第4章−1
《第四章》
(1)
全身鎧の男は名をゲイルスといった。
もしかしたらずっと改めて書く機会がないかもしれないので最初に明記しておく。
この男、髪と瞳は赤いが、以前チャーリーやコランドと戦ったレフィデッドと同じく、邪竜人間族ではない。
人間族だ。
だから、竜に変身することは出来ない。
もっとも、出来たとしてもここではどうしようもないのだが。
一方、引き連れた兵士達は全員が正真正銘の邪竜人間族だ。
アンデッドには自分の意志というものがないのでゲイルスが命令しない限り竜になることはないし、奴もこんな所で変身させるなんて無茶な真似はいくらなんでもしないハズ…下手をすると自分が潰されてしまうかもしれないのだから。
とにかく、竜にならないのであれば邪竜人間族とも戦える。
人間の姿のときは、人間よりほんの少し優れている程度の戦闘能力しか大抵の邪竜人間族は持っていないのだ。
十分戦える。
「な〜にがアンデッド兵士だ。単なる死に損ないじゃねえかよ」
ヴァシルがヒドイことを言った。
「油断は禁物でござるぞ、ヴァシル。なんせ相手は…」
「痛みも恐怖も感じない…絶対に勝てるハズがないっていう相手にも遠慮なく向かって来る厄介な奴でござるゆえ、って言うんだろ。上等じゃねーか、もう死んでるとなったらこっちだって気兼ねなく叩きのめせるからな」
怪しげに声を殺して笑い始める。
「ヴァシル、トーザ」
シーリーが二人の後ろから呼びかけた。
トーザだけ振り返る。
「一気にカタをつけるぞ。あんまり時間かけてられねーからな…ここに魔法の心得のない奴がいるだけでも、ユリシアにとっては負担になってるに違いないんだからな」
「一気にとは…何か策があるんでござるな?」
「焼き払う。サラマンダーを召喚する」
「マジかよ!?」
その言葉にヴァシルが振り向いた。
シーリーの正気を疑うような目つきで。
「アンデッド退治には『光』か火炎が一番だろ」
「でも…だからって、イブリース、自分の力ってものをもうちょっと…」
「オレはイブリースじゃねえって! …心配すんなって、一応契約はしてあるんだからちゃんと呪文を最後まで唱えるきちんとした正式のやり方で呼び出せばオレの言うこと聞くよ」
シーリーの呼び出したモンスターが時として暴走してしまうのは、シーリーの力量を超える強力な魔物を省略された呪文で呼び寄せてしまうからだ。
短くされた呪文の力では召還した魔物を十分に縛ることが出来ない。
だから、呪文で及ばなかった分を術者の精神力で補わなければならないのだが、呼び出す段階からして魔法の杖の補助なしには満足に成し遂げられないシーリーにそんな余分な力があるワケもなく、結果として周囲に迷惑をかけてしまう事態を招いてしまうことになるのである。
しかし、そうではあってもシーリーがれっきとした魔物召喚士であることに間違いはない。
本人が言うとおり、ちゃんとしたやり方をすればどんなモンスターだって彼に従うことは確実だ。
「…ふむ、では、拙者達でシーリー殿が呪文を詠唱する時間を稼げばよいのでござるな」
「ああ、しっかり頼むぞ。精神集中が少しでも乱れたら、とんでもないことになりかねない…相手はあの炎の精霊サラマンダーだし、実のところ契約はしたものの召喚するのは初めてなんだからな」
「…ホントに大丈夫かよ? まっ、ダメでもともとだ、気の済むようにやってみりゃいい」
ヴァシルは再びゲイルス達に向き直った。
トーザも身構えて、シーリーに背中を向ける。
シーリーは両手の指を組み合わせるようにして長い杖をしっかりと握り締め、肘を伸ばして届く所にそれを突き立てた。
目を閉じて、精神統一を開始する。
「お互いへの別れのアイサツは済んだかね」
「…………」
「覚悟が出来たようだな」
ゲイルスは人を馬鹿にしたような口調で、ヴァシル達にもちゃんと聞こえるように呟くと、左手を肩の高さにまですっと挙げた。
兵士達が武器を持ち直す。
後列の兵士の持つ槍の穂先が背中に触れても、前列の兵士の表情は変わらない。
「かかれッ!」
一瞬の後、手が振り下ろされる。
兵士達が一斉に動き出した。
ヴァシルとトーザも、地面を蹴って前に出て行く。
シーリーは祭壇に上がる階段の前で呪文の詠唱を続け、コランドとユリシアとは不安げに祭壇の上からヴァシル達の様子を見下ろしていた。
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