつ言う。
そこへ、ギンレイが銀色の金属の容器を両手で提げて持って来た。
バケツにしては口が少しばかり広すぎるその入れ物の中には、戸外の白い雪が詰められており、その中には何本かの瓶が上三分の一だけ覗かせて埋め込んである。
こうして飲み物を冷やしているらしい。
「すぐグラスをお持ちしますね。リンドちゃんにはジュースで…他の方はワインでよろしいですか」
「あ。私は、お水で結構です」
「拙者も、ワインは遠慮するでござる」
「何てワインだ?」
ギンレイは容器を床に置くと、雪の中から一本のボトルを引き出してラベルを確認した。
「『夕闇の果て』です」
「そいつはちょっとキツいな…明日一日寝てりゃいいんならいただくトコだが」
「では、『黄昏の鳥』はいかがです?」
「悪くねェな…そんじゃそっちをもらおうか」
「飲み過ぎないでよ、おにいちゃん」
「わかってるって」
「それからにんじん残さないでね、カッコ悪いから」
「………」
妹にそういうことを注意されているというそれ自体がすでに十分カッコ悪い。
トーザとノルラッティが微笑すべきか苦笑すべきか迷ったそのとき、キッチンではなく玄関ホールに続く戸口の方で−今ノルラッティ達の入って来たのと別のドアの所で−物音がした。
全員が注目する。
視線の先に立っていたのはレイドフォードだ。
頬を真っ赤にして、ラーカとリンドを睨みつけている。
「レイ! お客様なのよ!」
「なんでこんな奴ら泊めるんだよッ!」
「レイッ!」
姉の怒鳴り声にも怯まず、レイドフォードはテーブルに駆け寄るとラーカの前に置かれていた皿を掴んで思い切り床に叩きつけた。
大小の陶器のかけらが飛び散り、当然シチューも床にぶちまけられて台無しになる。
「何てことをするの!」
弟に近づこうとしたギンレイを、ラーカが素早く制した。
その間に、リンドがレイドフォードの前に出る。
正面から見据えられ、レイドフォードはわずかにたじろぐ気配を見せた。
しかし表に出した敵意は引っ込めない。
「なんだよッ! 出て行けって言っただろ! お前らなんて、この村に───」
「レイドフォード君!」
レイドフォードの剣幕に負けじと大声を張り上げるリンド。
相手は毒気を抜かれたように、ポカンとなって彼女を見返した。
直後、リンドはがばっと身体を二つに折って深く頭を下げた。
「ごめんなさいッ!!」
「…え…?」
「話はギンレイさんから聞きました。あんなことのあったすぐ後じゃ、ドラッケンを嫌いになるのも当たり前だよね。もしリンドが君だったら、雪玉ぶつけるくらいじゃ気が済まないよ。当たり前だよね。…でも」
リンドは顔を上げると、真紅の瞳でレイドフォードを見つめる。
「信じてもらえないかもしれないけど、ドラッケンって普通だったらそんなずるいコトは絶対にしないの。弱い者を痛めつけたり、いきなり剣を抜いたりなんてコト、絶対に…。リンド達のこと、誤解しないで。あれはリンド達のやったことじゃないの!」
「それを証明するために、オレ達が責任をもってお前の親父とお袋を助け出して来てやるぜ、坊主」
妹の言葉が終わるのを待ってラーカが付け足した台詞に、レイドフォードは信じられないと露骨に言ってるような眼差しをそちらに向けた。
「ほ…本当? 本当に、父ちゃんと母ちゃんを…」
「約束するよ。リンド達が悪者じゃないって、わかってほしいから」
レイドフォードは半信半疑の瞳でリンドとラーカを見比べてから、何かを問いかけるように姉を見上げた。
ギンレイが無言でうなずくのを見届けてから、レイドフォードは複雑な表情でリンドに向き直る。
リンドに力一杯謝られて、頭に昇っていた血が下がったところで、言われるまでもなく別にリンド達が悪いワケではなかったと思い当たったのだろう。
村を襲ったのは全然別の奴らだった。
ちゃんとわかってたハズなのに、赤い髪と瞳を見たらついカッとなってしまって…。
だけど、謝ったものかどうか決めかねている表情でもある。
口先だけで自分の機嫌をとろうとしているのかもしれない。
まだ信用なんて出来ない。
彼らが味方だとまだ決まったワケじゃない。
…でも、自分はちょっとひどかったかも、しれない…な。
「ごめん」
レイドフォードはぼそッと短く呟くと、床にしゃがみ込んで皿の破片を拾い出した。
「ダメだよ、指切っちゃうよ」
リンドが慌てて止める。
「レイ、私がやるから。あなたはグラスを持って来て」
「…おにいちゃん、新しいの持って来るからね。にんじんシチュー」
「………」
オレが何をしたって言うんだと問いたい気分のラーカであった。
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