第5章−5
         10 11 12
(5)

 …ガールディー・マクガイルが一般市民に危害を加えるために魔法を使ったことは、彼が生きてきた二百数十年の時間を通して一度もなかった。

 …なかったのに。

 …やっぱり、『闇』なのかなァ…。

 天井を向いて寝転がったまま、真夜中を過ぎても眠くもならないままで、チャーリーはぼんやりと考え続けていた。

 確かに、今までそう信じて行動して来たんだけど…それでも、もしかしたら、と思っていたことは否定しようのない事実だった。

 …けど、これで『闇』のせいじゃないとしたら…。

 なお悪い。

 窓からは青い月明かりが差し込み、ベッドサイドのテーブルと椅子が床に濃い影を落としている。
 物音一つしない、静かな夜。
 皆、もう眠ってしまったのだろう。

 …もういいや。どっちでも。

 チャーリーは勢いをつけてベッドの上に起き上がった。

 ガールディーが『闇』に操られてよーと、そうでなかろーと。
 どっちにしたって状況はかなり悪い。
 いや、どっちかというと、ガールディーが『闇』に乗っ取られてたって方がいいのかもしれない。

 それにしても…。

 ベッドから降りて立ち上がる。
 窓辺に歩み寄る。

 …お腹が空いてしまった…。

 よりにもよってこんな時間に。
 …いくら王様が手配してくれているからって、料理人を起こすわけにもいかないし、かと言って勝手に厨房をあさるワケにもいかないだろうし。
 しかし、食べ物がないとなると余計にお腹が減ってくるのが人情というもの。
 食べられないとなったらどうしたって食べたい。
 …とは言うものの、どうしたらいいのやら…。

 なんて悩むほどのコトもないか。

 窓を開け放つ。
 顔を出して窓に面した庭を見下ろす。
 誰もいないようだ。
 続いて、左右の部屋の窓も見てみる。
 明かりはついていない。
 人がいないのか、いるとしても眠っているのだろう。
 これなら、誰に見咎められる心配もない。

 普通の食堂はもう閉まってるだろうけど、酒場なら終夜営業のハズ。
 満足のいく味の料理が出て来るかどうかは分からないが、この際贅沢は言ってられない。
 飛行魔法を使って窓の外に出ると、音をたてないように注意して窓を閉める。
 開けたままだとなんだか逃げたみたいで、特に理由はないが嫌な気分なのだ。
 根拠はない。

 城下町の方に向き直り、暗く沈んだ建物の並ぶ中でまだ明かりがついている方向を捜す。
 …他の町に比べるとずっと規模は小さいが、盛り場らしい一画が遠目に見つかった。

 チャーリーはそちらへ向かい、マントを翻して飛んで行く。


 その頃、サイトもまた眠れずにいた。
 ベッドの横に置いた椅子に腰かけ、両手で持った一本の長剣の、月光に照らされて蒼く輝く刃をじっと見つめていた。

 黄金の柄…繊細流麗な彫刻を施された、一級の美術品としても通用しそうな立派なもの。
 柄尻にはクレイバー王家の紋章が浮き彫りにされている。
 素晴らしいのは柄ばかりではない。
 刃の方も一流の職人が精魂込めて鍛え上げた、特別なものだ。
 鋼の中に金剛石の破片を入れて作った刃とも伝えられていて、よくあるデザインのどちらかと言えばオーソドックスな長剣という外見に特別な雰囲気を添えている。

 この剣は、善竜人間族の王族に代々伝えられて来た物だった。
 クレイバー王家はサイトでまだ二代目だが、それ以前にもいくつもの王家が存在していた。
 サースルーンは先代の王の治世では近衛兵隊長を務めていたが、その時の功績と培って来た人望、加えて先代の王に子供が生まれなかったという条件が重なって王の座につくことになったのだ。

 …それはともかく、本来ならこの剣は王位を譲るときまでサースルーンの手元にあって然るべきものなのだが、彼は三か月ほど前に思い立ったように息子を呼び寄せて、あっさりとしか言いようがないほどあっさりと剣をサイトに手渡したのだ。

 驚くサイトにサースルーンは言った。

「新しい剣が出来たからこっちはお前にやろう」

 …いや、これではこの剣の歴史というものが台無しになってしまう…。
 サースルーンはきっと、三か月前の段階で息子が旅立つ日が来るのを何らかの力で予知して、その日の為にとサイトに剣を渡したに違いない。
 そう信じよう。

 ともかく。
 ずいぶんと長い間剣を見つめていたサイトだったが、ふっと息をつくと自分の座っていた椅子に立て掛けておいた鞘を取り上げ、銀色の刃をその中にしまった。

 トーザほどではないが、サイトもまた剣術にはかなり自信のある方である。
 実際、城の兵士達の中でもサイトより腕の立つ者は数えるくらいしかいなかった。
 幼い頃から剣の得意な騎士らについて毎日熱心に習練して築き上げて来た土台の上に、一年前チャーリー達に助けられた時の感激(?)からより一層の鍛練を重ね、世界屈指の剣士と名乗ってもいいほどの実力を手に入れたのだ。

 しかしながら、いつもは剣など持ち歩かない。
 竜になれば大抵の戦闘は切り抜けられるし、少しなら攻撃魔法も使えるからだ。
 だが、長旅となると持って行った方がいいだろう。
 変身出来ないような狭い場所で戦わなければならないこともあるだろうし、それに…この剣はドラゴンに傷を負わせることの出来る特殊な武器でもある。
 必ず役に立つはずだ。

 それにしても…チャーリーさんは、一体どうなさったんだろう…。
 武器も持たずにあのモンスターに向かって行ったのは、確かに自分の落ち度だった。
 あのときは何か考えがあったワケでもなかったし…本当に無謀以外の何物でもなかった。

 ただ、今行かなければあの母子が危ないと、それだけ思っただけで…。

 自分の未熟さが身に染みた。
 それはそれとして…どうしてあの後すぐ、チャーリーさんも城に戻って来たんだろう?

 父上が一度様子を見に行かれたけど、別に変わりはないようだと言われただけだし…。

 明日になったら尋ねてみた方がいいんだろうか。
 教えてもらえないような気がしないでもないが。
 何にしてもそろそろ休んだ方がいいかも…。

 そのとき。

 部屋に差し込む月明かりを、一瞬、影が遮った。
 窓に駆け寄って見上げる。
 と、視界の片隅を過った黒い人影。

「? …チャーリーさん…?」

 こんな時間に、一体どこへ…?

前にもどる   『the Legend』トップ   次へすすむ

Copyright © 2001 Kuon Ryu All Rights Reserved.