第8章−9
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(9)

「…ど、どーするんですか、トーザさん」

 イブが青い顔でトーザを見る。

 トーザは厳しい瞳で外を見やりながら、いつでも戦闘に入れるよう身構えていた。
 と言っても、大層な構えをとっているわけではない。
 背筋を延ばして立ち、右手でカタナの柄を握り締めて、左手をその右手に軽く添えているだけだ。
 一見すると普通に立っているように見えるのだが、トーザの全身からは並々ならぬ気迫が漂っていた。
 さっきまでとはうってかわって真剣な表情になっているトーザに対しても少しばかり脅えを感じながらも、それでもトーザ以外に頼れる人間がいない−彼女の友人は自分ばっかり落ち着いていてまるで頼り甲斐がないのである−ので、イブは表情をうかがうように彼の方を見つめていた。

「お二人は部屋の中央にいた方がいいでござるよ、どこから武器が飛び出して来るかわからんでござるから」

「あの、こんなにたくさん敵がいて…」

「拙者達が下にいるからチャーリー達も魔法は使えんのでござろう。無理は承知で何とかするしかござらんよ。イブ殿も、出来れば魔法で手助け願いたいのでござるが」

「出来る範囲でなら手伝いますけど、でも私、攻撃魔法には自信がないんです。その、実際に使う機会って少ないし、練習不足が災いしてと言うか…」

 イブは早口でまくしたてた。
 かなり脅えている。
 これは自分一人が頑張らなければならないな…いや、それ以前に、イブとメールは巻き込まれただけの被害者なのだから、守るのは当然のことだ。
 命に代えても…とまではさすがにいかないが、とにかく全力でやってみるしかない。

「イブさん、そんなに怖がらなくたって大丈夫ですよ」

 部屋の真ん中辺りに自分で持って来た椅子に座ったまま、メールが呑気な声で言う。
 イブが振り返って見ると、メールは一枚のコインを手に持ってしげしげと観察している様子で、イブの方もトーザの方も向いてはいなかった。
 イブにはそのコインが何なのかは分からなかったが、メールが興味を持っていることからして何か特別な意味があるものなんだろうと察することなら出来る。
 メールは興味のないものにはそれこそ目もくれないから。

 少し不機嫌な表情になってメールの方に向き直る。
 こんな非常事態にも普段通りに振る舞って、自分でも情けなくなるくらい取り乱しているイブとは対照的にかけらほどの動揺も見せないメールの姿に、真っ青になっておろおろしていたことを馬鹿にされたような気分になったのだ。
 トーザも緊迫感を漲らせてはいたが冷静そのものだったし、一人だけ狼狽していたらしい自分自身が急に腹立たしく思えて来て、イブのその怒りの矛先は半ば必然のようにメールに向けられていた。

「大丈夫って、よく落ち着いてそんなコト言ってられるわね! 外、見た? 相手はすごい数で、もうすぐそこまで来てて、チャーリーさんの魔法も私達がいるせいで使えなくって、そんでもって…」

 メールに詰め寄り、必要以上の大声でまくしたてるイブの鼻先に、セージはすっと人差し指を突きつけた。
 突然の友人の行動に困惑し、イブは催眠術にでもかけられたかのようにピタリと黙り込んだ。

「大丈夫ですってば。イブさんが紹介してくれたんじゃありませんか、サイト・クレイバーさんがいるって」

「え………?」

「善竜人間族の王家の方でしょう? 何も心配いりませんよ。それにこの小屋の中には兵士達はどうせ入って来れないでしょうから、トーザさんもそんなに肩に力入れてなくても大丈夫ですよ」

 イブの顔の前から手を下ろすと、メールはまた、もう一方の手で持っていたコインを観察し始めた。
 裏返したり、親指と人差し指で挟んで感触を確かめたり、今にもひょいと口の中にでも入れてしまいそうな熱心さで子細に眺め回していたが、唐突にその硬貨を自分のポケットの中に入れてしまった。
 自分の所持品をしまい込んだかのようなごくごく自然な仕草に、イブは虚を突かれたようになって言葉を無くしていたが、すぐにハッとなって再びメールに話しかけた。

「それ、シードのお金なの?」
「? いいえ、あの袋の中に入っていたんですよ」

 メールはしれっとした顔で壁際の四つの布袋を示した。

「なッ…だったらポケットに入れちゃいけないじゃない! 泥棒よ、それ!」

「だったらこっちを返しておきますよ」

 メールはさっきコインを突っ込んだのとは反対側のポケットから同じ額の硬貨を取り出すと、指で弾いて一つだけ開いている袋の口に放り込もうとした。
 が、わずがに飛距離が足らず、コインは床に落ちて澄んだ音を立てた。

 …その音に押されるように、トーザがメールの方を振り返る。

 兵士がドアのなくなった戸口に迫ってしばらく経ったが、それ以上は一向に入って来る気配を見せない。
 小屋の中には入って来れないでしょうから…ずっと前から決められていた当たり前のことのように言い切って最初っからのんびりと構えていたメールの様子が気になって、振り向かずにはいられなかったのだ。

「…どうして、奴らは入って来れんのでござるか?」

 出来るだけ何気ない口ぶりで問う。
 イブもその答えを知りたいようで、無言でメールのカオを見つめていた。

「ガールディー・マクガイルの残した…コインの魔力が、この小屋のまわりに結界を張っているんですよ」

「コインの魔力?」

 イブが反復する。
 メールは小さくうなずいた。

「結界があったからこそ、あのレフィデッドとかいう赤髪の魔道士の魔法を食らったとき全員あの程度のダメージで済んだんでしょうね。何にしてもここにいれば安全です。外の奴らはサイトさんが何とかしてくれるでしょう」

「サイトさんが、って…」

 イブは戸惑ったように外に目をやった。

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