第5章−7
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 サースルーンは謁見の間にいたのだが、ヴァシルがあんまりうるさく言うもんだからそれならと食堂で話をすることになった。
 昨日は三人だけだったからスペースに余裕があったテーブルも、今朝は倍の人数がかけることになるので、少し狭苦しいかもしれない。

「やあ、久しぶりだな、ヴァシル、トーザ」

 遅れて入って来たサースルーンは普段通りの快活な声で言葉をかけた。

「王さんじゃねーか、一年ぶりだな」

 座ったまま言い返すヴァシル。

「お元気そうで何よりでござる」

 きちんと立ち上がって頭を下げるトーザ。

「二人とも相変わらずだな。…そちらが、盗賊の…」
「あッ、どーもどーも、コランド・ミシイズ言います。しょーもないコソ泥ですが、どーぞ以後お見知りおきを」

 ひたすら腰の低いコランド。
 まァ彼らしくはある。

「名前は聞いたことがある。かなりの有名人らしいね」
「へえ、王様のお耳にもワイの名前が入っとりますか。えらい光栄なコトですな、これからよろしく頼んますわ」

 何をよろしくするのかよくわからないが…。

 とにかく、サースルーンは昨日の昼と同じ椅子に座った。
 その動作と前後するようなタイミングで、一番最後に部屋に入って来たのはサイトだった。

「どうも…遅くなりまして」

 朝一番からすでに疲れ果てた様子の顔と声。
 入り口の方に顔を向けたヴァシルが何か言うよりも早く、

「昨夜は遅くまで頑張っていたようだな、サイト」

 水の入ったグラスを片手にサースルーンが声をかけた。

「いや、あの…本当に何と申し訳すればいいのやら…」

 サイトはヨロヨロと席についた。

「なあ、何があったんだよ、一体?」

 身を乗り出して問うヴァシル。

「聞きたいかね。まあ当然だろうな」

 サースルーンは愉快そうに応じると、チャーリーが上目使いに睨んでいるのを完全に無視して話し始めた。

「実は真夜中にサイトとチャーリーが揃って城を抜け出してな」

「揃ってません!」
「何でそこから入るんですか?!」

 同時に声をあげるチャーリーとサイト。

「その後で、酒場の方で大規模なケンカが起こって収拾がつかなくなっていると夜警の兵士が報告に来たのだ。城下町でそんな騒ぎが持ち上がるのは初めてのことだったから、もちろん私も駆けつけたよ」

「そしたらその騒ぎのもとがチャーリーだったんだろ」
「酔って相手構わずケンカをふっかけたんでござるな?」
「そッ…そんなに酔ってなかったもん」
「シラフでケンカしたんでっか?」
「…ちょっとは酔ってたかも…」

「まあ、理性の残ってる状態でよかったじゃないか。…で、そのケンカというのが、また派手な顔ぶれが集まってるモノでな。世界一の大魔道士に、狼人間族きっての剣の使い手、善竜人間族の中でも酒癖が悪いので有名な戦士に、なんと邪竜人間族一の死体操者まで居合わせておって…その他にも、酔って気の大きくなってる奴らがいくらでもおったからな、それはもう大変な…」

「ちょっと待てよ、ウェアウルフはまあわかるけど、ドラッケンまで酒場にいたのか?」

「ここは基本的には『来る者は拒まず』の場所だからな…それで、その四人が些細なコトから口論になり、だんだんエキサイトしてきて、すぐに掴み合いになり…」

「ひえ〜…その場に居合わさんでよかった…」

「とにかくすごかったらしいぞ。そこら中で攻撃魔法が炸裂し、剣や戦斧がうなりをあげて逃げ回る一般客の鼻先を掠め、ネクロマンサーが召喚したゾンビが店の前の道にまであふれ出し…」

「そのとき店にいた人達は気の毒でござったな…」

「そんな状況のところへやって来たのが、同じように城から抜け出して後を追って来たサイトだ」

 なんだかよくわからないが盛り上がって来た。
 サースルーンは意外と話上手なのである。

「店内でケンカをしていた奴らが主にチャーリーを狙って攻撃していたのを見て頭に血がのぼったサイトは、咄嗟にあとの三人に向かって呪文で攻撃したんだ。突然の皇子の乱入に驚いて静まりかけた酔っ払い達だったが、サイトがやる気なのを見て一層盛り上がった! こーしてなしくずし的にサイトもケンカの輪の中に…」

「ちっ、違うんです、あのときは…だって酒の上のケンカだとは思わなくって…!」
「酒場で他になんでケンカすると思うんだ?」
「そ…それは…」

 ヴァシルの突っ込みに返す言葉のないサイト。

「まあそれはとにかく。さっき言ったバハムートの一人はサイトの姿を見て途端に酔いが醒め武器を収めたんだが、代わりにサイトが入ったもんで結局人数は変わらない。それどころかサイトが王家に伝わる由緒正しい剣を抜いて暴れ出したモンだから事態はなお悪く…」

「はあ、王家に伝えられてきた大事な剣を酒場で振り回したんでっか?」
「あっ、あれは、たまたま持っていたもので」

「そうしているうちに、四人は自然と二組に分かれて戦い出した。すなわち、チャーリーとウェアウルフの剣士、サイトとドラッケンの死体操者だな。ウェアウルフは常識外れにタフな奴で、酒場の中だからと理性の残っているチャーリーが加減していたとは言え攻撃魔法を何十発食らっても倒れなかったんだが、まァ百発を越えたところでとうとうブッ倒れてしまったから問題はなかったが…」

「ひゃ、百発ぅ?」
 コランドが素っ頓狂な声をあげる。
「ゴーレムみたいな奴だな…」
 ゴーレムとはかの有名な、魔法使いの命令で動く石の巨人のことである。
 コイツにはあまり攻撃呪文が通用しないのだ。

「問題なのはサイトとドラッケンの方だ。白熱して店を飛び出した二人は、何を思ったか双方共にドラゴンに変身して空中で戦い始めた。ブレスを使わなかったからよかったようなものの、大部分の住民が起き出して来て大騒ぎだ。『皇子がドラッケンに襲われている!』ッと…」

「そりゃあ見物だったろーなァ」
「いやいや、そんときにここにおらんで良かったと思いますけど…」
「ヴァシルがいたらもっとまとまりのつかんことになったでござろーから」

 三人が言葉を交わすその横でサイトは突っ伏してしまっている。

「でも、ちょっとおかしーんじゃないですか、王様? 私、昼間に、善竜人間族であろうと邪竜人間族であろうと城下町一帯では変身は出来ないんだって聞かされたのに」

「ああ、結界のコトか? …あれはなァ、実は結構簡単に破れるモンなんだ。完全にアツくなっとったサイトと酔って理性をなくしとったドラッケンにとってはこれっぽっちの障害にもならんかっただろーな」

「なッ、なんていい加減な…」

「それに、元々酒場の辺りには薄い結界しか張っとらんかったんだ。ドラゴンの姿で飲みに来るドラッケンもいるからな」

「…そんなんでいいのか…?」

「細かいコトは気にするな。とにかく、そんな状況に決着をつけたのが他ならぬチャーリーだ! ウェアウルフを片付けて表へ出たチャーリー、夜空を振り仰いでサイトとドラッケンの姿を見た瞬間、こう考えた! 『城下町が二頭のドラゴンに襲われているッ!』と」

「…おいおい…」
「と、ゆーコトは、つまり…」
「サイト殿も、そのドラッケンとやらも」

「まとめて、ドカン! というワケだな。いやあ、ドラゴンでなければ確実に消し飛んでいただろう」

 青ざめる三人組。
 ふと見ると、チャーリーもテーブルの上に崩れ落ちている。

「ムチャクチャやるなあ、お前…」

「せ、せやけど、ドラゴンが二匹も落ちて来たんでしたら城下町にえらい損害が出たんとちゃいますのん?」

「いや、我々竜人間族は瀕死の重傷を負うと人間の姿に戻るから、そんなことはなかった」

「瀕死の重傷…」
「でも、えらく詳しいんだな?」

 ヴァシルが言うと。

「実は、サイトが飛び込んだ辺りから十数人の騎士を連れて駆けつけて来た私は一部始終をずーっと物陰で見とったのだよ。どうしてサイトまで酔っ払いのケンカに入って行くのかと思いながらな」

 朗らかに答えるサースルーン。
 その言葉を聞くなりサイトはがばっと顔を上げ、

「だったら止めて下さい、父上ッ! 父上がそのとき止めに入って下さっていれば、あんな大事にならなくて済んだんですよッ?!」

「すまんすまん。面白かったもんでつい。…それに、ケンカしているのはいずれも腕に覚えのある猛者ばかりだったようなのでな、止めなくても死者は出るまいと思ったのだ。第一、皆が酔っていい気分になっている時に私が出て行くと、場が白けるだろう」

「その場の雰囲気で物事を処理しないで下さいッ!」

 跳ね起きるチャーリー。

「はっはっは。まあ過ぎたことだ、許せ」

 かけらほども反省する気配なく、笑い飛ばすサースルーンであった。

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