第8章−1
《第八章》
(1)
小屋からかなり離れた草原へ、チャーリーは着地した。
そこからさらに少し離れた所へホワイトドラゴンが降り立ち、その背の上からヴァシルとトーザが左右に飛び降りる。
その後でサイトが元の姿に戻り、三人はチャーリーに歩み寄って来た。
チャーリーは目を細めるようにして周囲を注意深く見回している。
心地よい風に吹かれてさわさわとなびく若々しい緑の草原…なだらかな起伏の向こうで銀の光を反射する湖…変わりなく建っている小さな木の家、頭上に広がるのは清々しい空色の空。
のどかすぎるくらいにのどかな風景。
「…あのモンスター達は、どこに行ったんでしょう…」
サイトが呟く。
チャーリーは黙って首を振る。
どこかに隠れているとは考えられない。
隠れられるような地形ではないし、それほど広い島でもない。
しかし、それでは一体どこへ…?
…気にはなったが、答えが出るまで立ち止まっている必要もない。
四人はとりあえず、ガールディーの小屋の方へ歩き出した。
☆
木戸が閉まっているのを見て、チャーリーは足を止めた。
自分が飛び出して来た後、このドアは開けっ放しになっていなければおかしい。
自然に閉まったのだろうか…それとも、中に何かいるのだろうか?
「…人の気配がするぜ」
右斜め後方でヴァシルが小声で言う。
トーザとサイトも険しい視線をぴたりと閉ざされたドアに向けている。
中に何がいるのか…見当もつかなかったが、とりあえず開けてみるしかない。
しかし、突然開けるとドアの向こうで息を潜めて待ち構えているかもしれない何者かの奇襲を受ける可能性がある。
予測出来る単純なテに引っかかるのはつまらない。
チャーリーは三人を振り返ると、ドアの前から離れるように手で合図した。
そうしておいて、きりッと表情を引き締め、おもむろに手袋をしていない右手を上げて…。
とんとん。
「ガールディーいるー? 聞きたいコトがあって来たんだけどさぁ」
軽〜いノリで呼びかける。
あっけにとられてなりゆきを見守っている三人とは対照的に、チャーリーは真剣そのものといった視線を油断なく木戸に向けながら、二、三歩後退った。
中にいるのがもし悪意を持つ者なら、反応ナシか、ドアの向こうからいきなり攻撃をかけて来るか…。
もし、悪意のない者なら。
ドアが中から開けられた。
身構えるチャーリー達の前にひょいと顔を出したのは、敵意のかけらもなさそうないたって普通の少女だった。
「あれッ? もしかしてチャーリー・ファインさん?」
優しそうな声で言って、彼女は表に出て来た。
四人はホッと肩の力を抜いて−それでも最低限の注意は怠らずに−その少女と対峙した。
「君は…?」
チャーリーが問うと、少女はちょっとだけ気まずそうな顔になって、それからぺこっと頭を下げた。
「ごめんなさい、勝手に入ってしまっていて…私、イブ・バームと言います。魔道士です」
姿勢を元に戻すと、肩の上できれいに切り揃えられた、柔らかそうな髪の毛が小さく揺れる。
薄い栗色の髪は陽光の当たり具合で金色に見えたりもした。
レンズの薄い縁なしの眼鏡の奥からは、鳶色の穏やかな瞳が四人を見返している。
紫色の上衣に、白いズボンと焦茶色のブーツを履いている…ありふれた普通の格好だ。
「イブさん? どうしてここへ?」
「いえ、その…何だか正直に言うのは申し訳ないようなんですけど正直に言いますと、ガールディーさんがいなくなってこの島は何か変わったかなァ、なんて見物に来たんです。情けない理由でスミマセン」
「け…見物…?」
絶句するチャーリー。
これはもしかして怒ったのかもしれない、と不安になったサイトが彼女の顔を覗き込むよりも早く。
「お金取れるかな?」
イブに意見を求めている。
「そーゆーコトを言ってる場合ではござらんよ…」
「…と、ところで、この島にはモノすごい数の魔物がいたハズだけど、あれはどうしたの?
ひょっとすると、君が一人で片付けたとか…」
「魔物、ですか? そんなの一匹もいなかったですよ。それに私、一人でここに来たんじゃありませんし」
「中にまだ誰かいるの?」
「はい…あッ、ここってチャーリーさんのお住まいだったのに外で立ち話させるのってやっぱおかしいですよね。気が利かなくてスミマセン…どうぞ、中へ入って下さい…って私が言うのもやっぱりおかしいんですけど、とりあえず入りましょう」
中に入った途端、横手から仲間が襲いかかって来る…とかいう可能性もまずなさそうだ。
もし中にいる仲間に不意討ちをさせるつもりだったらその存在は隠しておくハズだし、第一イブからはまるで敵意が感じられない。
魔道士としての実力も中位の少し下ぐらいのレベルに留まるだろう。
特に警戒しなければならない人物には見えなかった。
四人は何気なく顔を見合わせてうなずき合うと、ともかく小屋の中へ入ることにした。
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