第13章−1
《第十三章》
(1)
ギルバー・レキサスと別れて間もなく、ベル研究所の入り口前に到着したチャーリー・ファインとフレデリックは、それまで走り通して来たせいで乱れた息を整える間も惜しんで青銅の扉に続く数段の階段を駆け上がり、壮麗な彫刻に飾られた取っ手に手を伸ばした。
見るからに重そうでどうやって開ければいいのかと一瞬迷ってしまうほどの大きなドアは、チャーリーの指先が触れた途端にひとりでに奥へ向かって開いて行った。
開き切るのを待つのももどかしく、チャーリーはまだ動き続けている扉の間に身体を滑り込ませ、中に入った。
フレデリックもそれに続く。
天井の高いエントランスホールに足を踏み入れたチャーリーは、奥からこちらに向かって歩いて来ようとしている初老の男性の姿を目ざとく見つけ、その場から声をかけた。
「あなたがアントウェルペン・ベル所長ですか?」
この言葉に対して、男性は歩調を緩めずに首を振り、
「私はウォード・ベルニーニ。この研究所に勤めている者です。あなたは?」
当然の問いを返した。
チャーリー達は知るはずもないがヴァシルがここに来たとき一番最初に出会ったと言える学者だ。
年齢が比較的近いことからアントウェルペンの相談役のようなものを日頃から務めていた彼は、当然今回の事件−メール・シードが残した手紙の文面にショックを受けたコート・ベルが飛び出して行ったきり行方不明になってしまったという一連の事実−を知っている。
それもまたチャーリー達は知らないことではあるが。
「私はチャーリー・ファイン」
すぐそばまでやって来ていたウォードの顔に驚きの色が浮かんだ。
名前は知っていたようだ。
まさか直接会うことになるとは思ってもいなかっただろうが。
「あなたが…」
「コート・ベルさんの件で。コートさんが行きそうな場所、分かりませんか」
何事か言いかけたウォードに押しかぶせるようにチャーリーは尋ねた。
ウォードは一瞬口を噤み、記憶を手繰る様子を見せ、それから答えた。
「所長は、都立図書館しか心当たりがないと」
「図書館ですね? 王城のどっち側になります」
「西です。やや北寄り」
畳み掛けるようなチャーリーの語調につられてウォードの言葉もつい短くなる。
「行ってみます。ありがとうございました」
一応礼を言ってはいるものの、チャーリーは言葉の途中で既に黒マントを翻してウォードに背中を向けている。
そのまま、またも開き切っていない扉を擦り抜けてさっさと表へ出て行ってしまった。
ぽかんとなっているウォードに、フレデリックがにこにこと笑顔を向ける。
「すいませんね、急いでいるもので。いつもはあんな方じゃないんですよ」
ウォードがチャーリーと初対面なのをいいことにさりげなくデマを飛ばしている。
「でも、きれいな人でしょ?」
言わなくてもいいことを付け足すフレデリック。
ますます唖然となっているウォードをそのままに、彼もマントをなびかせて研究所から出て行った。
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