第8章−6
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 サイトは小屋から出た所で相手の姿を確認するために一旦立ち止まったが、ヴァシルはそうする素振りすら見せずに突っ走った。

 目の前に誰かが立っている。
 その誰かは彼の知っている人物ではなかったし、自分達に対して好意的な人物ではないように見えた。

 それより何より、その誰かの髪の毛は炎のような赤色をしていた。
 それだけで十分だった。

 『彼』が両手を前に差し出す。
 生じた火球は、一瞬後にはヴァシルに襲いかかっていた。

 それを何の迷いもなく思いっきり手で払い飛ばす。
 火球は地面に激突して消えた───ヴァシルのずっと後ろの方で。

 そのときには、彼はもう大地を強く蹴りつけて、肩口からその何者かに全身でぶつかって行っていた。

 相手はあっさりと倒れた。
 ヴァシルはすかさず飛び離れ、距離をとって身構える。

 体当たりした一瞬の接触から伝わって来た、相手の肌の奇妙な冷たさがヴァシルをいつも以上に慎重にさせた。
 相手は格闘の心得などないに違いない魔道士…常ならばそのまま一気に首を絞め上げて落としてしまうところであったが−この相手にその方法は効かないと、直感が告げていた。

 イブとメールが走り出て来る。
 サイトが少し離れた所に立って険しい視線を相手に向けている。

 …すぐに敵は起き上がって来た。
 ヴァシルが渾身の力を込めた体当たりをマトモに食らったにも拘わらず、そんなことは元からなかったのだとでも言いたげな、涼しい顔をしている。

 アバラの二、三本、折れててもおかしくないハズだ。

 ヴァシルは思ったが…相手は苦痛に顔を歪める様子もない。
 全然、効いていない…?

 チャーリーとトーザも表に出て来た。
 出て来て、敵の姿を一目見るなり、チャーリーは反射的に大声をあげていた。

「レフィデッド!」

「なにッ?!」

 視線が集中する。
 黒いローブで全身を覆った、赤い髪の魔道士。

 チャーリーとコランドに敗れて命を落とした───とすると、彼は…アンデッド?
 それでは近くに死体操者が…?

 気づいたサイトが周囲を見回そうとするよりも早く、背中側で不穏な魔力が膨れ上がるのが感じられた。

 冷たい、魔力───。

 攻撃魔法が来るッ…?

 次の瞬間、振り向こうとしたサイトの背を轟音と爆風が打った。
 前につんのめって倒れそうになったのをかろうじて踏みとどまり、改めて勢いをつけて振り返る。

 チャーリーがこちらに背中を向けて立っているのがまず目に入った。
 そのそばには身体を斜め後方に向けて何かを見上げているトーザの姿…サイトは無意識に彼の視線を追った。
 今飛び出して来たばかりの小屋の屋根の上…そこに立っている、一人の…。

「ドラッケン!」

 サイトの口から思わず言葉がこぼれ出た。

 一目でわかる、情熱的な深紅の髪の毛。
 紺と白の組み合わせのシンプルなデザインの服に身を包んだその人物は、何故か堅く目を閉じていたので瞳の色はわからなかったが、きっと髪と同じ色であるのに違いない。
 左手で自分の身長ほどもある細い木の杖を握って体の横に真っすぐ立てている。
 そして、落ち着き払った様子で足元にいるチャーリー達を見下ろしている−いや、見下ろしているように顔をうつむけていると言うべきか。

 誰もが一瞬、そのドラッケンに気を取られた。
 その隙をついてレフィデッドが攻撃に転じる。
 一番近くにいたヴァシルに狙いを定めて、手の平から火球を放つ。

 それが目標に命中する直前、ヴァシルはすぐそばにまで迫った熱気を敏感に察知し、そちらに視線を向けるよりも先に腕を動かして手刀で火の球を跳ね飛ばした。

「うわッ、あちィ!」

 反射的に大声をあげ、火球に触れた方の手をもう一方の手で押さえながら飛びすさる。

 サイトがレフィデッドの方に目線を移した。

「何者だッ?!」

 チャーリーが怒鳴りつけるように屋根の上の人物に向かって言う。
 そりゃまぁ邪竜人間族なんだろうし、まず間違いなく敵だろうってのもわかっているのだが、お約束として言わずにはいられない。

 しかし、邪竜人間族だからすなわち敵だと推測したわけではない。
 邪竜人間族の中にはバルデシオン城下町の酒場で出会った(?)ラーカ・エティフリックのように『大戦』がらみのことには関わっていない者もいるのだ。
 それでも、目の前にいる奴は敵だと断言出来る。
 何故なら、ついさっき、彼はチャーリー達に攻撃を仕掛けて来たのだから−−−もっとも、その魔法はチャーリーが咄嗟に張ったバリアに防がれて何のダメージも与えることは出来なかったのだが。

 屋根の上にすっくと立った男は不敵な笑みを唇の端に浮かべた。
 そして、よく通る声で言う。

「私はウィプリズ・ユオ。邪竜人間族の魔道士。貴様がチャーリー・ファインか?」

「だったらどうする?」

 挑戦的に言い放ち、腕組みして険しい視線を向けると、チャーリーは頭の中で呪文を用意し始める。
 同時に三、四個の呪文をいつでも魔法を発動させられる状態で揃えておく。
 いざとなったらガールディーの小屋ごとでもウィプリズと名乗った邪竜人間族の魔道士を吹っ飛ばす心づもりでいた。

 …ガールディーにボロ負けしたストレスが溜まっているのである。
 早目に発散させなければ体に悪い。

 子供の頃の思い出の詰まった家とて、他人に壊されるというのならまた話は別だが、自分で壊すぶんにはあまり不都合がないように思えた。
 むしろ率先して壊したい気分だ。

「この小屋で地図を手に入れたハズだ」

 ウィプリズは杖の先でトンと屋根を叩いた。

「それを渡してもらおうか」

「アレはアンタが動かしてるの?」

 相手の言葉を無視するように問いかけて、後ろの方に突っ立っている、人形のようなレフィデッドに目を向ける。
 生きている彼と対面していたのはせいぜい数分間…十分足らずのことだったので、今無表情でいるレフィデッドが生前の姿とどれほどかけ離れているのかなんて見当もつかなかったが、透き通るくらいに青白い皮膚の色からは命を感じとることは出来なくなっていた。

 間違いなく、アンデッド…当たり前だ、自分で殺しておいて。

 チャーリーはきりッと表情を引き締めると返答を促すようにウィプリズを見上げた。

「そういう力も私にはあるということだ。…さあ、地図を出してもらおうか」
「嫌だと言ったら?」
「…よくある問いだ」

 嘲るように小声で言って、ウィプリズが杖を持っていない方の手−右手を持ち上げる。
 チャーリーは頭の中で呪文を並べ変えた。
 横でトーザが身構える。

「二人を頼むよ」

 低く言うと、トーザは黙ってうなずいた。

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