第11章−3
(3)
翌朝。
気持ち良く晴れ上がった空の下で、ノルラッティ・ロードリングは花壇の世話にいそしんでいた。
今日から当分の間、自分で草花の手入れをすることは出来なくなる。
だから普段よりも一層心を込めて水をやったり雑草を取ったりしてやるのだった。
「あら…おはようございます、セレイスさん」
ふと視界の中に入って来た人影に気づいて、ノルラッティは立ち上がり明るく声をかけた。
中庭に面した廊下を歩いて来たセレイスが立ち止まる。
「おはようございます、ノルラッティさん。毎朝ご精が出ますね」
「いいえ、慣れてますから。セレイスさん、どこか行かれるんですか?」
「ええ…チャーリーさんへ、これを届けに」
セレイスは片手に持った封筒を振ってみせた。
表にも裏にも何も書かれていない。
「手紙ですか? どなたから…」
「さあ。城門の所で旅の魔道士に渡されたんです。その魔道士も差出人というワケではなくて、カーシーで別の人から託されたようです。この手紙は何人かの手を経て来たらしいですね」
「ずいぶん手間がかかってるんですね」
「よく途中で失くならなかったものです」
「でも…まだ起きてらっしゃらないんじゃないでしょうか?
チャーリーさん」
「あ」
セレイスは今初めて気がついたという顔でノルラッティを見返した。
それから、手に持った封筒を見下ろす。
「だったらどうしよう、この手紙…」
「そうですねぇ…」
何の気なしに顔を上げたノルラッティの視線の先に、また人影が飛び込んで来た。
二階の廊下に黒いマントがわずかに見え隠れした。
二階廊下の中庭に面した箇所は精緻な彫刻の施された御影石で出来た柵になっていて、歩いている人の足元が下から見えるようになっている。
「あっ、チャーリーさん…?」
「えっ?」
セレイスは思わず廊下から一歩踏み出して頭上を振り仰いだ。
ノルラッティが少し大きな声で改めて呼びかけると、行き過ぎかけていた黒いマントがぴたりと動きを止め、柵の向こう側に起き抜けで冴えない顔をしたチャーリーが立った。
「おはよう、ノルラッティ…」
「おはようございます、チャーリーさん。手紙が来てるそうですよ」
「手紙?」
「これです」
二階を見上げられる位置に立って、セレイスが封筒を差し出す。
「誰から?」
「それはわからないんですけど…便箋の方に書いてあるんじゃないでしょうか?」
「封筒には書いてないんだ」
「そうです」
チャーリーは御影石の柵を寝起きの彼女にしては意外な身軽さでひらりと飛び越えると、ノルラッティとセレイスの前にふわりと着地した。
右手を伸ばして封筒を受け取ると、表と裏とを素早くチェックし、それから右端の部分を破る。
中に入っていたのは普通のサイズの薄茶色をした便箋が三枚。
三ツ折りになっていたのを手早く広げて、文面に目を通す。
薄手の便箋には、ダークブルーのインクで書かれた走り書きの文字がびっしりと並んでいる。
そこに記された文章を読み始めるや否や、チャーリーの顔色が一変した。
ぼーっとしていた目が途端に鋭い光を帯び、表情が目に見えて引き締まる。
忙しない動作で三枚の便箋をめくる…便箋の右肩に書かれてある数字を確認する…それから、チャーリーは手紙をぐしゃぐしゃに丸めてしまおうとするように手を動かしかけて…はッと何かに思い当たったかのようなカオでその動きを止め、自分で自分を押さえ込むようにわざとゆっくりと便箋を封筒に戻した。
「ど…どうなさったんですか?」
恐る恐るノルラッティが問う。
「何が書いてあったんです?」
「ラストジャッジメント…」
チャーリーは囁くように答えた。
「え?」
ノルラッティとセレイスが同時に聞き返す。
ただし、彼女の言った単語が聞き取れなかったからではなく、その単語の意外さに驚いたために。
「それって、あの…審判魔法のことですか?」
セレイスが控え目に言うと、チャーリーは大きくうなずいた。
「そこに呪文が…?」
「全部じゃないようだけどね。親切なノンブルがついてるよ…4/9、5/9、6/9」
「九枚あるうちの三枚しかそこには入っていないということですか…?」
「数字を素直にとるならね。…けど、誰が一体こんな物を…それに、残りの六枚はどこに…?」
呟きながら、チャーリーは二人にくるりと背を向けた。
そのまま何事か小声で言いつつ、廊下に向かって歩いて行ってしまう。
ノルラッティとセレイスはその背中を、話しかけることも出来ないまま見送った。
「チャーリーさんって…あの手紙を誰が持って来たのかとか、そういうコトは気にならないのかしら?」
「さあ…?」
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