第8章−3
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(3)

「変な人?」

「ええ。背の高い男の人で、魔道士だって言ってましたから、もしかしたらその人がチャーリーさんの言ってるモンスターを片付けちゃったのかもしれませんね」

 まさか。
 生半可な数じゃなかったんだぞ。

 そう思ったが口には出さなかった。
 彼女の言葉を否定したところでどうにもならない−イブの機嫌を損ねるだけだろう。
 それに、否定する根拠もない。
 肯定する根拠がないのと同じように。

「その人の名前は?」

「訊かなかったんです。というか、その人の雰囲気に呑まれて訊けなかったというか…」

「どんな格好してた?」

「格好ですか? …えっと、長い真っ黒なマントの上に、分厚い革のショルダーアーマーを着けてて…髪は黒くて、私と同じような髪型で」

「妙ににこにこと愛想が良かっただろ、そいつ」

 ヴァシルが思いついたように口を挟むと、イブはビックリしたような顔でそっちを見た。

「よくわかりましたね。お知り合いの方なんですか?」
「オレじゃなくて、チャーリーがね」

 からかうような口調。
 イブが視線を戻すと、チャーリーは右手を額に当てて疲れ果てたようにうなだれていた。

「一体誰のことなんでござるか?」

「前に話してやったコトがあっただろ、健忘症の魔道士のコトだよ。アイツ、きっとチャーリーを探してたんだな」

「へえ、当たってますよ。チャーリーさんがここにいると思ったんですけどねぇ、って言ってましたから」

「…それで、君達は何て言ってやったの、そいつに」

「え…その、チャーリー・ファインさんが住んでるのはシェリイン村じゃないんですかって。そうしたら、じゃあそっちに行ってみますって出て行っちゃいましたよ」

 当分シェリインには戻らないでおこう、とチャーリーは思った。
 …いや、『彼』がマトモにシェリインに行き着けたとは思えないが…。

 チャーリーはその魔道士が苦手なのであった。
 どこがどうだから苦手だとか、そういうレベルの問題ではなく、彼の存在自体が彼女は苦手なのである。

 …しかし、チャーリーはちゃんと『彼』の力を認めてはいる。
 とぼけた態度と頼りなげな風貌の奥に秘められた実力がどんなものなのかはよく知っていた。
 彼ならあるいはあの魔物達を一掃出来たかもしれない。

「…ま、まあ、もういないんだったらそれでいいか」

 無理に明るく言って顔を上げる。
 いなくてよかったのはおびただしい数のモンスターのことか、それとも物忘れの激しいあの魔道士のことか。

 あえて明らかにはしないまま、チャーリーは部屋の奥−台所の方に目をやった。

「だったら、ヴァシル達を連れて来ることなかったかな。…サッサと地図を取って戻ることにしよう」

「地図? 何の地図ですか?」

 イブが鳶色の瞳を興味深げに輝かせる。

「八つの宝石のありかを記した地図のことだよ」

「八つの宝石?」

 答えたヴァシルの方を振り返る。
 トーザは八つの宝石と八人の勇者のことを簡単に説明してやった。
 その間にチャーリーは台所に入って行く。
 暇を持て余したサイトは、戸口の所に立ったまま何となくメールを観察してみた。

 メールはまた椅子に深々と身体をもたせかけ、しっかりと腕組みして、イブの背中を眺めるともなく眺めているようだった。
 トーザの説明に耳を傾けているのかもしれない…それとも、何か全然他のことを考えているのかもしれない。

 掴みどころのない人だ。

 サイトはまず、そう感じた。

 視線も、思考も、どこに向けられているのかまるでわからない。
 自分達に対して敵意を持ってはいないようだったが好意を持っているワケでもないような…?

 イブが人当たりの良さそうな笑顔を絶やすことなく愛想良く自分達に接すれば接するほど、メールのよそよそしい態度が浮き彫りになるような気がした。

 よくわからない人だ…でも、どこかチャーリーさんに似ているような……?

 そのとき、メールの視線が空間を滑るように移動して、サイトの方に向けられた。
 二人の視線が思いっきりぶつかる。

 サイトは驚き思わず身を堅くした。

 …高い所から下を覗き込んでいるときにいきなり後ろから押されたような恐怖…それに酷似した感情が全身を貫いた。
 視線を逸らすことも忘れて立ちすくむ。

 メールはわずかに笑ってみせたようだった…そしてそれは、じッと見つめていたサイトにすらはっきりとは認識されないほどのかすかな笑みで…実際、メールの表情にはほんの少しの変化も現れてはいないようにしか見えなかったが、サイトには何故かそのとき彼女が微笑んだような気がした。

 どうリアクションしていいかわからず、うろたえたようにサイトが顔を背けたとき、チャーリーが台所から戻って来た。

 両手で銀色の四角い箱を持っている。
 一辺が二十センチ程度の正方形のものだ。
 高さはせいぜい五センチどまりだろう。
 ハーブの入れ物にしては大き過ぎるような気もした。

「ったく、ハーブの入れ物ったって、五、六箱はあるんだから…」

 言いながらテーブルの上にその箱を置き、蓋を開けた。

「その箱の中に?」

 サイトはやや速足になって、テーブルの方に歩いて行き、チャーリーの横に立った。
 ヴァシル達もどれどれと見に来る。
 ただ一人メールだけはまったく同じ体勢で椅子に座り続けていた。
 興味がないのか、動くのが面倒なのか…イブはちょっとだけ友人の方に目をやったが、すぐにテーブルの上に向き直った。

「この中かどうか…もっとも、あとハーブの缶っつったらコレしか残ってないからね」

 他の箱は台所で調べて来たらしい。
 箱の中には同じような銀色をした小さな箱が四つきちんと並べて詰められていた。
 箱をしまう為の箱であったのなら、大き過ぎたワケでもなさそうだ。

 四つの箱の内の一つを取り出す。
 …確かに、下には紙が敷かれていた。
 残り三つを急いで取りのけて、正方形のその紙を取り出した…が。

「あれッ?!」

 チャーリーは思わず大声をあげた。

「何にも書いてねーじゃねぇかよ」

 ヴァシルが言う…その通り、その紙には何一つ書かれてはいなかった。
 普通の紙よりも若干厚めに漉かれた、しっかりとした手触りのその紙は情けなくなるくらいに真っ白だった。

「………」

 両手で紙を広げたまま次の言葉を失ってしまうチャーリー。

「…騙されたんでござるか?」

「あ。ひょっとしたらあぶり出しかも」

 イブが無責任な思いつきを口にした。

「あぶり出しでも、うっすらとは書かれてあることが見えるハズです」

 サイトが真面目にその考えを否定する。

「…? もしかすると、コレ、罠だったとか…?」

 ぼんやりとした口調でチャーリーが呟く。
 トーザとサイトはハッと顔を見合わせた。

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