第12章−11
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 同じ頃、チャーリー達もまた走っていた。

 どうして走っているのかは走っている本人達にもわからない。
 心の片隅ではもしかしたらコートがショックのあまりに自殺を図ろうとしているかもしれないということを無意識に考えていたかもしれないが、少なくとも意識下には急がなければならない緊急性は見当たらなかった。

 大体コート・ベルとは三人の内の誰も面識がないワケだから、そんなに全力で走らなければならない謂れもないのだ。
 ただ何となく、城を出て来たときの勢いがそのまま持続している感じである。

 城門を出て程なく研究所がどこにあるのか訊いて来るのを忘れたことに思い当たったチャーリーに代わってギルバーが先頭を走っていた。
 王都に詳しいわけではないが、一通りの道順は頭の中に入っているようだ。
 さすが狼人間族だけあって相当な俊足である。
 少し遅れた後ろをフレデリックが、さらに離れたところをチャーリーが走る。
 彼女に関しては早くも息があがっている。
 日頃の彼女は運動不足だ。
 飛行魔法や移動魔法に頼りまくっているせいである。

「チャーリーさん、私達どーして走ってるんですか?」
「だ…黙って走んなさいッ…」
「あ、健康の為のジョギングですね」
「………」
「それなら朝早くにやった方が良くないですか?」
「………」
「それにペースもちょっと速すぎません?」
「………」
「ところで、ここはどこなんでしょうね」

 チャーリーはモノすごく頭に来ていたのだが言い返す余裕がないので我慢していた。

 やがて三人はひっそりと静まり返った一画に足を踏み入れた。
 扉と窓とを堅く閉ざした民家が道の両側に並ぶ。
 正面に巨大な建物のシルエットがある。
 その建物の窓から漏れる明かりが無数の目のように三人を迎える。

「あれです、あの建物ですよ!」

 ギルバーが振り返って言葉をかけた。

「やあ、あれはどなたですか?」
「………」

 チャーリーは今頃になってどーして自分は飛行魔法を使っていないんだろうと感じ始めていた。
 勢いとはつくづく恐ろしいものだと実感してもいた。

 とにかく、あと少しだ。

 自分に言い聞かせ気力を奮い立たせようとしたとき、突然民家の陰から一つの人影が飛び出して来たのが目に入った。

「?!」

 あっと言う間もなく、影は先頭を行くギルバーに飛びかかった。
 飛び蹴りを食らい、ギルバーはもんどり打って地面に転がった。
 宙で一転して着地したシルエットに向かって、チャーリーは反射的に火炎魔法の火球を投げつけた。
 予測していたのだろう、影は身軽にそれをかわすと自分が出て来た側とは反対の並びの家の屋根に飛び上がった。
 その間に、チャーリーとフレデリックは倒れたギルバーに走り寄る。
 彼は蹴られた側頭部を片手で押さえながらむくりと起き上がった。

「大丈夫ですか?」

 フレデリックがのんびりと尋ねた。

「はい…不覚をとりました」

「誰だッ?!」

 チャーリーが怒鳴ると、それに応じるように屋根の上に影が立ち上がった。
 折よく雲の切れ間から出た月明かりがチャーリー達の周囲をスポットライトのように照らし出す。
 屋根の上にいる人物もその光の輪の中に入った。
 青白い月明かりに映える紅色の髪と瞳。
 ところどころ擦り切れた着古された服で鍛え上げられた浅黒い肌をした身体を包み、膝の後ろまで伸ばした長髪を風に揺らしながら、胸の前で腕を組み一人の青年が強気な視線でチャーリー達を見下ろしていた。

「ドラッケンか?!」

 ギルバーが怒りに燃えて叫んだ。
 弓を持った左手に力を込める。

「そうだ。ギルバー・レキサスだな?」

 突然飛び蹴りをかましておいて今さら何を言うのか。

「バズ・トーン。アイサツに来てやったぜ」
「アイサツだと?」
「お前は『標的』だからな」

 バズは不敵な笑みを見せた。

「今日は顔を見せに来ただけだ。いずれまた会おうぜ」

 言いたいだけ言うと、彼は長い髪をサッと翻して民家の裏手に飛び降りた。

「! 待てッ!」

 チャーリーが止める間もなく、ギルバーはバズを追って民家と民家の間の路地に走り込んで行ってしまった。
 いきなり蹴り倒されたことでよっぽど頭に来ていたのだろう。
 その後ろ姿はたちまち夜闇に紛れて見えなくなる。

「あ〜…行っちゃったよ…」

 相手は邪竜人間族だと言うのに、ギルバー一人で大丈夫だろうか。
 大丈夫ではないような気がしないでもないが…今は研究所に行くのが先決だ。
 自分でそう結論して、チャーリーは今度はゆっくり歩き出した。

「あれ? 追い駆けなくていいんですか?」

 フレデリックが不思議そうに尋ねて来る。

「いいんだ、自分で追ってったんだから何とかするでしょ。それに、相手もこんな街中じゃ派手なコトはしないよ」

 頭に血が昇ったギルバーが王都の外にまで誘い出されてしまう可能性についてはあまり考えないことにしよう。
 それにいざとなったらカムラードがストップをかけてくれるハズだから。

「私達は研究所に急ごう」
「何をしに行くんですか?」
「………」

 本当に何をしに行くんだろう…。

 チャーリーにも実のところよくわかっていなかったが、そこをフレデリックに指摘されるとそれはそれでまた腹の立つものであった。

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