第5章−11
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 一方、チャーリーとヴァシルはセレイスに案内されて一階の客室までやって来ていた。

 セレイスがドアをノックする前に、チャーリーが彼の背中に声をかける。

「あの〜、二人とも、怒ってたみたいですか」
「え? いえ、怒ってなんかいませんでしたよ」
「へッ? だって、騒いでるんでしょ?」
「ええ…その、つまり…」

 言い渋るセレイス。
 チャーリーとヴァシルは顔を見合わせた。

「何て言って騒いでんだ?」
「その…『あんときは酔ってたから負けたんだ、シラフじゃ負けねー』と…」
「なッ…」

 絶句するチャーリー。
 それじゃ、再戦するつもりかッ?
 じょーだんじゃないッ、そんなコトやってるヒマなんかないぞッ?!
 そう考えて逃げ出すよりも早く。

「チャーリー連れて来てやったぞー」

 何にも考えていない能天気な声と共にヴァシルがドアを開け放った。
 もう一方の手で走り去ろうとしているチャーリーのマントの端をしっかり握り締めている。

「おおッ、来たか!」
「まあ入って来いよ、中へ!」
「行くぞ、チャーリー」
「アンタねェ、何考えてんのよーッ!」

 抵抗空しくずるずると部屋の中へ引きずり込まれて行くチャーリー。
 そばでセレイスがおろおろしている。

「あ、あの、チャーリーさん」
「何?」
「城、壊さないで下さいね…あの酒場みたいに」
「あのねぇぇ…」

 ヴァシルに引きずり込まれた部屋の中には、ほろ酔い加減だった頃の記憶の中にほんのかすかに残っている狼人間族の剣士と邪竜人間族の死体操者がいた。
 革張りのソファに腰を下ろして、ゆったりとした姿勢で二人を迎える。

「やあ、昨夜は世話になったね」

 ソファの足元に豪華な金色の飾りがついた赤い鞘のバスタードソード(両手剣)を置いたウェアウルフが片手をあげる。
 傷だらけの鋼の鎧をソファの自分の横に脱いで置いている。
 顔にもひどく目立つ、三日月を横にしたような形の大きな傷痕があって、見るからに歴戦の勇士といった雰囲気を醸し出している。

「世話になったって…ヤなコト言うなァ…」
「厭味じゃなくって本心からだよ。それにしても、君があのチャーリー・ファインだったなんて…そうと知ってりゃ、酔っててもケンカなんか売らなかったのに、後で聞いてビックリしたよ」

 人の好さそうな笑顔で言うウェアウルフ。
 酒場で名乗らなかったっけ…? と思うチャーリーだが、本人があやふやにしか覚えていないものを他人が覚えているワケがない。

「そりゃどうも…」

 適当に愛想笑いしておく。

「ホントにアンタの魔法はスゴかったな。ゾンビ共は召喚する先からこっぱみじんに吹っ飛ばされるし、普通のドラッケンであるオレはともかく、バハムートの皇子の変身したホワイトドラゴンまであそこまでぶちのめすんだもんな。死ななくてよかったよ」

 笑いながら言ったのは、隣に座っているドラッケンだった。
 善竜人間族の城の中でも赤い髪と瞳を隠す様子もない。
 魔道士の一種であるネクロマンサーをやっている割に、服装は戦士系で、古びた革鎧を身に着けている。
 …そして、左腕が根元からない。
 垂れ下がった服の半袖が少しばかり気味悪かった。

「アンタ、ドラッケンの癖にバハムートの城下町で酒なんか飲んでていーのかよ?」

 いつの間にか二人が座っているのとは別の、一人がけのソファに身を沈めたヴァシルが、ソファの前にあるテーブルの上のカゴに盛られてあったぶどうを食べながら言った。

「んッ? 別にいいんじゃないのか?」

 気楽に言う隻腕の邪竜人間族。

「そりゃ、オレやアンタにとってはどうでもいいけどよ…世界平和の為に戦っとるバハムートにしちゃ、今回の件でドラッケンに対する警戒を強めてるだろうから、肩身が狭いだろ」

「ああ、そうか…いやあ、そうでもないけどな? 今回のコトッつーのはさ、完璧に王族を中心とした上層の奴らのしたコトだから、オレには関係ねーし」

 ドアの真ん前でボケッと立っているのも間抜けだからと、ヴァシルの向かい側の一人用ソファに座ったチャーリー、彼の言葉に顔を上げる。

「上層のしたコト? アンタら、邪竜人間族ってのは、種族内の団結がウリみたいな一族じゃない。なのに…」

「それが、よくわかんねーんだよなァ。オレ達一族ってのは、これまでずっとドラッケンだけで戦って来た…なのに、今回はガールディーなんていう人間を引き入れてるって噂だし…それに、非戦闘員の女子供や年寄りには、具体的なコト何にも教えてないって聞くし…どーもスッキリしねぇんだよ」

 天井を見上げるようにして言う。
 チャーリーは考え込むようにうつむいた。
 そんな二人の様子を見ながら、ぶどうの最後の一粒を口に入れたヴァシル、

「あんた、ネクロマンサーなんだってな?」

 ごくさりげない口調で言った。

「おう。邪竜人間族一の死体操者だぜ」

 得意気に答える。

「だったら、知ってるか? ドラッケンが、アンデッドにするために兵士を大量に殺したってコト…」

 ヴァシルの言葉に、ドラッケンの顔色が変わった。
 背もたれから体を起こす。
 ヴァシルの顔に真っすぐ視線を据えて、

「そんなコトがあるものか! さっきアイツが言ってた通り、我ら邪竜人間族の同胞精神は世界のどの種族よりも勝る…同胞を大量に殺す、など!」

「でも嘘じゃねえぜ。オレ達、洞窟の中でそのアンデッド兵士と戦ったんだからよ。そんとき、リーダーだった奴が言ってたぜ。恐怖も苦痛も感じない最強の兵士に生まれ変われたんだから、この兵士達も感謝してるだろうってな意味のコト」

「バカな…同じ邪竜人間族の仲間がそんな腐った真似をするワケ…貴様、口から出まかせを言ってるんじゃないだろうな?!」

 いきり立って腰を浮かしかけるのを、横にいたウェアウルフが体を起こして制した。

「まあ落ち着けって…彼がお前に出まかせ言う理由がないだろ?」
「それは…そうだが…」
「それともう一つ───」

 今度はチャーリーが言う。

「私がつい三、四日前に倒した、レフィデッドッて言う奴の死体も消えちゃったんだけど、それも…」
「レフィデッドだとッ?!」

 言葉を遮るドラッケンの大声に、思わずビクッとなって口を閉じるチャーリー。
 彼は血相を変えてチャーリーの方へ近づくと、やおら胸倉を手荒につかみ上げた。

「レフィデッドを殺したのかッ!! てめえッ!!」
「し、知り合いだったの?」
「オレの親友だ! どうして殺したッ?!」
「どーしてって…そりゃ、いきなり攻撃して来たから…」
「嘘つけッ! アイツはバカみたいな平和主義者だったんだぞ! いきなり攻撃だなんて、そんなコトあるかよッ!」
「くっ、苦しい苦しい、ちょっと離してッ!」

「おい! やめとけって!」
「チャーリー絞め上げても仕方ねーだろ!」

 チャーリーの悲鳴と二人の制止の声に、ドラッケンはハッと我に返った。
 ぱっと手を離す。
 ソファの上に倒れ込んだチャーリーは、ノドをさすってげほげほと咳き込んだ。
 彼が興奮のあまりチャーリーのマントを掴んだまま立ち上がっていたので、吊るし上げられたかたちになっていたのだ。
 右腕一本だけなのに恐ろしい力である。

「す…すまん、大丈夫か」

 ソファの横に膝をついて、大きく息をついているチャーリーを覗き込む。

「大丈夫…けど、私は嘘なんかついてないしましてや口から出まかせだって言ってないからね。レフィデッドが攻撃して来たのは確かなんだから…『大戦』へのカウントダウンがどーのこーの言って、『力ある者』を順に潰して行くから、お前の足止めをしてたんだって」

「…そうか…何かあったのかも知れんな…邪竜人間族の内部で何か、とんでもないことが起こったのかもしれん…」

 呟きながら、彼はゆらりと立ち上がった。

「どっか行くのか?」

 ソファに足を組んで座っていたヴァシルが問う。

「ああ…ゲゼルク大陸へ戻る。戻って何があったのか調べて来る」
「何か分かったら、私達にも教えてもらえますか」

 チャーリーがすかさず口に出した言葉に、しっかりとうなずく。

「何か掴んだら、アンタ達にも必ず知らせるよ。…オレ一人の手には負えないコトになっているんだろうから。世界一の大魔道士が味方についてりゃ心強いからよ」

「ところで、お名前は?」
「…まだ言ってなかったか?」
「全っ然聞いてません」
「そっか。…オレはラーカ。ラーカ・エティフリックだ。───そっちのアンタは?」
「ヴァシル・レドアだ」
「アンタが? 意外に若いんだな…」
「ついでに、そっちのウェアウルフさんは…」
「何だ、オレはついでか? …ロガートの森のラルファグ・レキサス」
「ロガート? またずいぶん遠くから来たんだなァ…」

「それじゃ、オレは行くぜ」

 ラーカがドアの方に向かって歩き出す。

「気ィつけろよ、何があるかわかんねーぜ」

 相変わらずソファに深々と座ったまま声をかける。
 どうやら座り心地が気に入ったらしい。
 長い髪は背もたれの後ろにやって、床の上に垂らしている。
 こうしておかないと座ったときに自分の体重で引っ張ってしまうので痛いのである。

「十分気をつけるさ」

 ちょっとばかし気障にキメて、部屋から出て行くラーカ。

「───で、ラルファグはこれからどうすんの?」

 チャーリーはソファに座り直してラルファグの方を見た。

「どうする、か…別にどうもしないけどなぁ。アンタ達は何で旅をしてるんだい?」
「オレ達は世界の危機を救う為に戦っとるんだ。なあ?」
「うーん、まあ、そうとも言える」
「変なヤツだな…そうとしか言えんだろ」
「世界の危機を救うため、か…なんかカッコ良さそうだな、よかったらオレも仲間に入れてくれないか」

 軽い調子で提案するラルファグ。
 チャーリーはアゴに手をやってそれっぽく考え込んだ。

「う〜ん、どーしよっかな〜。剣士はもう間に合ってるしなァ」

 まるで新聞である。

「確かに、剣の他に取り柄はないけど…そうだ、仲間に狼人間族がいれば、他の種族だと迷うような深い森の中でも入って行けるぜ? オレ達は森と洞窟のプロみたいなもんだから」

 人差し指なんか立てて、ニコニコと言う。
 ラルファグの言う通り、狼人間族は他の種族に比べるとズバ抜けて方向感覚が優れている。
 初めての土地でも道に迷わないほどの勘の良さも持ち合わせている。
 一人でもパーティーにいれば、案内役に重宝することは間違いない。
 …連れて行っても損になるワケじゃなさそうだし…。

「よしッ、それじゃ一緒に行こう」
「ホント? いや、実はいっぺんやってみたかったんだよね、世界の為に戦うっていうの」
「でも覚悟しとけよ、コイツは人使い荒いからな」
「ヴァシル、余計なコト吹き込まなくていーの」

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