第11章−6
(6)
「チャーリー!」
シルヴァリオンの背中でヴァシルが大声をあげた。
思わず立ち上がりかけた彼をゴールドウィンが押さえる。
飛竜の横にいたグリフが悲鳴に似た声で鳴く。
その声に、背中のメールがようやく目を覚ました。
「…どーかしましたか…?」
眼鏡を外して目をこすっている。
その問いに答える余裕のある者はいない。
ヴァシルもゴールドウィンも、津波とそれを乗り越えるようにして長い身体を海中へ滑らせた海蛇−シー・サーペント−の姿を凝視していた。
ゴールドウィンの表情が歪む。
これで津波を止めることは出来なくなった…。
一体、どうすれば……?
激しい動揺が心を満たす。
大津波が真白な牙のように浜辺へ突っ込んで行く…行ったと同時に。
中空で波が凍りついた。
鋭く尖った槍のような氷柱が今にも砂浜に突き刺さりそうに伸びている。
砂の上に影が落ちる。
…大津波は完全にその動きを停止した。
「………?」
唖然と見つめる。
今頃になって…?
チャーリーの魔法が遅れて効力を発揮したのだろうか。
そんなワケがない。
それでは、彼女が水中で…? もっとそんなワケがない。
自分のいる場所まで凍りついてしまうかもしれないのに、するハズがない。
…じゃあ、『誰』が…?
ヴァシルとゴールドウィンとは同時にメールの方へ顔を向けた。
メールはきょとんとした目で二人を見返した。
メール・シードが魔法を使った、ということではどうやらなさそうだ。
ホッとしたようなアテが外れたような複雑な気分である。
そんな気分を味わう間こそあれ、今度は凍りついた水面を突き破って津波の中からチャーリーが飛び出して来た。
空中に止まって海面を見つめている。
その目前に再び先程の海蛇が出現する。
波の壁よりも沖の方、まだ氷に覆われていない海中から空に逃れようとでもするかのように伸び上がり、水を含んで重く垂れた黒いマントに身を包んだ魔道士に再度牙を向けた。
チャーリーの手刀が冷静に空を切る。
連動して海蛇の頭部が目には見えない風の刃に斬り裂かれ、撥ね飛んだ。
青緑色の体液を切り口から噴き出しながらのたくりつつ、胴体は海の中に消える。
そのすぐそばに頭も落ちた。
輝きを失って鈍い紅色に染め変えられた双眸もすぐに見えなくなった。
☆
チャーリーは塩水の滴る髪をかき上げ、目を細めて海面を凝視した。
シー・サーペントの体液で微妙に変色した水面には、自然に寄せては返す波の他に変わった動きはない。
どうやら一撃で絶命してくれたようだ。
身体の大きさのわりには弱っちい奴だった。
そのまま視線を凍りついた波の方へ動かす。
「誰がやったんだ…?」
自分でないことは確かだ。
海蛇の巨体に巻き込まれたときの衝撃で完成間近だった氷の呪文はアタマの中から吹っ飛んだ。
未完成の呪文で魔法が発動することはない。
自分が失敗したのを見て、もう一人別の誰かが助けてくれたのだ。
もしかして、メール・シード…?
と、一瞬ヴァシル達と同じことを考える。
彼女はとかく何か出来そうな雰囲気を漂わせているのだ。
が、その考えは自分で打ち消す。
何となく彼女じゃない。
根拠はない。
…とすると…イヤな予感がまた胸中に戻って来た。
まさか……。
「おーい、大丈夫だったか?」
顔を上げると、シルヴァリオンとグリフがすぐそばまでやって来ていた。
チャーリーは手を伸ばしてグリフォンのクチバシを撫でた。
メールは津波を見下ろしてしきりに感心している様子だ。
これだけの威力をもった魔法を実際に見たことが今までなかったのに違いない。
「ずいぶんハデに叩き落とされたようだが…」
ゴールドウィンが気遣わしげに言葉をかける。
「大したことないですよ。アイツの身体と一緒に落ちたからかえって衝撃が吸収されたぐらいです。それより…」
濡れネズミになった自分の服を見下ろす。
黒い服は水を含むと倍近くは重そうに見えた。
「早く着替えんと風邪をひいてしまうな…」
「私はヴァシルとは違うから」
「何だよ、それー…」
「急いで王城に向かおう」
「…あれっ?」
ゴールドウィンがシルヴァリオンを方向転換させようとしたとき、ヴァシルがまたも不審げな声を漏らした。
「どうした、ヴァシル・レドア」
「さっき空にいた人影はどこに行ったんだ?」
「えッ…?」
チャーリーは咄嗟に視線を巡らした。
いない。
空には姿がない。
ピンときた。
「王家の洞窟だッ!」
チャーリー、ヴァシル、ゴールドウィンの目が下方に集まる。
吸い寄せられるように速度を上げて洞窟の入り口に向かって行く二つの人影があった。
「行くぞッ!」
シルヴァリオンが鋭く吠えて応じる。
グリフも身体を翻した。
チャーリー達は洞窟を指して飛び出した。
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