第12章−6
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「…とまあ、これがコートとメールの馴れ初めなワケだ」
『映像記録再生装置』から映像に出て来たものよりは小型になっている試験管を抜き出しつつ、アントウェルペンがまとめた。
「所長! いつとったんですか、この映像!」
「いつって、そのときに決まってるだろう。部屋の隅に置いてあるガラスの花瓶が記録用のになっているんだ。エントランスにはドアの足元に仕掛けてある。気づいとらんかったのか?」
「いっ、いつの間に…やはり普及を見合わせたのは正解でしたね、こういう風に悪用する人間が出て来ないとも限りませんでしたからね!」
「悪用なんて、大袈裟な…コート、そうヘソを曲げるな。メールがどんなに変わったか、口で言うより見てもらった方がいいと思ったんだ」
「当時は当然そんなことは思ってもいなかったハズです」
「そりゃそうだろう。実を言うとな、二人に子供でもできたらその子に両親の初々しい姿を見せてやろうと思って…」
「五年前のあの時点でどーしてそんなコトを思うんですかッ!!」
「お、落ち着けコート、お客様の前だ」
片手で孫をなだめ片手でヴァシルを示す。
コートとアントウェルペンはサイトとサースルーンにそっくりだ…思いかけて、ヴァシルはハッとした。
コートの目のふちには流れ落ちる寸前といった感じで涙が溜まっていた。
彼がそれに気づいたと同時に、コートは荒々しく服の袖で目のあたりを拭った。
それまでの振る舞いに似つかわしくない乱暴な動作だった。
「男だろ、泣くなよ」
ヴァシルはぶっきらぼうに言い放つと、ソファにもたれていた上体を起こして座り直した。
コートが軽く頭を下げるのを見もしないで、
「そんで、あれは一体誰なんだ?」
「…メール・シードだ。つい先刻までここにいた」
「嘘だろ。別人じゃねーか」
スクリーンの中のメールはくるくると表情のよく変わる、年齢よりは下に見られてしまいそうな子供っぽさをもった少女だった。
どことなくあのバード、マーナ・シェルファードを連想させる。
しかしヴァシルが知っているメールは、あまり感情を表に出すことのない、間違いなく実際の年よりは大人に見られるだろう落ち着いた人物だった。
「いや。本人だ」
「双子の姉キか妹なんじゃねえの? よくあるパターンだろ」
ヴァシルにはスクリーンに登場した髪の長い少女がメール・シードだったとはどうしても信じられない。
メールはチャーリーに似ていた…似通ったものがあった。
ところがあの少女にはそういったものがまったく感じられない。
「メール・シードは一人っ子なんだ」
「…?」
ヴァシルは言葉を切ってうかがうようにアントウェルペンを見た。
アントウェルペンは問われる前に語り出した。
「あの日から、メールは毎日のように研究所に通って来るようになった。彼女が十七歳になった日に正式な研究員としてここに迎えた。その十カ月後、コートはメールに結婚を申し込んだ」
コートはがっくりとうなだれたまま微動だにしない。
「メールの十八歳の誕生日に結婚式を挙げることになっていた…彼女はコートと婚約した一月後、フェデリニにいる遠縁の親族に報告に行って来ると言って王都を出た。そして、誕生日の−結婚式の−三日前に戻って来たのが、君も知っている『彼女』だ」
「ふ〜ん…」
「王都を出て一カ月足らずの間にメール・シードに何か重大な異変が起こったんだ。そうとしか考えられない。それが一体何だったのか…調べても誰もそれを知っている者がいないんだ」
「メール以外に、か」
「そうだ」
「…?」
ヴァシルは再びソファに背をもたせかけると、
「で、結婚式はしたのか?」
とんでもないことを尋ねた。
今までの話を聞いていたのだろうかこの男は。
「いえ…」
沈痛な声を発したのはコートだった。
「戻られたその日に、メールさんからあの約束は破棄すると言われて…」
「なんで?」
つくづくデリカシーのない性格である。
「…わかりません」
「でもまァおかしな話だよな。結婚の約束をしてたった二月しか経ってないってのに」
おかしな話だから他者の意見を仰いでいるのである。
「わかった」
「えッ?!」
アントウェルペンとコートが驚いた顔でヴァシルを見た。
「これはオレ向きの相談事じゃないな」
あっさり言い放った。
ひどい人間だ。
「オレはわかんねーけどさ、チャーリーとかトーザにまた訊いといてやるよ。そうだ、サイトならアンタの気持ちよくわかるんじゃねーかな?」
「あ…あの…あんまり言い触らさないで下さいね…」
そんなコトを言ってももう後の祭りというヤツである。
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