第11章−11
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(11)

 途中何事もなくチャーリー達は王城に到着した。

 グリフとシルヴァリオンは当然、スレイマンをはじめとする騎士六人も一緒である。
 翡翠をヴァシルが持ち出した為通常の倍の人員で警備する理由がなくなり戻って来たのだ。
 彼らとは門の所で別れた。

 玄関を入ったところで、ゴールドウィンを目ざとく見つけた一人の老人が走り寄って来た。

「陛下! よくぞご無事で!」

 陽の光が反射しそうに禿げ上がった頭、それとは対照的に豊かな真っ白い顎髭と口髭を胸の前に垂らし、高位の神官の衣服に身を包んだ彼は言うまでもなくゴールドウィンの一の側近、ご幼少の頃からの教育係でもあり現在では政治外交その他の事柄に関するアドバイスもする国務大臣でもある、いわゆる『じい』というヤツであった。

 片手にはそのもの自体に相当な魔力を秘めていそうな長い杖を握っている。
 足腰が弱ってきているから持っている、というのでないのは誰の目から見てもはっきりしていた。
 腰も背中もしゃんとしていたし、蒼い瞳には若々しい光が満ちている。

「おお、じいやか。出迎えご苦労。心配をかけたな」

 軽く片手を上げてゴールドウィンは爽やかに微笑した。
 しかしそんな笑顔にだまされるようなじいやではない。

「…今回は何事もなくこうして戻って来れたからよろしかったようなものの、何が起こるか誰にも予測のつかないこのような時期に国王陛下たる方が勝手な行動をとられては、民にも悪い影響が…」

「それよりじいや、魔道士チャーリーに新しい服を用意してやってくれ。先刻海に落ちてな、早く着替えさせないといけない」

 すっかり顔色の悪いチャーリーを見て、じいやは慌てて廊下の奥に声をかけた。
 侍女が一人小走りにやって来る。

「我々は食堂で先に昼食をとっているからな」

 亜麻色の髪の侍女に案内されて歩いて行くチャーリーの背に、ゴールドウィンが声をかける。
 チャーリーは上げた右手を肩の上で振って応じた。

「陛下、昼食の前に会っていただきたい方がいらっしゃるのですが…」

「ほう。誰だ?」

「先程の大津波を凍らせて大陸への被害を未然に防がれた方です。たまたま城の近くにおられたので、お礼をということで今は応接室の方でお待ちいただいています」

「それではちょうどよいときに戻って来たのだな。それで、その者の名は?」

「フレデリック様と…」

 じいやが言い終わらぬうちに侍女の悲鳴があがった。
 ビックリして注目した一同の視線の先でチャーリーが倒れている。
 どうやらさっきのじいやの言葉を聞いてしまったらしい。

「だっ、大丈夫ですか?!」

 侍女が慌てて抱え起こそうとする。
 ゴールドウィンとじいやもすぐに駆けつけようとしたが、ヴァシルが大笑いしながらそれを制した。

「心配いらねえって、そのフレデリックって奴がちょっと苦手なだけなんだから」

 ちょっとどころではない。すごく苦手だ。

「なんだ、魔道士チャーリーの知り合いなのか」

「大変ですねぇ。手伝いましょう」

 メールはすたすたとチャーリーの方へ歩いて行った。
 肩を貸して、軽々とチャーリーを立ち上がらせる。

「それよか、ギルバーって奴を呼んどいた方がよくないか?」
「それもそうだな…じいや、兵士にギルバー・レキサスという者を捜させてくれ。ウェアウルフの族長のご令息だ。どこかの宿にいるに違いない」
「その者が何か?」
「大事な客人だ。出来れば昼食に同席してもらいたい。頼むぞ」
「はっ、それではそのように…」

「ヴァシル・レドア、お前は先に食べているといい。食堂の位置は知っているだろう?」
「おう」

 どんな建物でも食事をどこでとるのかということだけは人並み外れた正確さで記憶している。
 建物を街に置き換えても同じだ。

「私は応接室へ行くとしよう。魔道士チャーリーが名前を聞いただけで倒れるなど、どんな人物か興味がある」

 フレデリックと本気で話し合ったらきっとゴールドウィンも倒れるだろう。

 疲労で。


 チャーリーは濡れた黒髪をわしわしとタオルで拭った。
 片手を伸ばして眼鏡を探り当て、かける。
 ほてった身体の熱気でレンズが曇った。
 服を着替えるだけのつもりだったのに、ほとんど強制的に入浴させられてしまった。
 風呂に入るのは嫌いじゃないし実際さっぱりとして気持ち良かったしあれだけ寒かったのも嘘のように消えてしまったけれど、昼間っからおフロってのも何かなァ…という感じだ。

 後で聞いたところによると王城には炎の精霊サラマンダーの大いなる力を秘めた水晶球があって、それを利用して二十四時間給湯を可能にしているのだとか。
 精霊の力を無駄遣いしている…気がする…。

 カゴの中には脱いだ服の代わりに侍女が用意してくれた新しい服が入っていた。
 脱衣所の出入り口のドアの横に並べておいたブーツも別の物に代わっている。
 チャーリーは部屋の片隅の観葉植物の鉢の後ろに隠しておいた自分の手袋を取り出した。
 これもなくなっていたらスゴかったのだが−何が、かはわからない−さすがにそれはムリだったらしい。

 手早く衣服を身に着け、新しいブーツを履いて脱衣所を出る。
 食堂の位置は把握していた。
 ヴァシルと違って他の部屋のある場所もきちんと覚えている。
 が、とりあえずは食堂に向かう。
 メールもそこにいるだろう。


「おッ?」

 ノックもせずに食堂のドアを開けた人物−もちろんチャーリー−の方を見て、ヴァシルは思わず食事の手を止めて驚いた声をあげた。
 ヴァシルやトーザはチャーリーが片手に手袋をはめていないだけでどきッとしてしまうぐらいである。
 からして、チャーリーがいつもの黒ずくめのもの以外の服を着ていると…一瞬、チャーリーだとはわからなかったりする。
 ので、ヴァシルは見慣れたチャーリーが入って来たにも拘わらずビックリした声をあげてしまったのだ。

 ところで、いつもいつもチャーリーが同じ服を着ているからって、彼女が不潔な人間だというわけでは断じてない。
 シェリインの自宅に戻れば同じデザインの服が十五着、マントが四枚、ブーツが三足、手袋が五本ある。
 旅先でも似たような服を調達してちゃんと着替える。
 購入の基準は一つ、黒もしくは地味な色の布地で作られていること。
 特に黒は都合がいいのだ。
 魔法の力を制御する働きがあるから。

 しかし、今彼女が着ている服は彼女の購入基準から明らかに外れていた。
 真っ白な、肘までの長さの袖の上着。
 腰に締めた太いベルトは黒だが、すらりとした布のズボンは薄い水色で、ブーツは上着と同じ白だった。
 マントは腰をわずかに過ぎるくらいの完全に装飾用の薄手のもので、サイトやサースルーンが身に着けていたのと同じような青色をしていた。
 首もとにはマントを留めるための赤い石のブローチ。

「お久しぶりです、チャーリーさん!」

 がたんと椅子から立ち上がった人物がいた。
 そっちを見なくてもわかる。
 フレデリックだ。
 年の頃なら二十四、五、ひょろりと細長い印象を与える彼。
 身長はチャーリーより頭一つ半分くらい高い。
 黒い髪の毛とマント、赤い石の飾りがついたヘッドギアに上半身だけの革の鎧−つまりショルダー・アーマー−を身に着けている。
 その下にマントと同色のローブを着ている。

 にこにこと愛想のいいカオをしたその青年魔道士とチャーリーとは、約二年前に知り合った。
 どこをどう気に入ったのかチャーリーに一目惚れしたフレデリックが街中で声をかけてきたのがそもそもの始まりであった。

 テーブルを回り込んで自分の方へ嬉しそーに歩いて来ようとしているフレデリックの姿を見ると、チャーリーは思わず今開けたばかりのドアを閉めてしまいたくなった。
 …と思ったら、勝手に手が動いて閉めていた。

「よっぽど苦手なんだな…」
「サイトの方がまだマシだな」

 食事を再開しつつヴァシルが言った。

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