第4章−6
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 ノームの指示通りコインを並べるのにさほど時間はかからなかった。
 祭壇の周囲を大中小三重の円で囲み、円と円との間に十数枚のコインでいくつかの図形を作る。
 図形同士をコインを並べて作った線でつなぎ−最後に、部屋の四隅に残りの金貨を全部積み上げた。

 魔法陣で構成された結界の効果はコインの中にある魔力が尽きるまで持続する。
 まず円の部分のコインの力が外側から順に使われ、次に円の中の図形の分、図形をつないでいる線の分と消耗される。
 それもなくなったら四隅の金貨の山を順番に崩してゆく。

 緑色の宝石の代用として消費される力は常識の枠を半ば超えかけるものだったが、金貨に込められたガールディーの力はそれを軽く遥かに上回る膨大な量らしい。
 半年は確実にもつだろう。
 それ以上は、たとえコインの力が残っていても、大地のバランスを司っているのが本物の宝石ではないということから様々な弊害が起きるということだった。

 ユリシアは巻物をトーザの手に返すと、
「それでは、皆さんは魔法陣から離れていて下さい」
 と皆を促した。

 言われるまま−図形は部屋いっぱいに広がっているから−ヴァシル達は外へ出た。
 開け放たれたドアの前に並んで立って、様子を見守る。

 ユリシアとノームの声とが二、三言葉を交わしている。
 呪文詠唱の打ち合わせだろうか。

 呪文だなんて、あんなややっこしいモンよく覚えてられるよなァ。

 ヴァシルは呆れたような感心したような目でユリシアの後ろ姿を眺めていた。
 トーザの使う回復の呪文はそんなに長くないからあまりそういう風には感じたりしないが、チャーリーが気まぐれで唱えている奴や、さっきシーリーが使ったようなのを聞くと、どうやったらあんなに果てしなく長いものを覚えられるんだろうと不思議になる。

 …あーゆーのを覚えてられる人間は、きっとオレとは頭の出来が根本的に違うんだろうなァ。

 しかし、ヴァシルはひがんでいるワケではない。
 一方では、ヴァシルに比べるとアメーバのように足の遅いチャーリーに哀れみさえ感じているのだから。

 要するに、人には向き不向きがあって、もともと向いていないことで力を発揮しようとしても無駄な努力−向いていることで一番になればそれでいい。
 他人の持っているものをうらやましがってもどうしようもないということだ。

 そんなことを思いながら見ていると、ユリシアが両手を上げて呪文を唱え始めた。
 ノームの声がそれに重なって聞こえる。
 二つの声は別々の呪文を紡いでいるらしい。
 どちらも耳にしたことすらない言葉のようだ。
 妖精の言語だろう。

 二人の声は低音と高音とに別れ、歌声にも似た美しい調和を見せる。
 一流の吟遊詩人でもこのような美声を発することは出来ないように思えた。

 攻撃魔法や召喚魔法を発動させるときに唱える呪文とはかなり違った雰囲気だ。

 何となく回復魔法に似ている…大地を覆う慈愛の力の代わりになるものを引き出そうとしているのだから、当然なのかもしれない。

 魔法陣が緑色に輝き始める。
 部屋全体が柔らかな若草色に染め変えられる。
 眩しくはない、優しい光だ。

 美しい声に聞き惚れ、世にも妙なる光に見とれているヴァシル達の目前で、ユリシアはゆっくりと輝きに満ちた部屋の中へ入って行った。
 コインの図形を乱さないように注意しながら、祭壇に歩み寄り、階段を一段上ったところで右手を台座に差し伸べる。
 すると、台座の上からふわりと淡い光をまとった宝石が浮き上がった。

 ユリシアは手を上げたままくるりとヴァシル達の方に向き直った。
 上げていた手をさっと下ろす。
 宙に浮いていた宝石が、見えない手に掴まれて放り投げられでもしたかのようにゆるい放物線を描いて扉の方へ飛んで来た。
 ヴァシルが一歩前に出てうまくそれを受け止める。
 片手で握り締めて隠してしまえるぐらいの大きさの卵形の石。
 手の平に載せて眺めてみる。

 …本当に美しい宝石だ。
 いつの間にか、コランドがやって来てヴァシルの手の上の物をのぞき込んでいた。

「取って逃げようなんて考えんなよ」
「そんなおそろしいコト考えませんて…」

 ユリシアがヴァシル達の所まで戻って来た。

「うまくいきましたね。私も皆さんの力になれて嬉しいです」

 にっこりと微笑む。
 その顔には、隠しきれない疲労の色が濃く影を落としていた。

「大丈夫なのか? ノームに手伝ってもらったとは言っても、ユリシアの能力を遥かに超えた呪文だったんだぞ?」

 シーリーが心配そうにユリシアに歩み寄る。

「大丈夫です。…それでは、表に出ましょうか。私は魔法陣の調整をしなければならないのでここに残りますが、皆さんに抜け道の入り口を教えます」

「抜け道? 森側の入り口と、反対側の山の麓にある入り口の他にまだ外への通路があるんでっか?」

 コランドがちょっと意外だという声をあげる。
 この洞窟はバルデシオン城の南、まだ名前のつけられていない山脈を挟んだ向こう側に位置している。
 出入り口はコランドの言ったように、山側と森側に一つずつ。
 それぞれの出入り口から伸びた通路が合流するのが、ヴァシル達の今いる岩場だ。

「山の下を通って竜の城の近くに出る道があるのです」
「はあ…そら知らんかった」
「かなり長い道ですが、途中寝泊まり出来る横穴があります。保存食が少しは残っているはずですから、召し上がって下さい。あなた方の足なら、明日の午前中には地上に抜けられると思います」

「明日の午前中って…今は?」
「地上ではそろそろ夕方になる頃でしょう」
「こんなトコにおって分かるんでっか?」
「ええ。空気の色が変わりますから」
「はあ…空気の色…ですか。やっぱ妖精は違うんですなァ」
「夕方って…オレ達がここに来たのって、まだ昼前だったろ? …どこでそんなに時間食ったんだ?」
「さあ…」

「ついて来て下さい」

 ユリシアはヴァシル達の左手側にある壁へ歩み寄った。
 祭壇の部屋から溢れ出す光もそこまでは届かず壁の近くは薄暗い。
 トーザの精神力は魔法陣が光り始めた辺りで尽きてしまい、照明魔法はとっくに効力を失っていた。

 ユリシアは少しの間ごつごつとした岩肌を両手で撫でて探っていたが、すぐに壁にあった何かを見つけて、それを押した。
 低く重い音がして、壁の一部が割れる。
 暗闇が口を開けた。

 コランドが腰の袋から再度カンテラを取り出してがちゃがちゃと組み立て始める。

「結構…広い道なんだな?」

 中を覗いていたヴァシルが振り向く。

「竜の町から食料や日用品を買って運び込むこともありましたから」
「魔物が棲みついたりは…」
「わかりません。出口は分かりにくい所にあるので大丈夫だとは思うんですが、注意した方がいいかもしれません」
「ちゃんと舗装されてますなァ」

 コランドがカンテラの明かりを抜け穴の中に差し入れる。
 滑らかに切り出された左右の壁と天井…歩き良いように石で葺かれた床。
 人工の建築物の廊下のようだ。

「一本道になってますから…休憩用の横穴の入り口は左手にあります。すぐ分かると思います。もし、何か皆さんのお役に立ちそうな物がありましたら、何でも持って行って下さい」

「いや、かたじけないでござる」
「山登りの手間が省けたってワケだ。助かったぜ、ユリシア」
「いえ…これから大変でしょうけど、頑張って下さいね」
「ははは…これからでござるな…」

 苦笑するトーザ。

「そしたら、行きましょか」

「イブリース−じゃなくて、シーリー、お前はどうすんだ?」
「えっ…オ、オレはここに残る」
「あ? 残ってどーすんだ?」
「どーするって…そりゃ、オレも魔道士の端くれだから、ユリシアの手伝いを…」
「手伝い? そーは言っても、お前じゃあ…」

「ヴァシル!」

 トーザがヴァシルの髪の毛を引っ張った。
 本来ならば袖を引くべき場面だが、彼の服にはそれがないので仕方がない。
 振り返ったヴァシルに、

「そこまで突っ込むのは野暮というものでござるよ」
「…え?」
「ホンマ気の回らんヒトですなぁ…」
「何だよ」
「では、拙者達は行くでござる」

 ヴァシルの肩をぐっと抜け穴の入り口の方に押しやる。

「え? え?」
「お二人さんも、あんじょう元気でやりなはれや。縁があったらまた会えますやろ」

 コランドはヴァシルの腕を引っ張って抜け穴の中に入って行く。

「縁はなさそーだけどな」

 シーリーが気のない様子で応じる。

「お気をつけて!」

 ユリシアが手を振った。
 トーザが振り向いて手を振り返し、それから闇の中へ入って行く。
 まだ事態が把握出来ていないヴァシルの背中を有無を言わさずに押しやりながら。

 シーリーとユリシアはその後をしばらく見つめながら立っていた。
 やがて、ユリシアが小さな声で言う。

「シーリーさん、ほんとにここに残ってくれるんですか?」
「ん? …あっ、ああ…どうせ帰る所なんかもうないし…一人ぼっちのユリシアをほっとくワケにもいかないだろ?」

 ユリシアは顔を上げてシーリーを見た。
 シーリーもそれに気づいてユリシアの方を見る。

 ユリシアがにこっと笑顔になる。

「私はもう一人ぼっちじゃありませんよ」

「…そーだな…オレも、もう一人じゃないもんな」

 シーリーも笑顔を返した。

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