第12章−8
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 途中廊下で出会ったコートを混じえて、三人は西南の隅にあるメールの私室に向かった。
 ドアに鍵はかかっておらずノブを回すとあっけなく開いた。

 部屋の中を捜索するまでもなく、問題のファイルがもうそこにはないことは明らかだった。
 室内正面と左側の壁を埋めた大きな書棚はいずれもカラになっていた。
 ファイルどころか書物も消えてなくなっている。

「これは…」

 コートが衝撃を受けたように一歩後退った。

「遅かったか…コート、最後にこの部屋に入ったのはいつだ?」
「一週間ほど前です。そのときは…」

 ヴァシルは部屋の中央に置かれた机に近寄り引き出しを全部調べてみた。
 小物類はそのまま入っていたが書類はメモ書きにいたるまで一枚も見つからなかった。

「どーいうコトだ…?」

 ヴァシルは前髪をかき上げながら何となく部屋の中を見回しつつ、

「ところでウェル、確認したいことって何だったんだよ」

 仕方ないのでアントウェルペンに話しかける。
 ウェルというのはヴァシルが勝手につけた彼の愛称だ。

「あるファイルの内容だ。もしかしたらそこに日付が記されてあったかもしれないと思ったんだ。どうやら、その通りだったようだな」
「日付? 所長、日付にどんな意味が…」
「そこまではわからん。だが、メールにとっては重大な意味を持つものだったようだな」
「───あ。おい、こんなモノがあったぜ」

 机を離れて右手側のベッドの下を探っていたヴァシルが一通の封書を手に戻って来た。
 コートがそれを受け取る。
 表書きを見る。
 …何も書いていない。
 裏も同様だ。

「…所長」
「開けてみなさい」
「しかし、これは…」
「他の男からの恋文かもしれんぞ」
「そんなことを言ってる場合じゃ…!」

「それは冗談としてだ。書籍文書の類いを一切合切処分したこの部屋に一通だけ残されていた手紙だ。何か意味があるんだろう…ひょっとしたらお前に宛てたメッセージかもしれんじゃないか」

「わたしに…?」

 封筒に封はされていなかった。
 コートは迷いつつも便箋を引き出した。
 開くと同時に書き出しの一文が目に飛び込んでくる。

『コート・ベル様』

 慌てて続きの文章に目を走らせる。
 大急ぎで書き殴ったような乱雑な文字が並んでいた。

『貴方の献身的な愛情にお応えすることが出来ず申し訳のしようもありません。これまで何の説明もなくこの研究所にお世話になりご迷惑をおかけして来ましたが、このたび状況が大きく変化しましたので、誠に身勝手ではありますがここを出させていただきます。今後も健康に留意し研究活動にますます精進されますよう。最後に一つだけお教えしておきます。』

 コートの顔色が変わった。
 便箋を持つ手が小刻みに短く震える。
 のぞき込んだヴァシルとアントウェルペンも言葉を失くした。

『メール・シードはあの旅の途上で命を落としました。私はメール・シードではありません。』

「おい、これ…」

 ヴァシルが何事か言いかける。
 アントウェルペンがコートの手から便箋を取り上げた。
 手紙はそこまでで終わっている。

「何なんだよ、一体?」
「………」

 アントウェルペンは無言で文面を睨んでいた。
 コートがそれを押しのけるようにして研究室を出、駆け去った。

「お、おいッ!」

 ヴァシル、反射的にコートを追って廊下まで出る。

「何なんだよ一体…ウェル、追いかけなくていいのか?!」
「追いついたところでわしらには何もしてやれんよ」

 疲れ果てたように肩を落とし、深く深くタメ息をついた。

「それでもよぉ…」
「メールの行くあてに心当たりはないかね?」
「オレにんなモンあるワケないだろ…アンタも結局動揺してんじゃねーか」
「そーかもしれん、な…」

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