第12章−12
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(12)

「ヴァシルさん」
「何だッ?!」
「コートさんは飛び出して行ったっきり戻って来ないと言いましたね」
「そうだ」
「でしたら、今さら研究所へ行っても無駄ではないですか?」

 ヴァシルはふと足を止めた。
 自分ではそんなつもりはなかったのだが研究所の方角へ走っていたらしい。
 メールを振り返る。

「じゃあお前、コートの居場所に心当たりあんのかよ?」
「ありませんよ」

 きっぱりと答える。

「お前ってヤツは…」
「ただ、コートさんが私を捜すために飛び出して行ったのであれば…」
「何?」
「コートさんが私がいると予測した場所に行ってみるべきでしょう」
「なるほど…」

 納得顔でうなずきつつ、どうやらやっとメールが自分からコートに会いに行く気になったようだと判断して、ヴァシルはしつこく彼女の腕を掴んでいた手を放した。

「で、それはどこなんだ?」

 メール・シードはスカーフに手をやって少しの間考え込んだ。

「と言っても、私はあまり出歩かない方でしたからね…」

 他人事のように呟く。

「強いて言えば、図書館でしょう。今頃だともう閉まってると思いますけど」
「何でもいいや、とにかくそこに行こうぜ」
「案内します」

 メールが先に立って走り出した。
 ヴァシルに引きずられて相当な距離を走らされたというのに、汗をかくどころか息さえ乱れていない。
 見かけによらずタフなんだなァと呑気に感心しながらヴァシルはその後について行った。


 ギルバーとバズは数分に及ぶ追走劇の末にひっそりと寝静まった商店街の一隅で約十メートルの距離を間に挟んで対峙した。

「しつっこいヤツだな…アイサツだけだっつってんだろ」
「ふざけるなッ!」

 ギルバーは矢筒から一本の矢を抜き取ると地面に突き刺し、もう一本を手に取ってから弓を構えた。

「やる気かよ? 一対一の戦いじゃ射手の方が圧倒的に不利だろ」

 バズがせせら笑うように言った。
 確かにその通りではある。
 弓矢は相手との距離が十分あってこそ威力を発揮する武器だ。
 予備の矢を地面に突き立てて取りやすくしておくことによってある程度の連射は可能になるが、それでも一発目を外せばあっと言う間に懐に飛び込まれてしまうのは間違いない。
 そしておそらくギルバーの攻撃はバズにいともあっさりとかわされるだろう。
 戦い慣れた格闘家にとって、ほぼ一直線に飛んで来る矢を避けることなど、目を瞑っていても出来るぐらいに簡単なハズだ。

 それがわからない彼ではなかったが、とにかく勢い上武器をとらずにはいられなかったのである。
 そしてたまたま自分の得意とする武器が弓矢だったワケで…。
 この狼人間族、見かけほど思慮深いタイプではないのかもしれない。

 バズが姿勢を低くする。
 すぐに間合いを詰めて来られる体勢だ。
 ギルバーが撃たなくても相手はスキを見て突っ込んで来るだろう。
 そうなったら、どうするか……?

 考えていても仕方がない。
 ギルバーは弦を引き絞ると、狙いを定めた。
 バズは余裕の笑みを見せている。

 撃つと同時に、こちらも動く…相手の攻撃を避けて、間合いを取り直す。
 最初に矢を足元に突き刺しておいた行動から、バズはギルバーがその場所から動くつもりはないと判断しているかもしれない。
 そうだったら、突然の動きに対応し切れないということも有り得る。
 その間に、次を撃てば…バズがこの行動をも予測していた場合は…それはまあ、「そのときはそのとき」だと思うしかない(やはり思慮深いタイプではないようだ)。

 ふとバズ・トーンが身じろいだ。
 矢を放とうとギルバーが指を動かすまさにその直前、突然横合いから飛び出して来た人物がバズの不意をついて背後から彼を殴り倒した。

「?!」

 ギルバーは驚いて弓を下ろし、足元の地面に矢を撃ち込んだ。

 突然現れた人物−夜目の利く狼人間族の目には、それがどうやら人間族の少女らしいということまでわかった−を射てしまわないように。

 一旦地面に倒れ込んだバズはすぐさま跳び起きると、敏捷な動作で新たに現れた敵から離れて体勢を立て直した。
 少女の方も三歩ほど後退して改めて身構える。

 薄い栗色をした短い髪、鋭い光を放つ鳶色の瞳、年齢はチャーリーと同じ位のようだ。
 全身の雰囲気にはまるで隙がなく、心なしか猛々しいものさえ感じさせる。

「何だッ、てめえは?!」

 バズが険しい目で睨みつけるのにも露ほども怯まず、少女は真っ向から相手を見返した。

「ヒトに名前を訊くときはそっちから名乗るんが礼儀やで」
「(小さな声で)不意討ちでヒトを殴り倒したヤツの言う台詞かよ…(大きな声で)バズ・トーン。ドラッケンの格闘家だ」
「うちはディース・バーム。ヒューマンの、同じく格闘家や」
「………?」

 ギルバーはア然となってなりゆきを見守っている。
 突然仲間外れにされたことに気分を害するべきなのか…(しかしそれではいつぞやのトロールと発想が同じだ)。

「何故邪魔をした?! 弱きを助け強きをくじく正義の味方ってツラにも見えねーぜ」

 挑発するように言うもディースは取り合わず、

「アンタがうちの『相手』やからな。勇者を攻撃されて黙っとれるかい」
「…ほう。とすると…そうか、そろそろ向こうも使命に気づき始めたってワケだな」

 バズは愉快そうに応じ…唐突に身を翻らせた。
 跳躍し、ディースの側頭部に回し蹴りを叩き込む。
 ディースは冷静にその蹴りを腕で受ける。
 二人は互いから飛びすさって間合いを取り直し、対峙して構え直すや否や、再び地面を蹴って相手に向かって行く。
 閃光が飛び散るような激しい攻防が何度か繰り返され…最終的にはディースの正拳がバズの鳩尾にぶち込まれ、一瞬身体をくの字に折り曲げた彼が気を取り直してバック宙の要領で彼女から距離をとったところで二人は動きを止めた。

 どちらも注意して見なければわからないほどに肩で息をしている。
 視線は一瞬も相手から外れないまま。

「…なかなかやるな、そうでなくっちゃあな…『相手』としては相応しいぜ」

 バズは不敵に微笑すると、

「今日のところは引き下がってやるよ。次に会うときを楽しみにしてるんだな」

 言い残し、あっと言う間に闇の中に姿を消した。

 ディースは小さく息をつくとギルバーに向き直った。

「アンタが森の翡翠の勇者やな。ケガは?」
「あ…特に」
「聞いとったと思うけど、うちはディース・バーム」
「私は、ロガートの森のギルバー・レキサス…」
『お前さんがこの者の守護者を務めるんじゃな?』

 カムラードの言葉に、ディースは驚いた風もなく首を縦に振った。

「守護者…とは?」
「なんや、まだ何にも聞いてへんの?」
「はあ…そのことについては」
「この近くにまだ他の勇者はおる?」   
『ヴァシル・レドアが王城にいるハズじゃ』
「そんなら、王城に行こか…いっぺんに説明しといた方が手間が省けてええもんな」

 言うなり、ディースはギルバーの返事も聞かずにすたすたと歩き出した。
 慌てて地面に突き刺さったままだった矢を引き抜いて矢筒の中に戻すと、小走りになって追いつく。 

「あの、さっきはどうもありがとうございました」
 並んで歩きながら軽く頭を下げる。

「え? あー、えーのえーの。あれがうちの役目なんやから」

 先程とは百八十度異なった別人のような愛想の良さで、ディースは笑いながら手を振った。

第12章 了


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