第4章−5
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(5)

「大丈夫でござるか!?」

 何となく緊迫感を破る言葉を発しながら、それでも表情は真剣そのもので、トーザは祭壇に駆け上がった。
 台座の近くに視線を据える。
 背を向けて屈み込んでいたヴァシルが振り返る。

「おお、トーザ!」
「怪我人は…」
「ユリシア!」

 トーザを突き飛ばしてシーリーが飛び出して来た。
 あれだけ派手な悲鳴をあげたのだから、被害者は彼女に違いないと信じて疑わない様子で。
 ところが。

「シーリーさん!」

 ヴァシルの身体の陰からユリシアがひょいと顔を出した。

「えッ!?」

 走り寄ろうとしていたシーリーは驚いて立ち止まった。

「ケガをしたのはユリシア殿ではござらんのか?」

「あの…あの…この方が私をかばって…」

 震える声を懸命に平静に保ちながらユリシアは事態を説明しようとしたが、うまく言葉にならない。

「コランドだ。来いよ!」

 ヴァシルが真剣な口調で二人に言う。
 慌てて駆け寄ると、ヴァシルとユリシアの間に腹を抱えて体を丸くしたコランドが倒れているのが見えた。

「コランド殿!」
「トーザ、すぐ回復呪文を…」
「まあ待て」

 トーザとシーリーを制するヴァシル。

「待てって…」

「いいか、コイツは盗賊だ。今までロクなコトをしてこなかった。おひさまに背を向けずにはいられないような生き方をしてきたんだ。そのコランドがだ、一時の気まぐれだか何だか知らんが、ユリシアをその身を呈してかばったんだ。正義の味方のまま死なせてやろーや」

「……?」

 反論することも忘れてぽかんとなってしまうトーザ、シーリー、ユリシア。
 その三人の目の前で、コランドがむくりと起き上がった。

「ちょっとは心配しなはれや…」
「誰がお前の心配なんかするんだ」

「コランドさん! …どうして…」

「え? …いや、どーしてと言われますと困りますけどなァ」

 ユリシアの方を振り向きつつ、まだしっかりと腹を押さえている。

「ケガをしているのではござらんか?」

 トーザが気遣って声をかける。

「い、いや、もうワイには構わんといて下さい」

「…手ェどけてみろ」

 ヴァシルが静かに言う。

「いやぁ、それはちょっと…服、切れてしまいましたし…」
「だからどけてみろって!」

 言いざま、コランドの腕をはたく。
 剣に裂かれた服の破れ目から、コインが数枚こぼれ出た。

「あッ!」

 トーザ達が声をあげてのぞき込む。
 真新しい金貨…あの硬貨だ。
 まだ隠し持っていたのか…!

 コランドはため息をつくと、観念したように上着を揺すって衣服の裂け目から懐に持っていたコインを全部床に出した。
 五十枚はある。
 折れ曲がったり、傷がついたりしている奴が何枚か混ざっている。
 …これで剣先を受け止めたのだろうか。
 コランドは歪んでしまったコインを少しばかりもったいなさそうに見下ろした。
 変形した硬貨は金銭的な価値を無くすのだ。

「やっぱりまだ持ってたじゃねーかよ」
「う…」
「痛い目に遭わす」

 左の拳を右の手のひらで包み込むようにしながら立ち上がりかけるヴァシルを見て、コランドはあたふたと逃げ出そうとした。

「まあまあ、ヴァシル…こんなトコでもめてもしょーがないでござるよ」
「こーゆー奴は一発殴らんと改心せんぞ」
「改心させても仕方ないだろ…」

 シーリーはあくまでクールだ。

「あの…コランドさん」

 ユリシアがコランドの方に向き直った。

「助けてくれてありがとうございます…私、逃げられなくって…もしあそこにお金を入れてなかったら、死んじゃうところだったのに……」

 感動した目でコランドを見上げている。

「へッ? い、いや、そない大したコトありまへんって。いやァ、まいりましたな〜…」

「ユリシア、逆だよ、逆。金を服の中に入れてて、そこで剣を受ける自信があったからコイツはアンタを助けに入ったの。自分の命をタテにしてまでアンタを守ろうなんてこれっぽっちも考えてなかったって」

「ヴァシルはん…アンタ、少しはワイを評価したらどないでっか…」

「そうでござるよ。コランド殿のやったことは立派でござる。咄嗟の判断ではなかなか出来るコトではござらんよ」

「そーですやろそーですやろ? やっぱワイはエライゆーことですわ」

「まァ、その件についてはもうこの辺でいいだろ」

 せっかく得意げになりかけていたのに、シーリーに無情に突き放されてしまったコランドである。

「ところで…」

 トーザが顔を上げて祭壇を見回す。

「ああ、アイツなら跡形もなく消えちまったぜ。まったくもってすげー魔法だよな」

 素早く察知したヴァシルが言う。
 前半はトーザに、後半はシーリーにそれぞれ言葉をかける。

「どうだ、見直したか?」
「何をえらそーに。失敗しかけてたじゃねーかよ」

 シーリー以外の者にもサラマンダーと宝石の精霊の声は聞こえていたのだ。

「あ、あれは…」

 言い訳しようとしたシーリーに、

「あの緑色の光が出て来なきゃオレ達も溶けてなくなっちまうところだったんだぞ」

 言葉をたたみかけるヴァシル。
 シーリーは改めて何か言い返そうとしたが、ハッと気づいたように口を閉じ、立ち上がって台座に歩み寄る。

「シーリー殿?」
「そう言や…あの光、あの声…やっぱ、この宝石のものだったのか…?」

 ヴァシル達も立ち上がって台座に近寄る。
 黄金の台座の上には、紫色の絹布を幾枚も重ねて鳥の巣のようにしたクッションがあり、その中央に卵形をした若草色の宝石が乗っかっていた。
 生まれたての赤子の肌のような滑らかですべやかな曲線───エメラルドの数百倍の美しさ───手で触れることが怖くなってしまいそうな、脆さを秘めた石。

 しばらくの間声も出せずに見とれてしまう。
 宝石自体が発光しているかのように、紫色の絹布をほのかに緑に染めている。

「な〜んか、すげえ宝石みたいだなァ…」

 ヴァシルが冴えない感想を述べた。

「…これが、先程拙者達を助けてくれたんでござるか…?」
「いかにもそんな感じがしますけどなァ…」
「私、あんな声、初めて聞きました」

 五人が口々に意見を述べ合っていると、一瞬、宝石が黄緑色の閃光を放った。
 会話が途切れる。
 その間をつくように、再びあの柔らかい声が部屋いっぱいに響き渡った。

『初めまして、皆さん───私はこの石の中に長い間宿ってきた精霊です』

 鼓膜を通してではなく、心の中に直接聞こえてくる不思議な声だ。
 どこまでも優しく、すべてを包み込むように温かい…。

『私は四大の一人、地の精霊。ノーム−プリティヴィ・ノームです』

「ノーム!?」

 シーリーが思わず声をあげる。
 ヴァシル達も、四大の一人と聞いて少なからず驚いた顔をしている。

「だったら、サラマンダーが引き下がるワケだな…」

 シーリーは一人小声で呟いた。
 四大同士の争いは永遠の禁忌とされていた。
 地、水、炎、風の四大精霊は、何があっても敵対し衝突することがないよう運命づけられている。
 気性の激しいサラマンダーでも、我を通してノームに突っかかることは出来ないようになっているのだ。

『私はずっとこの時を待っていました。《闇》を払うために、これをここから運び出してくれる誰かがやって来る、この時を。遠い昔から分かっていました。世界の始まりの時から、決められていたことですから…』

「そんな昔から…?」

『あなた方にも、そのうち何もかもが分かるときが来るでしょう。私が話すには、はじまりの時からの物語は長すぎます』

「…そーでしょうなァ」

「そうだ、ノーム、残りの宝石のありかを知らねーか? 『闇』より強い力を秘めた残りの宝石はどこにあるんだ?」

 ヴァシルが宝石の方へ身を乗り出して尋ねる。
 石の中に宿ってきた、と言ったんだから石の中にいるんだろうと仮定して。
 ただ、声は明らかに石の中とは違う場所から聞こえて来ているようだったが…。

『残り…七つの宝石ですね』

「…え?」

 皆の動きが止まる。
 七つ…七つって…三ひく一は、二だろ…?

『どうかしましたか?』

「いや…あの」
「拙者達は、『闇』を払う宝石は三つだと聞いたのでござるが…」

『三つ? いいえ、合わせて八つです。どこから三つなんて…』

「あッ!」

 コランドがいきなり素っ頓狂な声を張り上げた。

「どうした?」
「いや…宝石のコトは文書にはなっとらんハズなんでっけど…もしかしたら、どっかの誰かが何かに書き残してて、それが古うなって虫食っとって…そんで…」
「まさか!?」

 トーザも間抜けな声をあげる。
 シーリーとユリシアも呆れたような表情になった。
 ノームはコランドの次あたりに気づいたらしく黙ってしまっている。
 ただ一人気づかないのがヴァシル。

「何なんだ?」

 と、トーザの袖を引っ張る。

「…数字の八の左半分を消したら何になるでござるか?」
「8の左側? …って…まさか…」
「シーフの情報網も案外いい加減なモンでしたんやなァ…」

 8を半分に割って右だけ見ると、確かに3に見えないこともない。
 はた迷惑な虫食いだ。

『…とにかく、宝石は全部で八つあります』

 気を取り直したようにノームが言う。

「場所は分かるのですか?」

 ユリシアがもう一度聞いた。

『いえ、どこにあるかは…ただ、八つのうちの四つは私達四大が一つずつ、それぞれの住まいに保管してあります』

「なんだ…それじゃ、シーリーに残りの三人の四大を呼び出させて持って来させりゃいいんだな」
「オレが召喚出来るのはサラマンダーだけだ」
「やっぱ修行不足だな」
「ちがーう! 召喚士は四大のうちの一人としか契約出来ないんだよ! それに、一旦結んだ契約は召喚士が死なない限り破棄出来ないルールなんだよ!」
「案外不便なんだな…まァいいや、それじゃサラマンダーだけでもいいから呼び出して宝石持って来させろよ」

『無理です』

 にべもなくノームが言った。

「無理?」

 コランドが反復する。

『たとえ四大と言えども、宝石を動かすことは出来ないのです。私の宝石は大地の力を、ウンディーネの石は水の力を司っているので当然のこと…他の二つの石も、四大には触れられないのです。触れることが出来るのは、定められた八人の勇者だけです』

「八人のゆーしゃ…ねえ」

 ヴァシルは露骨に呆れた顔になった。

『冗談で言ってるんじゃありませんよ』
「いや、そりゃわかってるけど」
『一人の勇者に一つの石…それを持つべき者が手にして初めて石は真実の能力を発揮し、『闇』を打ち払う力を宿すのです」
「あるんですなァ、ホンマにそんな決まりが」
「昔話じゃありがちだけどな」

「…ところで、ノーム殿」
『何でしょう?』
「もし拙者達の中に勇者とやらがいなかった場合…」
「オレ達の苦労はとりあえず一旦無駄になるのか?」

 シーリーが言葉を継ぐ。
 ノームは即答せず、少しの間だけ考え込むように沈黙し。

『もしいなければ、そうなりますね。皆さんにはお気の毒ですが…』

「判るのか? 今すぐ」

『はい。…そうですね、まずそれを確かめておきましょう。宝石に片手をかざして下さい』

 ヴァシル達はお互いの顔を見てから、神妙な面持ちでそれぞれ手の平を台座の上に伸ばした。
 台座の上の空気はどことなく暖かい。
 そこだけ春のようだ。
 これも宝石の力の一端か?

『勇者の資格を持っている方を光で包みます』

 宝石を囲むように半球形の白銀の輝きが出現する。
 ドーム状の輝きが次の瞬間空気を吸い込んだように膨れ上がり、生木のはぜるような大きな音をたてて弾け飛んだ。
 光の破片がかざされた手の平に付着する。
 …熱くも冷たくもないが、くっついた感触はあった。

「何だ、おかしな光だな…」

 ヴァシルが感想を漏らした途端、彼の手についた光のかけらが目を眩ませる強い閃光を放った。
 光はそのまま、彼の全身をすっぽりと包み込む。

「?!」

 同じような反応が二つ───。

「ほー…」
「へッ?!」

 トーザと…コランドだ。
 シーリーとユリシアに変化はない。

「お前…それはウソだッ!」

 鋭い告発が飛ぶ。

『嘘でも間違いでもありません。あなた方三人は八人の中に入っているのです。…これで、私も安心して宝石を託すことが出来ます』

「安心してって…」

 体を取り巻いていた光が薄れて消える。
 ヴァシルとトーザは同じようなタイミングでコランドの方を見る。
 コランドは呆然と言葉をなくしていた。
 本人が一番意表をつかれているのだ。

「信じられるか?」

 ヴァシルはトーザの方を見る。

「…コランド殿は世界一の腕を持つ大盗賊でござるよ」
「そう言やそうか…忘れてたな」

『そろそろあなた方に宝石をお渡しすることにしましょう。あなた方にはやらなければならないことがまだたくさんあるのです。いつまでもお引き止めしているわけにはいきませんからね。…ユリシア、宝石の力と魔法の力を交換するやり方はわかっていますか?』
「はい。わかっています」
『私も力を貸します。魔法力倍増のスクロールは今後のためにとっておきなさい。ガールディーの魔力が込められたコインがあるのでしたね? より強力な魔法陣を教えましょう』

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