第8章−2
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 部屋の奥に置かれた椅子に、一人の人物が沈み込むように腰を下ろしていた。

 チャーリー達が入って行っても別段何の反応も見せない。
 がっくりと力を落としたようにうなだれているので顔はわからなかったが、きっと目は閉じているのだろう。
 もしかしたら眠っているのかもしれない。

 チャーリーと同じ闇夜のように黒い髪は、イブよりも短くうなじにもかからないほどに切られていたが、前髪だけはやたら長く、ただでさえ見えにくいその人物の顔にベールのように覆い被さってそれを隠してしまっていた。
 黒に近い紫色の、襟と袖の広いベルベットの上衣を着て、しっかりと腕組みしている。
 胸に何か大切な物を抱え込んででもいるかのように。
 袖口にはガラスの飾りボタンが三つずつ並んでいた。
 純白のシャツを着込み、黒いスカーフを無造作に首の所へ巻きつけている。
 無遠慮に床に投げ出された足は黒光りのする革靴を履いていて、上衣の裾が膝の少し上までを隠した先の脚はすらりとしていて、スカーフや髪の毛と同じ色の細いズボンをはいていた。

 一見しただけでは男か女かわからなかった。
 …じっくり見ても結局どっちかわからない。
 見当をつけるぐらいなら出来そうなものだが、この人物に関しては何故かそれも出来なかった。

「…あの人は?」

「私の友人です。シード!」

 イブが少し高い声で呼びかけると、その人物の肩が少し揺れた。
 続いて、そろそろと顔を上げる。
 やや切れ長の目−夜空を映した鏡のような、真っ黒な瞳がうかがうようにイブの方を見、それからチャーリー達に向けられた。

「……?」

 やはり眠っていたのだろうか。
 シードと呼ばれたその人物はぽかんとした表情でただ沈黙を守っている。
 代わりに、イブが皆の方を向いて言う。

「えっと、彼女はメール・シードと言います。ヒューマンのセージです」

「セージ?」

 チャーリーが片方の眉を上げる。

「賢者−要するに学者のことです。何を研究してるのかは知りませんけど。聞いてもよく分からなかったんです…シード、チャーリー・ファインさんよ。後ろにいるのがヴァシル・レドアさん、トーザ・ノヴァさん、それからバハムートの皇子様のサイト・クレイバーさん」

 ヴァシルとトーザはちょっと驚いて顔を見合わせた。
 よくそれだけすらすらと名前が出てくるものだ。
 確かに四人の名前は世界に知れ渡ってはいたが、実際に彼らの顔を知っている者となるとずっと少ないのに。

「ああ…」

 メール・シードの口から応答とも感嘆ともとれぬ調子の声がのろのろと漏れる。
 次の瞬間、彼女は唐突にぱッと椅子から立ち上がり、組んでいた腕をほどいて姿勢を正すと、軽く頭を下げた。

「失礼しました。賢者のメール・シードです。勝手にお邪魔してしまって、申し訳ありません」

 立ち上がると、メールはかなり背の高い方だった。
 イブがサイトと同じくらい…メールはトーザと同じくらい上背がある。
 チャーリーよりも十センチばかり高かった。

「それはいいけど…君はどうして?」

「私が連れて来たんです。本ばっかり読んでちゃいけないって、無理言って…スミマセン」

 イブはまた頭を下げた。
 メールは上衣の右手側の口の広いポケットに手を入れると、イブのものと同じような縁なしの眼鏡を取り出し、レンズにふッと息を吹きかけてからかけた。
 それから改めてチャーリー達の方を見る。

 コイツ、似てるな…。

 ヴァシルはそっとチャーリーとメールを見比べた。
 漆黒の髪に眼鏡、暗い色の服…いや、外見だけではない。
 雰囲気が似ているのだ。

「別に謝らなくてもいいけど。…で、君達がここに来たときにはモンスターなんて影も形もなかったんだって?」

 チャーリーはイブの方を向いて尋ねた。

「はい。その代わり、変な人がいましたよ」

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