第5章−8
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 …そんな話をしている間に、忙しなく部屋を出たり入ったりしていたサービス係の手によって朝食の用意はすっかり整えられた。
 テーブルの上にずらりと並んだ料理の数々、ウォルドフサラダ、レオポルドサンドイッチ、かぼちゃのポタージュ、そしてメインは『しゅうへい鍋』ッ!

「あ、朝からナベ物とは…」
「おおッ、うまそう! これって何のナベなんだ?」
「白身魚の上身にモチや野菜を入れたものだ」
「このサラダ変わってますねー、りんごやくるみが入ってる」

 早々と立ち直って食べ始めているチャーリー。
 向かいの席に座ったサイトは食欲がないらしく、ポタージュばかりスプーンですくっては口に運んでいる。

 彼とは対照的なのがヴァシルとコランド。
 昨日からあまり満足のいく物を食べていなかった彼らはここぞとばかりに食物を口にいれている。
 同じ境遇にあったトーザは二人ほどがっつくこともなく淡々と食べているというのに、意地汚いと言えば意地汚い。

 食事をしているときには誰しも自然と無口になるものだ。
 会話が途切れ、食器の触れ合う音だけが耳に入って来る。
 そんな状態で料理も残り少なくなって来て、もうじき全部食べ終わろうかという頃になって、チャーリーがふと顔を上げてサースルーンを見た。

「ところであの二人はどーなったんですか?」
「あの二人とは?」
「ほら、昨夜のウェアウルフとドラッケンですよ」
「ああ、ちゃんと傷を治して客室で休んでもらっているよ」
「謝りに行った方がいいんだろーなァ…」
「向こうも案外覚えてねーんじゃねぇの?」

 鍋に入っていたにんじんを口に入れたままでヴァシルが言う。
 他人事だから無責任なものである。

「だったらいいんだけど…」

 そんな会話の間に食事は終わった。
 サイトが手をつけなかった他の料理は隣に座っていたヴァシルが横から全部取ってしまったので、テーブルの上の皿はどれもこれも空っぽである。

「いやあ、ごっそさんでした。さっすが、お城の朝食ともなると根本的なとこで味が一流ですな〜」

 グラスに残った冷水を飲み干して、コランドが何だかよく分からないコメントを述べた。

「さ〜てと…メシ食ったら一寝入りすっか」
「本気で言ってんじゃないでしょーね…」

「コランド殿、チャーリー達に洞窟で手に入れたあの宝石を見せた方がよいのではござらんか?」

 食べ終わった食器を運びやすいように重ねながら、トーザがコランドの方に視線を向けた。

「おっと、そー言えばすっかり忘れとりましたな」

 腰の袋の中を探る。

「何? あったの、宝石?」

 身を乗り出すチャーリー。
 サイトとサースルーンも注目する。

「これですわ。まあ見て下さい」

 緑色の宝石を手の平に載せて、チャーリー達が見やすいように差し出す。
 顔を寄せるまでもなく、その宝石がそこらにある物とは別の光を放っているということがはっきりと感じとれる。
 三人はしばし言葉もなくコランドの手の上にある石を見つめていた。

「すごい…さすがに尋常じゃないね、この石」
「これがあの海辺の洞窟に?」

 サイトの問いに、トーザがうなずいた。
 それから、ヴァシルとコランドも加わって三人で、洞窟であった一部始終を説明する。

 シーリーのことから始まって、ユリシアのこと、ゲイルス率いるアンデッド兵士のこと、召喚魔法のこと、『3』が本当は『8』だったという冗談みたいな話、宝石の力の代わりに大地のバランスを保っている魔法陣のこと、等々。

 三人でお互いの記憶を補いあって、ともかく一通りの事情を説明し終わったときには、サービス係の手によってテーブルの上はすっかり片付けられ、各人の前には食後のコーヒーが置かれていたりするのだった。

「なるほど、そーいうコトがねえ…」

 コランドがテーブルの真ん中に置いた宝石を改めて見直すチャーリー。

「…またしても邪竜人間族が…」

 呟くサイト。
 サースルーンも難しい顔をしている。
 クレイバー親子が深刻になりそうな気配を察して、チャーリーはすぐに言葉を継いだ。

「そうだ、この城にもそれっぽい宝石があるんだ。サイトのアクアマリンが…この緑のを近くに持ってったら何かわかるかもしれないよね。ねえ、王様?」
「ん…あ、ああ、そうだな。早速試してみるか」
「よしッ、じゃあそうと決まったら急いで宝物庫の方に…」

 チャーリーは手を伸ばすとテーブルの上の宝石を掴み上げた。
 …いや、正確に言うと掴み上げようとした。

 が。

 それは出来なかった。
 何故なら、指先が宝石に触れた途端に、チャーリーの身体は勢いよく弾き飛ばされ、座っていた椅子もろともに後ろの壁に激突してしまったからだ。

「!」

 驚いた全員の視線が、椅子から横に転がって床に倒れたチャーリーに集まる。
 近くにいたトーザが慌てて席を立ち、屈み込んで抱え起こす。

「だ、大丈夫でござるか?」
「いたた…ま、まあね。けど、何、この宝石…さわった瞬間、電撃食らったみたいに…」
「まさか…」

 椅子に座ったままコランドが小声で言う。

「何がまさかだ?」

 ヴァシルが目を向ける。

「ほら、言うてはりましたやん、八つの宝石は八人の勇者しかさわることが出来へんって」
「おお、そーいやそんなコト…ってちょっと待てよ。それじゃあ、何か、オレもトーザもお前まで八人の中に入ってんのに、チャーリーは…」
「せやから、まさかって」

 ヴァシルは宝石を手に持つと。

「ほらよ」

 いきなりサイトの方へぽいと放り投げた。

「うわあッ!」

 叫びながらも、貴重な宝石だということでつい両手で受け止めてしまうサイト。
 吹っ飛ばされるかと思いきや…サイトが持っても、何の変化もなかった。
 きょとんと手の上の宝石を見下ろすサイト。

「四人目の勇者だ。四人目」
「…な、なんか、すげーショック…」
「けど…やっぱ、なんかの間違いとちゃいますのん? チャーリーはんが八人の中に入ってないやなんて、ちょっと信じられまへんわ」
「だよなァ。もう一回試してみるか? サイト、それアイツにぶつけてみろよ」
「わーッ! いい、もういいッ! 勇者だろーと勇者でなかろーと、そんなコトはどーでもいいッ! …それより、アクアマリンの方…んッ、それじゃ、あのアクアマリンは違うのかな…」

「何故です?」

 宝石をテーブルの上に戻して、サイトが問う。

「だって海辺に流れ着いたアクアマリンをここまで持って来たのは別の人だったんでしょ? 八つの宝石の内の一つだとしたら、普通の人がさわろうとしたらさっきの私みたいになるんじゃないの?」
「それもそうですね…」
「でも、普通の宝石とは違うモンなんですやろ? 見るだけ見といても損はないんとちゃいますのん?」

 コランドが身を乗り出して提案する。
 …多分、宝物庫の中が見てみたいだけだろう。

「そう、損はないね…それじゃ、サイトがこれ持って、王様と私と三人で見に行ってみよう」
「ええッ?! ワ、ワイは仲間外れですのん?!」
「だからアンタだけじゃなくてヴァシルもトーザも置いて行くでしょ? 二人とも、異存はないね?」
「オレは食えん物に興味はない」
「大勢で行く必要もないでござろう」
「ああッ! 四面楚歌ッ!」
「チャーリー、あんなに行きたがってるんだからついて来てもらったらどうだ? 私達だけでは分からんコトもあるだろう」
「さっすが王様! ええコト言わはる!」
「いいんですよ王様、コレ連れて行くとまたややこしいコトになるんですから」
「ややこしいコトなんかしませんて〜ッ!」

「それじゃ、行きましょう。三人は大人しく待っててね」

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