第8章−7
         10 11 12
(7)

 ウィプリズが一種の優雅ささえ漂う仕草でさッと手を振り下ろすと、氷の剣が数本出現し、大気を斬り裂く鋭い音をたてながらチャーリー一人に向かって来た。

 トーザが地面を蹴って動き出す。

 立ちすくんだようになっていたイブに駆け寄り、その腕を掴むと、乱暴なくらいの勢いで左側に引っ張った。
 途端、さっきまでイブの立っていた地面を割って先の尖った氷柱が天に向かい突然伸び上がった。

 イブの立っていた所ばかりではなく、他にも数カ所から同じような柱が立ち上がっている。
 チャーリーが両腕を交差させて前方に突き出すと、そこから熱の波動が放射され、目前まで迫っていた氷の剣と氷柱とが瞬時に気化され消し飛んだ。

 ウィプリズの足が屋根から離れる。
 チャーリーもそれを追うように垂直に飛び上がった。

 トーザはとにかくイブを小屋の中に押し込むと、視線を巡らせてメールの姿を捜した。
 …メールは突然の展開にもまるで動ずることなく、冷静な目で上空のチャーリー達を見上げている。

「メール殿…!」

 身の回りの一連の出来事を、まるでどこかうんと遠い場所で起こっていることででもあるかのように感じているらしく、メールはチャーリーやウィプリズやレフィデッドの流れ弾ならぬ流れ魔法がいつ直撃してもおかしくはない危険な場所に、無防備きわまりない体を晒して平然と立っていた。
 トーザは慌てて走り寄ると、メールの上衣の袖を引いた。

「ここは危険でござる、イブ殿と一緒に小屋の中へ、早く!」

 間近で言われて、メールはビックリしたような顔をトーザの方に振り向けた。
 気持ち良く昼寝しているところへいきなりバケツ一杯の水を頭から被せられたときに見せるような驚きの表情−は、トーザがハッキリそうと認識する前にサッとかき消えて、メールは曖昧に笑ってみせた。

「ああ、そうですね。危険ですよね、早く中に入りましょう」

「………?」

 釈然としないものを胸に残したまま、トーザはとりあえずメールも小屋の中に入れ、自分はドアがなくなってしまった戸口に立ってカタナの柄に手をやったまま皆の様子を見守ることにした。
 チャーリーの方にはどうせ加勢には行けないし、ヴァシルとサイトの方でも自分の出番はなさそうだ。
 もし危ないようだったらすぐさま応援に駆けつける気ではいたが、おそらくその必要もないだろう。

 トーザの考えている通り、いかに相手がアンデッドであっても中位の魔道士ごときヴァシル達の敵ではない。
 海辺の洞窟のときのように数が多いのは、それはやっぱり問題だが、相手は一人なのだ。
 そしてこっちは二人。
 これで負けたらどうかしている。

 レフィデッドが口の中で呪文を唱えながら後退り、二人から距離をとる。
 自分の魔法に巻き込まれるのを避けるため───つまり、次にはかなり強力な呪文を準備している、ということだ。

 サイトは腰に提げた剣をすらりと引き抜いた。
 ヴァシルが油断なく身構える。
 それから一呼吸ほど後。

「テジャス・ド・トーディ!」

 レフィデッドが不意に叫んだ。

 途端、彼のまわりの地面に右回りに輪を描くようにしてすさまじい火柱が噴き上がった。
 サイトは素早く飛行呪文で空中に逃れ、三メートル程度の高さにまで伸びた火柱を避け、ヴァシルは魔法が発動する寸前に一瞬の判断で輪の中に飛び込んでレフィデッドに向かって行った。

 赤髪の魔道士がヴァシルに向き直る。
 周囲の炎の照り返しを受け、その頬は生者のそれのようにほんのりとした赤みを帯びて見えた。

 だが、その瞳には消すことの出来ない死の陰りがある。
 深く立ち込めた霧のように濁った紅の瞳…もはや何を映すこともない、ただのガラス玉だ。

 レフィデッドが両手を上げようとする───前に、ヴァシルの拳が彼の側頭部、左耳の上辺りに叩き込まれた。
 骨の砕ける嫌な感触が伝わって来て、拳が痺れた。
 細身の魔道士は地面にもんどりうつように倒れる。

 まわりを囲んでいた炎はいつの間にか消えていた。

 久しぶりに思いっきり殴ったな…けど、どうせまだ死んじゃいねーんだろ。
 …いや、もう死んでるんだから、その言い方はおかしいか…?

 心の中で呟きながら、ヴァシルはレフィデッドから離れる。
 早くも起き上がろうと動き始めている相手から視線は外さずに。

「テージ・エイド・ドーマ!」

 頭上で声が響き、天空から一本の鋭い槍のように降って来た白い稲妻がレフィデッドの背中にマトモに落ちた。
 突然の雷撃を食らい、相手は一瞬身体を硬直させて動きを止めた。
 が、それはあくまでも一瞬のことで、またすぐに何事もなかったかのように起き上がると、今度はちゃんと立ち上がってヴァシルに向き直った。

「魔法じゃダメなんですか?」

 サイトがヴァシルのすぐ近くに着地して問う。

「ダメッてワケじゃないだろ。一発で吹っ飛ばせるんだったら」
「…私にはまだ無理ですね」

 サイトは剣を構え直した。
 銀の刃が陽光を反射し強い光がレフィデッドの目を射たが、彼は眉一つ動かさなかった。

 ヴァシル達が次の行動に出ようとしたまさにそのとき、予期せぬ方向から爆発音がして強い風が息の出来なくなるような圧力で彼らを包み込んだ。
 腕で顔を保護しながらそちらを見やる。

 草の上にウィプリズが倒れていた。
 かなりの傷を負っている様子だ。
 少し離れた上空には、腕組みしてそれを見下ろしているチャーリーがいる。

 魔法の撃ち合いに負けてはたき落とされたのだろう。
 もとより、至近距離で撃ち合ってチャーリーに対抗出来る魔道士などそうはいない。

 レフィデッドも動きを止めてウィプリズの方を見つめていた。

「…やはり、私のかなう相手ではないな」

 ウィプリズはやけにあきらめが良かった。
 自虐的に…というわけでもない、いたって普通の口調でそう言いながら、細い杖にすがるようにして立ち上がる。
 ウィプリズの方は相当なダメージを受けているにも拘わらず、杖には傷一つついていない。
 見かけよりもよっぽど頑丈な材質で出来ているのだろう。
 何とか立ち上がった彼の目は相変わらず閉じられたままだ。

「そんなのは最初っからわかってたじゃない」

 にべもなくチャーリーが言う。

「…そうだな。それでは、そろそろ切り札を出させてもらうとするか」

「…切り札?」

前にもどる   『the Legend』トップ   次へすすむ

Copyright © 2001 Kuon Ryu All Rights Reserved.