第5章−1
         10 11 12
《第五章》
(1)

 とにかく食事も終わり、サースルーン王直々にチャーリーを宝石のしまってある部屋に案内することになった。
 当然サイトも同行する。

 宝物庫の小さなドアは、謁見の間の王座の真後ろにあった。
 二重の鍵と、両脇についた選び抜かれた近衛兵がそこを守っていたが、そうでなくても善竜人間族の宝を盗もうなんて度胸の座った奴はいないだろう。
 何と言っても善竜人間族というのはやたらと正義感の強い種族なのだから…万が一捕まりでもしたら、どんな罰を受けさせられるかわからない。
 一般の刑罰のように腕を切り落とされるだけで済むとは思えない。

 サースルーンが言葉をかけると、二人の兵士は右側に寄って三人がドアの前に行けるようにした。
 サースルーンは扉の左側から近寄って、懐から金と銀の二本の鍵を取り出すと、錠を外した。
 鍵を懐に戻して、チャーリーとサイトを振り返る。

「それでは、行こうか。中は暗いから足元に注意するように」
「照明魔法を使いますよ」
「そうか、それじゃあ頼む」

 サースルーンは横に体をずらしてチャーリーを先に入らせた。
 薄暗い小部屋の中に三歩ほど踏み入ってから、呪文を唱える。
 たちまち部屋全体が明るく照らし出される。

 ドアのある壁を除く三方の壁にいかにも芸術的価値のありそうな絵が三、四点ずつ掛けられていた。
 それだけで床はがらんとしていたが、部屋の真ん中からごく細い螺旋を描いた階段が天井に向かっている。

「貴金属類は上にある。行こう」

 言われて階段を上がる。
 上がりきったところで、チャーリーはビックリして動きを止めてしまった。

「すごい……」

 無意識のうちにもそんな言葉が口をついて出る。
 下から足を叩かれて我に返り、慌てて床の上に立ったが…部屋の様子から目が離せない。

「ずいぶんと貯め込んだものだろう」

 サースルーンが気さくに言うが、チャーリーにはうなずくことも首を横に振ることも出来ない。
 固まってしまっている。

 壁際にぎっしりと並んだ、幅が広くて底の深いいくつもの宝石箱。
 そのどれもに、フタが閉まり切らないほど、こぼれ出んばかりの量の種々雑多な宝石のアクセサリーが詰め込まれていた。
 首飾り、指輪、ブローチ、イヤリング、柄に宝石の埋め込まれた短剣、ブレスレットにアンクレット…海賊の宝物という表現がピッタリくる。

 それらに囲まれるようにして、部屋の中央に出た階段を三角形に囲んでいる三つのガラスの陳列台。
 中に入っている物が見る人の胸の高さに来るようにしたガラスケース…飾られているのは、各ケースに三つずつ、計九つのこれまた見事な宝石だ。
 箱の中に入れられているのとは大きさも輝きも違う。
 一目見ればわかる。

「な…何なんですか、この部屋…」

「すべて先代までの王が各地の有力者から贈られたり買い取ったりしたものだよ。いつか善竜人間族が財政難に陥った際の備えにと、遠い昔から集めて来たものだ。宝石の価値はどれだけ時が経とうとそう簡単に変わるものではないからな」

「はあ…それはご立派なことで…へえ…スゴイなぁ…」

 あんまり衝撃を受けたもので言うべき言葉が頭の中からぶっ飛んで行ってしまった。
 まるで自慢にはならないが、生まれてこの方チャーリーはこんなに大量の宝石を目にしたことが一度もなかった。
 ある所にはしこたまあるものだ。

「ケースの中に入っているのが、普通の宝石とは違うと伝えられているものだが…詳しくは古い書物を調べんことには、今はわからん。とりあえず見てみてくれないか」

「王様…サイトのお嫁さんになる件、よく考えときますね」

「なッ! 何言ってるんですか、チャーリーさん!」
「あ…そ、そーだ、私は何を言ってるんだ一体…思わずふらふらと…」
「チャーリー、愛のない結婚はいかんぞ」

 相手がいないならサイトにもらわれてくれと言った男の台詞としては適切でない。

「父上も、さっきから何おっしゃってるんですか! 今はそんなコト言ってる場合じゃありませんよ! …さあ、チャーリーさん、ケースの中の宝石を見て下さい」

 その場を仕切ってチャーリーをガラスケースの方へ押しやるサイト。
 顔はもとより耳まで真っ赤だ。
 感情が出やすい。

 そんなサイトの様子をあえて追及することもせずに、チャーリーは気を取り直してケースに顔を近づけ、目を細めた…が、すぐに頭を振りながら腰を伸ばし、

「目で見てわかるワケないですね。魔力探知の呪文を…使うと、全部反応するんでしょうねえ…このケースの中にある分…」
「そうだろうな。どれも値がつけられないほどの物だからな」

「この中で『これが一番大事』ってのはないんですか?」

「一番大事か…強いて言うなら、これだろうな」

 サースルーンはチャーリーが見ていたのは別のケースに近寄る。
 チャーリーとサイトはサースルーンの両脇に並んで、王が指さす先に目をやった。

 三つの宝石の真ん中にあるのは…ほんの少しだけ縦方向に細長い球形の、一見、水晶と間違ってしまいそうになるくらい透き通って澄み切った薄水色の…。

「アクアマリンだ」
「アクアマリン?」
「鑑定士はそう言っておったようだが」
「種類はいいですよ。どうして『一番』なんですか?」

 ガラスケースにぐっと顔を近づけて、示された宝石に目を凝らすが、別段特殊な雰囲気はない…どれも値がつけられないとサースルーンは言ったが、価値だけなら左右に並んでいる宝石の方が上なのではないか、そんな風に思える。
 きらびやかでも派手に美しくもない。

 が…確かに、何か不思議な印象はある。
 落ち着いていて…深い海の底から遥か高みの水面を見上げているような気分にさせてくれる。

「これにはちょっとしたエピソードがくっついていてな。なあ、サイト?」

 話を振る。
 自分の父親とチャーリーとの会話に口を挟まないことが美徳と考えてでもいるのか、沈黙しがちだったサイトだが、別に話に入りたくないワケでも無口な性格なワケでもないから、すぐに顔を上げてうなずいた。

「そうでしたね」

「エピソード…どんなハナシ?」

「お前が説明するといい」

「はい。───これは、母上が夢のお告げで『光』から授かったものだそうです」
「へえ、夢のお告げ」

「私が生まれる前日に、母上はその夢を見られたそうです。その時に、これから生まれて来る子供は皇子だという予言と、山脈を越えた西側にある砂浜に神秘の力を持った宝石が流れ着いているから、それを善竜人間族のものにするように、生まれて来た子供の一生を守り導いて行くだけの力を秘めているから、その子の守護石にするようにとの言葉を聞いたのです。夢の言葉どおりに私が生まれ、探しに行かせた砂浜でこの宝石が見つかって…」

「これは有り難いってんで『一番大事』なワケか。なるほど、サイト…もとい、善竜人間族にとっては運命的な石なんだ」

「そうですね。私も、このアクアマリンにはその他の宝石とは全然違った愛着のようなものを、子供の頃から感じていました」

「で、そういうことを夢で伝えたのが『光』だってのはどうしてわかったの?」

「それは…その、母上もはっきりそう言われたワケではないので自信はなかったそうなんですが…ただ、その夢というのが、非常に明るい、輝きに満ちたようなイメージのものだったとかで…それで、結果的にそういう話になったんだと思いますが」

「ふ〜ん…『光』って名乗らない分『光』っぽいかな。…見ても分かんないし、呪文でもダメだろうなァ。まっ、今日は出して見てもどうにもしようがないから、明日ヴァシル達を連れて来てから一緒にもう一度見てみます。もしかしたら、一つ目の宝石を手に入れていて、それと比較出来るかもしれないし…そうでなくても、コランドなら何か分かるかもしれませんから」

「そうか。それなら戻るとしよう…狭い場所はどうも息苦しくて苦手なんだ」

前にもどる   『the Legend』トップ   次へすすむ

Copyright © 2001 Kuon Ryu All Rights Reserved.