第12章−4
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「話は変わるが、ヴァシル君、何故君がそのドラゴンスレイヤーを譲り受けてまで邪竜人間族と戦う気になったんだね? 良かったら訳を聞かせてもらえないか」

「え? オレ、ドラッケンと戦うなんて言ったか?」

「メールがさっき言った『世界の危機』という言葉、君ほどの強者がドラゴンスレイヤーの助けを借りなければならない相手、とくれば邪竜人間族しかいないだろう。さらに言うならば、目下のところ最大の敵はガールディー・マクガイル。君の親友であるチャーリー・ファインやトーザ・ノヴァもこの件に関わっている」

「へ〜、さすが賢者の元締め。よくわかるなァ」

 無邪気に感心するヴァシル。
 よく考えれば別にセージでなくてもましてや元締めでなくても、誰にでも少し頭を働かせればわかることだ。

 ガールディーが邪竜人間族とつながりを持っているのは今や周知の事実だし、世界最強の魔道士としての立場からチャーリーが元・世界一の魔道士のガールディーの暴挙を見過ごすワケがない(さすがのアントウェルペンもガールディーがチャーリーの師匠だということまでは知らないようだ)。
 チャーリーがやる気になれば好戦的なヴァシルは一も二もなく協力を申し出るだろうし、二人が乗り気になっているところにトーザが水を差すハズもない。
 実際の事情は少し違っていたが大筋ではこれで正解と言えるだろう。
 研究所長はそういうコトを口にしただけなのである。

「でも、そんだけわかってるんだったらオレが説明するコトなんてないだろ」

 アントウェルペンははたと膝を打った。

「それもそうだな。要するに君は、チャーリー・ファインの手助けをするためにドラゴンスレイヤーを必要としたと」
「別にチャーリーの手助けってワケじゃねーんだけど…そんなモンだな」

「メールとはどこで会ったのかね?」
「ガールディーが住んでた島だよ。聖域の洞窟のある島」

 コートがはっと不意をつかれたような顔を上げて祖父を見た。
 メールもカップを口につけたまま探るような眼差しをアントウェルペンに向けた。
 どうやら婚約者よりも彼の方がメールの性格をより把握しているらしい。
 彼女に直接尋ねたところでマトモな答えが返って来ないだろうことを見越していたのだから。

 その点ヴァシルなら彼の問いに何の含みもなく真正直に応じるだろう。
 そしてそれはその通りだった。

「メール、そこへは何の用で?」

 アントウェルペンは話の矛先をメール・シードに転じた。
 メールの表情にかすかに苦いものが混じる。
 こういう振り方をされては逃げられない。
 目の前の老人は伊達に長生きしているワケではないということだ。

 カップをテーブルの上に戻すと、メールは意味もなく首元のスカーフに手をやりながら口を開き、イブ・バームに誘われてついて行くことにしたのだと静かな声で説明した。
 ガールディーの小屋で聞かされた通りの理由だ。
 ヴァシルが何も言わなかったのでアントウェルペンも納得したようにうなずいた。
 メールがここで嘘をつけば性格から言ってヴァシルは黙っていまいと踏んでいるのだろう。
 またもや正解である。

「イブさんというと、あの宿屋の娘さんだね。なるほど、彼女ならそんなコトも言い出すだろうな。それにしても、留守にするならするでちゃんと行き先を教えてからにしてくれないと…心配するじゃないか。なあ、コート?」

「え…ええ…」

「すいません、最初はすぐ戻るつもりで…」

 言いかけて、自分の言葉に驚いたように慌てて口を噤む。
 しかしもう遅い。

「はじめはすぐに帰るつもりだったんだね? それじゃあ、途中で戻って来られないような事態が出て来たんだな。一体何があったのか、話してくれるね」

 穏やかではあるが有無を言わせない口調だ。
 メールはアントウェルペンの水色の瞳に素早く視線を当てた。
 柔らかい微笑をたたえている彼の顔の中で目だけが笑っていない。

 彼女は観念したようにゆるく首を左右に振ると、ポケットから取り出した眼鏡をかけ直してから、小さいけれどもはっきりとした声で聖域の洞窟の島でチャーリー達と出会ってからこれまでのことを要領よくまとめて手早く説明した。
 結果、『闇』に対抗出来る八つの宝石のことや、宝石に選ばれる八人の勇者のことなどがアントウェルペンとコートに知らされた。
 この『など』にはその他諸々の多くの事柄が含まれているのは言うまでもない。

 すっかり説明し終えると、メールは冷めた紅茶を一口だけ飲んだ。
 皿の上にはビーネンシュティッヒがまだ五、六個残っていたがもう見向きもしなかった。

「八つの宝石か…王家の洞窟のあの翡翠がその一つだったとはな。研究所からも人をやったんだが、そのときには宝石の正体など皆目見当もつかなかったんだ」

 独り言みたくアントウェルペンは呟いた。

 唐突にメール・シードが立ち上がる。
 そしてそのままものも言わずに出て行ってしまった。
 無造作に閉ざされたドアを思わず腰を浮かしかけたコートはひどく傷ついた風の瞳で見つめた。
 アントウェルペンはソファに座り直すように孫を促した。

「なんだ、アイツ…さっきまであんなに機嫌良かったのに」

 やっぱりメールはチャーリーに似てる。
 皿に残った菓子をひと掴みにするとヴァシルは遠慮なくいっぺんに自分の口に投げ込んだ。
 皿に山盛りだったビーネンシュティッヒの大半を平らげたのは言うまでもなく彼である。
 続いて残っていた紅茶を一気に飲み干して、受け皿の上にカップを置いた。

「本当に、どうしたことなんだか…メールは変わってしまった」
「所長。そんなことは…」
「コート、お前が一番わかっているはずだろう。気持ちはわかるが、いつまでも放っては置けない…」
「わかっています。それでも…」

「───なんかあったのか?」

 力一杯緊張感をそぎ落とすような声でヴァシルが二人の会話に割り込んだ。

「悩みがあるんなら相談に乗ってやるぜ? ドラゴンスレイヤーを譲ってもらった礼…でもないか、とにかく目の前で深刻なカオでワケのわからん話をされるのにはツラいものがあるからな」

 ヴァシルに相談したところで実のある解決方法が得られるとは思えない。
 それは百も承知のうえで、アントウェルペンは彼の好意に甘えることにした。
 理由は彼のファンだったからである。
 他にはない。

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