第8章−11
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サイトは地面に降りると、犬のようにおすわりの姿勢で翼を畳んで皆を見下ろした。
こうしているとサイトの身長(体長?)はヴァシルの二・五倍くらいのものなのだが、翼を一杯に広げて空にいるときにはもっと大きいように見えてしまうのが不思議だった。
太陽の光を純白のウロコが反射して輪郭をぼやけさせてしまうせいかもしれない。
…そういう風にしていると、竜とはいえ、結構かわいい。
首を垂れている姿はどことなく子犬に似ていた。
「まいったなァ…どうしちゃったっての?」
チャーリーが腕組みして見上げているところへ、トーザとイブよりワンテンポばかり遅れた感じでメールがひょいと出て来た。
チャーリーの隣に立ち、サイトの姿を見て歓声をあげる。
「ああ、これが噂のホワイト・ドラゴンですね。−いや、コレだなんてちょっとばかり失礼でしたね。あんまり珍しかったものでつい…やっぱり話に聞く通り綺麗なんですねぇ。少し触ってもいいですか?」
言いながらサイトの足元にまで歩いて行って、ぺたぺたと両手で触り始めた。
戸惑ったように見下ろすサイト。
イブが慌てて引き戻しに行こうとするのを、チャーリーが片手で制した。
「メールさん、サイトが元の姿に戻れなくなったなんて言ってるんですけど、どうしたもんでしょうか」
「へ? ああ、それは心配いりませんよ。ホーリー・ブレスを使ったショックのせいです。さっきのあのブレスは善竜人間族が本来体の中に持っている『光』の力を圧縮させて吐き出すものなんですが、威力がものすごいですからね、使い慣れていないと色々障害が起こるようですね。大丈夫、十分もすれば自然に人間の姿に戻ります。ただ、戻ったあと五、六時間は変身出来ないでしょうけどね」
答えながらも、メールは熱心にサイトのツメやウロコを調べていた。
ホワイトドラゴンはただただ情けない顔でされるがままになっている。
「やけに詳しいんだな?」
ヴァシルが感想を漏らす。
すると、メールはくるりと彼の方を振り返って、
「セージですから」
愛想よく言い放った。
「でも、ビックリしちゃいましたよ、私。ドアの方…ドアのあった方に目を向けたら、いきなりパアッて明るくなって、何がなんだかわからないうちに全員倒れてて。ホーリー・ブレス…浄めのブレスですね。アンデッドを一撃で倒す。私、ドラゴンを見たのもブレス攻撃を見たのも初めてです」
イブが弾んだ声で言う。
頬は上気してほんのりと赤みが差していた。
今にも泣き出しそうに脅えていたと思ったら、突然腹を立ててメールにつっかかっていったり、こんな風にはしゃいでみせたり…相当感情の起伏の激しい人物のようだ、とトーザは感じた。
メールもイマイチよくわからない性格だし…考えてみれば、チャーリーの性格だって決して普通とは言えないし、こう言っては何だが普通とは何だろうと考える以前のところでマーナもなんとなく…どこが、とは言えないけれど、そこはかとなくおかしい。
結局いくらかでもマトモだと言える女性がノルラッティしかいなさそうだということに気づいて、彼はちょっとの間一人で気まずくなっていた。
そのノルラッティにしても実際はどんな人物なのかまだ全然わからないワケだし…もしかすると、これがかの有名な『類は友を呼ぶ』現象だろうか。
つまり、チャーリーが性格破綻者だから、残りの皆も…なんてな恐ろしいコト、それ以上考え続けられるワケがない。
トーザは早々に思考を打ち切ると、アンデッド兵士の死体−というのもおかしな言い方だ、アンデッドは元々死体のようなものなのだから−の山に歩み寄って行った。
さっきイブはドラゴンを見るのは初めてだと言ったけれど、人間族なら少なくともゴールドウィン王のお気に入りの飛竜を見たコトぐらいはあるに違いないのにな…それとも、彼女の中では竜と飛竜は別物なんだろうか、そんなことを考えながら。
「…メールさんは、何の研究をしてるんですか?」
ふと思いついたようにチャーリーが言葉をかけると、サイトのウロコを、一枚剥がして持って帰りたそうな目で見ていたメールはハッと顔を上げた。
「すいません、何か言いました?」
「メールさんの専門は何です?」
何故かメールに対すると丁寧な口調になってしまう。
同い年くらいなのにくだけた口調で話しかけることがためらわれてしまうような雰囲気が、メール・シードにはあった。
そう言えば、どうしてイブはメールのことをシードと呼ぶのだろう?
「専門…ですか。それは、色々、ですよ。学者は学者でも雑学者。そのときそのときに興味のあることを調べるんです。一口には言えませんね」
「古代伝承なんかどうです?」
「『光』と『闇』ですか?」
メールはさらりと切り返して来た。
チャーリーは無言でうなずいた。
「一応、調べたことはありますよ。人並以上の知識は持っているつもりです。『レジェンド』も暗記しましたしね」
人の好さそうな微笑を浮かべながら言う。
…メールが何故、いきなり『レジェンド』のことを口にしたのか、チャーリーにはわからなかった。
確かに、『レジェンド』は『光』と『闇』の伝説を歌にしたものだが…どうして、ことさらにその名を出す必要がある?
伝承歌なら他にもたくさんある。
『レジェンド』だけが別格というワケでは、ないハズだ。
「その知識を貸してほしいんですけど」
すべての思考を押し隠して、平板な声でチャーリーは言った。
「さぁて。お役に立てるかどうかわかりませんからね」
気のなさそうな様子で言うと、メールは上衣の裾をはたきながら、サイトの足元から立ち上がってチャーリーのそばまでやって来た。
横に並んでホワイトドラゴンの方に向き直り、見上げる。
「さすがにホワイト・ドラゴン、装甲が違いますよねぇ。出来たら研究用にウロコを一枚取ってみたいんですけど、言ってもらえますか」
「…いや、私のウロコじゃないから」
「そうですか。そうですよね。…サイトさん、構いませんか?」
ホワイトドラゴンはビックリしたようにぶんぶんと首を左右に振った。
それから助けを求めるようにチャーリーの方を見下ろす。
気の毒になったイブがメールの袖を引っ張った。
「ちょっとシード、失礼でしょ? ウロコが欲しいだなんて。あなたの皮膚を一部剥がして下さいって言ってるようなものじゃない」
ちょっと違うと思う…チャーリーは心の中で呟いた。
「おい、チャーリー」
後ろからヴァシルが声をかける。
「何?」
チャーリーは振り向かずに答えた。
腕組みして視線を落とし、どう言えばメールが素直に協力してくれるかを考え始めていたので、ヴァシルの言うことなどどうでもいい気分だった。
どうせまたつまらんコトを言うんだろう。
それより…さっきはどうやらうまくはぐらかされてしまったらしい。
イブはともかくメールには自分達について来る気がないのだろう。
イブを誘えばメールも一緒について来るだろうか?
彼女には聞きたいことがある。
マトモに切り出した方が結局はいいんだろうな…。
チャーリーが振り向いてもいないことなど気にも留めない様子でヴァシルは続ける。
「お前、六つ子ッて見たことある?」
「六つ子? …ないけど…」
「じゃあ、七つ子…八つ子…九つ子…」
「何やってんの?」
思わず腕をほどいて振り返ると、ヴァシルとトーザはアンデッド兵士達の兜を二人して片っ端から脱がして回っていた。
二人とも妙に真剣かつ深刻な顔つきで、兜を取っては投げ取っては投げしている。
「どうかしたんですか…?」
イブが控え目な声で問うと、トーザが手を止めて腰を伸ばした。
「なんとも妙なコトになっているでござるよ…」
そう言う彼の顔は心なしか青ざめているようだった。
「一体どうなってんだ?」
ヴァシルはアンデッド兵士の一人の襟首を掴むとチャーリー達にその顔が見えるように片手で持ち上げた。
生気を失った、堅く目を閉じた顔…特にカッコいいワケでもない、とイブはこのさい全然関係ないことを思う。
「何がどうしたって?」
チャーリーはヴァシル達の方へ近寄って行った。
「全部コイツなんだよ」
「はあ?」
ヴァシルの抽象的過ぎる返答に思いっきり眉を寄せる。
「…皆、同じ顔をしてるんでござる」
トーザが補足すると、チャーリーはにわかに真面目な顔になって二人のいる所にまで歩いて行った。
ヴァシルが黙って指し示す方に目をやる。
兜を外された二十数人の邪竜人間族の兵士−−−その全員が、寸分の違いもなく同じ顔をしていた。
並んで横たわっているのを見てみると、背の高さ…体格も同じくらいのようである。
チャーリーの背筋を冷たいものが走った。
やにわに屈み込んで、自分の手でさらに三、四人の兜を外す。
やはり、彼らも同じ顔をしていた。
「同じ…人間…?」
立ち上がりながら呆然と呟くと、軽い目眩を感じた。
ふらついたりすることもなく耐えたが、全身が冷たくなっていくようだった。
一体どうして?
どうしてこんなにたくさん同じ人間がいるんだ?
幻術か…兵士の顔に幻術をかけて、同じに見せているのか?
いや、そんなことには意味がない。
我々の人数は変わらない。
一人として殺してはいない。
ウィプリズの言葉が脳裏をよぎる。
一人の人間を、増やす…?
魔法か?
そんなことの出来る魔法なんて…?
「ふむ、見事なもんですね」
ハッと隣を見ると、いつの間にかさっきと同じようにメールがすぐ近くに立っていた。
彼女は腕を組んで興味深そうに同じ顔の兵士達を見下ろしている。
「これ、何だかわかる?」
「異常にそっくりな大兄弟でないとしたら」
メールは腕をほどくと、その手を両方のポケットに突っ込んでチャーリーの方を見る。
「クローンッて奴でしょう」
「くろーん…? 魔法?」
「ああ、御存知ないですよねぇ…まあ当然でしょうけど、クローニングは魔法とは違うんです。−いいですよ、説明しましょう。これからもあなた達はこのクローン兵士を何万と相手にしなきゃならなくなるでしょうからね。知っておいて損はないと思いますから」
「な、何万? そりゃ言い過ぎなんじゃねぇの?」
聞くともなしにメールの言葉に耳を傾けていたヴァシルが思わず口を挟んだ。
いかにバトルマニアの彼とは言え、何万ものアンデッド兵士というのはさすがに理解の範疇を超えてしまうものであるようだ。
しかし、メールは涼しい顔で首を左右に振った。
「いいえ、残念ながら決してそんなことはないんです。クローン兵士の数はまさに無限ですから。
そうそう、他にも私に聞きたいことがあるんでしたね?
でしたら、一度皆さんとご一緒にバルデシオン城まで行かせていただきます。なるべく多くの人の前で説明した方が手間が省けていいでしょう?
長い話になるでしょうし」
メールが思いがけず笑顔を向けたので、チャーリーは少しの間だけ何を言ってよいのかわからなくなった。
メールが協力してくれる気になったらしいのは有り難かったが、変化が唐突すぎるような…?
…でもまァ、いいか。
メール一人がいればわからないことが出て来ても、それを調べる為にあれこれと文献を漁る時間をとらなくてもすむようになるだろう。
これから一体どんなことをしなければならなくなるのか予測もつかない今の段階で、メール・シードという『生きた百科事典』を手に入れられたのは幸運だった。
「あ、あの、私もついて行っていいですか?」
イブがすかさず自己の存在をアピールする。
特に断る理由があろうハズもない。
メールはかなり掴みどころのない人物だ。少しでも扱いに慣れた者をそばに置いておいた方がいい。
「もちろん、イブさんも力を貸して下さい」
「でも、私、ホントに攻撃魔法とか苦手ですから、何が出来るッてワケでもないんですけど。それでも出来る限りのことなら何でもお手伝いしますんで、ヨロシクお願いします」
忙しなく言うとぺこっと頭を下げた。
…彼女のノリにもついて行けないものがある。
これでバルデシオン城に戻るとあのノー天気なマーナ・シェルファードが待っているのだ。
どうしてこんなのばっかりになるんだろうと、チャーリーは自分の性格を棚に上げて頭痛を覚えた。
「どうも、ご迷惑おかけしました」
突然背中から声をかけられて、慌てて振り返った。
今日はヤケにくるくると振り返っているような気がする…目の前には、人間の姿に戻ったサイトが立っていた。
「あのブレスを使ったら戻れなくなるって、知らなかったの?」
「はい、その…初めて使ったときには何か不都合が生じるかもしれないとは言われていたんですが、まさか変身が解けなくなるとは」
「メール殿のおかげで慌てずにすんだでござるな」
「そうでなきゃ、また瀕死の重傷を負わせて元の姿に戻してるとこだな」
「………」
無言でじとッとヴァシルの方を睨むチャーリー。
例のごとくトーザが二人の間に入る。
サイトは所在なさげに視線をさまよわせ、ふとメールを見た。思いついて口を開く。
「メールさん、ホワイト・ドラゴンのウロコというのはもうずいぶん以前に研究結果がまとめられているんです。城に戻ったら詳しい資料をお見せしましょうか?」
皮肉に、ではなく、どこまでも善意からサイトはそう言った。
「えッ? ああ、さっきは失礼なコト言ってしまって申し訳ないです。詳しい資料って、あるんですね。是非見たいです」
メールが笑顔で応じる。
さっきから彼女は何が嬉しいというのかずっとニコニコしていたが、それはどこか空々しい笑顔、だった。
勘ぐり過ぎなのかもしれないが…サイトは油断のならない何かをメールの中に感じとっていた。
チャーリーさんはそれに気づいているのかいないのか。
気づいているのなら何故仲間にする気になったんだろう。
賢者という珍しい職業だから?
メールの知識量を見込んでのことだろうが…。
けど、もし気づいていないのなら−自分がしっかりしなければ。
サイトは一人で決意した。
「それじゃあ…城に帰ろうか。トーザ、地図はちゃんと持ってるね?」
「ここにあるでござるよ」
にこっと笑ってぽんっと胸を叩く。
「よし。それじゃ、サイトは竜になれないし、人数も増えたことだし、移動魔法で帰ろうか」
行きにはこの島がモンスターでいっぱいになっていると思っていたので、魔物の群れのど真ん中に出ることを恐れて魔法は使わなかったのだった。
「…またオレだけ妙な所に飛ばす気じゃないだろーな…」
「だから、あれは狙ってやれるモンじゃなくて…ッて、あれ?
というコトは、海辺の洞窟のときにもヴァシルだけ…」
「見事に木に突っ込んだんだよ」
「すごい確率だね」
「うっせー! オレに何のうらみがあるってんだ!」
思い出したらまた腹が立ってきたらしい。
それまではすっかり忘れていたクセに。
「いやぁ、別にうらみなんてモノはないんだけど」
「ウソつけ。お前、オレに何か言いたいコトがあるんじゃねーのか」
突然始まったチャーリーとヴァシルのやりとり…をぽかんと見ていたイブが、メールの袖を引いて小声で囁いた。
「あの二人ッて仲良いんだ」
「良くないッ!」
同時にキッとイブの方に向き直って大声をあげる二人。
…何か、泥沼にはまってしまっているような気がしないでもない。
トーザが二人のそばで苦笑していた。
ますますぽかんとなっているイブの隣りに立っているメールは、さっきまでの笑顔とはがらりと変わってぼんやりとした顔でチャーリー達の方を見つめていた。
離れた場所に少しばかり面白くなさそうな顔のサイトがいる。
「…と、とにかく、戻ろう。午後のお茶に間に合わない。間に合わなかったらお茶が冷める」
「そんなコトないと思いますけど…」
「もうそんな時間でござるか?」
「午後のお茶って…何か食いモン出るか?」
ヴァシルの言葉をすっぱり無視して、チャーリーは呪文の詠唱に入った。
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