第12章−10
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 ヴァシルとゴールドウィンが部屋に入って行っても、メールは別段悪びれた様子も驚いた様子もなく、読んでいた本から顔を上げて二人を見ただけだった。
 逃げようともしなければ気まずい表情を浮かべたりということもしない。
 ただ平然と座って、二人が近寄って来るのを待っている。
 二人が前に立つと、メールは片手を軽く挙げて言った。

「国王陛下、先程妹さんにお会いしましたよ。噂に違わずおきれいな方ですね」

「お前、どうしてここにいるんだ?!」

 ヴァシルが大声で詰め寄った。
 メールはきょとんとした顔で、

「どうしてって、ヴァシルさん達と一緒に来たんじゃありませんか。フレデリックさんではあるまいし、もうお忘れになったワケではないでしょう?」
「…い、一体何だったんだよ、それじゃあ研究所にあったあの手紙は!」
「手紙と言われますと、あの部屋にあった? あれは、これまでお世話になった方々への別れの挨拶のつもりで…」
「あんなアイサツがあるかッ! あれを読んで、コートが飛び出して行ったっきり戻って来ないんだぞ!」

 怒鳴りつけるように言うが彼女は全然動じない。

「確かに、コートさんにとってはショックな内容だったでしょうね。でも、まったく予測出来なかった事柄ではないのですから、そのうち落ち着いて帰って来るでしょう」

「お前なァ…ちょっと来いッ!」

 ヴァシルはやにわにメールの腕を取ると乱暴に引っ張って立ち上がらせた。

「何を…」

「コートを捜すんだ! お前の口から直接説明してやるんだよ!」

 呆気にとられているゴールドウィンには構わず、ヴァシルは渋るメールを無理矢理廊下まで引きずり出した。
 彼の腕力に抗うことが出来るハズもなく、メールは図書室から連れ出された。

「必要ないんじゃないですか。下手に言葉を足せば傷を深くするだけでしょう。…痛いですよ、離して下さい」

 無表情にメールは言葉を投げた。

 淡々としたその声を聞いて初めて、ヴァシルは自分がメールに乱暴な扱いをしている理由を自覚した。
 彼は怒っていたのだ−コートの気持ちを踏みにじろうとしているメールに対して。
 不意にヴァシルはメールの顔を真っ向から見据えた。

「お前は誰だ?」
「え…」
「お前は誰だって訊いてんだよ」

 メールは苦々しげに唇を噛んでから、静かな声で答える。

「メール・シードです」

 彼女は何故その名に固執するのだろう?
 コートに宛てた手紙の中に自分はメールではないとあれほどハッキリと書いていたというのに。
 そんなコトは、彼にはわからない。

「だったら来い! コートを見つけるんだよ!! お前が、その名前を使う限りは!」

 ヴァシルはメールの腕をがっちり掴んだまま駆け出した。
 つられて走りつつ、なおも問う。

「何故です?! 何故…」
「オレが知るかよ、そんなコト!!」
「なッ……」
「お前が考えろ、セージなんだろッ!!」

 叩きつけるようにヴァシルは言い放った。

 どうしてメールをコートに会わせようなんて考えついたのか…ヴァシルには本当にわからなかった。
 メールが言ったようにコートの傷をひどくするだけの結果になるかもしれない。
 むしろその確率の方が高いだろう。
 それは、アタマの中ではわかっていたけれど…。

 男女間に生じるフクザツな感情のことなどこれっぽっちも、それこそカケラほども理解していないヴァシルのことである。
 彼の行動はもっぱら直感と衝動とに基づいていた。
 色々考えてはみるが、結局理由とか結果なんてモノは二の次三の次で突っ走る。
 これまではそれで結構うまくいっていた。
 だったら今回もうまくいくハズだ。

 ワケのわからない自信に支えられて、彼は王城から飛び出した。
 何となく足の向いた方向に向かって走る。
 メールは手を引かれるままについて来る。
 それがなおさら腹立たしかった。

 もしコイツが根っからのニセモノだってんなら、そもそもメール・シードを名乗る必要もわざわざ研究所に戻って来る必要もなかった。
 ニセモノと見抜かれないように演技しているのならともかく、そういった努力をまったくしていないコイツが本人の主張通りにメール・シードでないとは考えられない。
 本当にニセモノならもっと首尾よく立ち回るハズだ。

 でも、それじゃあコイツが本物のメール・シードなのかと言うと…それもやっぱり疑わしい。
 性格の豹変云々は百歩譲って大目に見るとしても、コートに対してこうまで冷淡になれるものだろうか。
 なれるとしても、それでは何故?

 思考はどこまで行っても納得のいく解答にはたどり着けなかった。

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